第6話 クローンの出身グループ
※フィルド視点です。
【クリスター政府首都ポートシティ 軍事総本部 第1会議室】
私はパトラーやヴィクターと一緒に、軍事総本部の第1会議室へと入る。第1会議室は一番広い大きな会議室だ。100人近い人が入ることができ、重要な会議が行われる時に使われる。
私たちが第1会議室に入ると、そこにはすでに大勢のクローン将官やクローン佐官がいた。彼女たちは会議室奥に出されたシールド・スクリーンに釘付けになっていた。
[――今や世界はクリスター政府の圧倒的一強となった。かつて、私たちはクローンによって統治される世界を目指した。愚かな人間に取って代わり、世界を統治しようと考えた]
シールド・スクリーンに映るのは1人のクローン。赤茶色の髪の毛に同色の目をした若い女性。間違いなく私のクローンだ。場所は雪が降っている所を見ると、屋外のようだな。レンガ造りの建物や灰色の空が見える。
[だが、それは愚かな内部対立とクリスター政府のクラスタ、パトラー両名によって阻止され、私たちの夢は散った]
濃い緑色をした鋼の装甲服を纏うそのクローンは、カメラに向かって強い眼差しで話し続ける。何となくだが、強そうな覇気を感じる。
「……アイツ、アズライト准将じゃないか」
同じヒーラーズ・グループに所属していた一般部隊のカルセドニー中将が額に汗を滲ませながら言う。その横にいるソフィアは黙ったままだ。
[だが、今一度私たちは新たなる体制で、新たなる組織でクローンによる国家――“ネオ・ヒーラーズ政府”を樹立させ、必ずや世界を奪取する]
「なにを勝手なことを!」
誰かが叫ぶ。
[クリスター政府、私たちはお前たちを必ず滅ぼし、次の世界の統治者となる。よく覚えておけ――]
アズライトがそこまで言うと、カメラの向きが変わり別の場所を映し出す。そこには8人のクローンがいた。何かやや高い所にいる。
「…………! フェール! スギライトっ……!」
カルセドニーが口元を抑えながら言う。どれがフェールで、どれがスギライトだ? 2人とも一般部隊のメンバーだったらしいが、私にはさっぱり分からない。
「パトラー……」
「な、なんですか?」
「フェールとスギライトってどれだ?」
私は周りに聞こえないよう、小さい声でパトラーに聞く(知らないなんて今更言えない)。だが、そんな私の気持ちを全く察さず、すぐ隣のヴィクターが代わりに答える。
「あのメイド服を着たクローンがフェールですよ! それと、あの普通の軍服を着ているのがスギライトです!」
「…………」
誰が誰なのかよく分かったが、そんな大きな声で言わなくてもいい。
[……人間は戦いをやめられないのです。その犠牲になるのは、今も使われている私たちと同じクローン……。クリスター政府のソフィアさんやカルセドニーさん。そして、連合政府のライカさん……。みんなで力を合わせれば、私たちの世界を作ること、きっと出来ると思いますよ……]
大人しく座っていたメイド服のクローン――フェールは、目を閉じたまま、静かな口調で話す。対照的に、会議室でのどよめきが大きくなる。
[誰にも使われない自由なクローンの国を、もう一度だけ目指しましょう……]
フェールはほとんど無表情のまま話を終える。すると、映像はそこで途絶えてしまう。シールド・スクリーンには何も映らなくなる。
私はふとソフィアの方を見る。一瞬私と目があった彼女は何も言わずに、マントを翻してその場から立ち去っていく。第1会議室を出ていってしまう。
「…………」
イヤな予感がする。そして、この予感は誰もが感じていることかも知れない。
防衛をその任務とするクリスター政府特殊軍は全員がクローン兵だ。問題なのは、その構成員の出身グループにある。
ソフィア、カルセドニーら一般部隊50万人は、ヒーラーズ・グループ出身だ。残りの30万人は連合政府出身だ。一方、コミットやヴィクターらの精鋭部隊30万人は全員が連合政府出身。
「ど、どうしよう……」
ヒーラーズ・グループ出身のカイヤナイトがボソッと言う。
「どうしようって、どういう意味!?」
連合政府出身のオリーブが、勢いよくカイヤナイトに近づいて言う。
「えっ? あ、いや、違う! 『そういう意味』で言ったワケじゃない! 私はずっとクリスター政府で生きていくつもりだ!」
早くもイヤな予感がその芽を出し始めているらしい。
……単純に考えて、連合政府出身グループは全員で60万人。ヒーラーズ・グループ出身グループは50万人だ。数が拮抗している。万が一、この事件で両グループに余計な亀裂が入れば、まとまって動けなくなる可能性もある。
「フィルドさん……」
パトラーが心配そうな目で私を見てくる。
連合政府はクローンを奴隷として扱ってきた。だからこそ彼女たちは連合政府をいとも簡単に見限り、クリスター政府に所属した(一部、コマンダー・ライカのように連合政府に忠誠を誓う者もいるようだが)。
一方、ヒーラーズ・グループは最初からクローンによる国家の樹立が目的だった。激しい内部対立とクラスタ、パトラーの活躍で崩壊し、所属していたクローン兵たちは降伏した。
連合政府出身のクローンから、ヒーラーズ・グループ出身のクローンに対する疑念の目はすぐに向けられるだろう。――彼女たちはかつての理念に共鳴して、事実上の後継組織に戻るんじゃないか?
「フィルド中将、――」
「今度は何だ、コミット」
「コマンダー・ライカが再びルイン島から出撃し、侵略を企んでいるとの情報があったと、クラスタ防衛大臣閣下から連絡が――」
「……分かった、すぐ行く」
私はため息をつきながら、パトラーと一緒に第1会議室を出ていく。こんな忙しいときに、今度は連合政府からの攻撃か。厄介事は立て込んでくるモノなのか――。