第2話 師弟の再会
※フィルド視点です。
【クリスター政府軍 大型飛空艇】
パトラーと共に司令艦から脱出した私たちは、私やコミットの所属する政府――クリスター政府の飛空艇へと戻った。瀕死の重傷を負っていたパトラーはすぐに医務室に運び込まれ、今まさに治療を受けている。命は無事らしい。
一方、私は大型飛空艇内の作戦会議室にいた。その部屋では私と同じ白地に青いラインが入った軍服を纏った女性軍人――シリカが座っていた。赤茶色の髪の毛に同色の目――右目には黒い眼帯を付けているが――をした彼女は、クリスター政府軍の大将だ。
「ご苦労だった、フィルド。コマンダー・ライカは取り逃がしたが、パトラーが見つかったらしいな」
シリカは机に腰掛けたまま話す。私も椅子に腰かける。彼女も私の大切な仲間の1人だ。1年半前にとある戦場で出会い、それ以来ずっと行動を共にしてきた。クリスター政府における階級こそは彼女の方が上だが、そこに上下関係はない。お互い対等に付き合っていた。
「ああ、今はレベッカが治療に当たっている。命に別状はないらしい」
「そうか……。だが、なぜパトラーは連合政府軍の飛空艇にいたんだ?」
「…………」
シリカは机に肩肘を乗せながら、不思議そうな表情を浮かべながら言う。それは私も疑問に思っていた。
私たちのいるクリスター政府と、コマンダー・ライカの連合政府とは敵対関係にある。パトラーはクリスター政府内で階級はないとはいえど、客観的に見れば“こっち”の人間だ。連合政府軍の飛空艇に乗艦することは出来ないし、させて貰えないだろう。
「……こっそり乗艦したんじゃないか?」
「あの傷で?」
「まさか。飛空艇に乗っていたことがバレて、バトル=アルファたちと戦っていたんだろう」
「それで傷を負ったということか」
「考えられるのはそれぐらいしかない」
パトラーは敵地・敵艦に潜入して、任務を遂行する方法をよく取ってきた。それは私がよくやっていた方法で、いつからか弟子だった彼女もそうするようになった。
「まぁ、そうだろうな。――実は助けた彼女は“クローン”で、私たちを欺く作戦でも行われていない限りな」
「フッ、まさか」
私はやや笑いながら言う。あり得そうであり得ない設定だ。
実はクローンというのは、今や珍しい存在ではなかった。私はチラリとシリカに目をやる。クリスター政府軍の兵士たち、コミット、コマンダー・ライカ……。実は彼女たちは全員クローンだ。ベースとなっているのはこの私だ。
「フィルドさん、パトラーさんの意識が戻ったようです!」
会議室の扉が開かれ、私と同じ服を着た女性軍人――ヴィクター准将が入って来るなり、私に報告する。彼女も私のクローンだ。今出入り口に立っている装甲服を纏った兵士たちも同じだ。
「ああ、分かった。すぐ行く」
私とシリカは椅子から立ち上がり、会議室から出ていく。灰色の壁が続く廊下を歩き、医務室へと足を進めていく。
なぜ、彼女たちは私をベースとしたクローンなのか? 簡単だ。私自身が普通の人間ではないからだ。私は魔法が使える。普通の人間とは異なる存在だった。だから、私をベースとしたクローン軍人が無数にいる。
「もし、あのパトラーがクローンだったどうする?」
「いきなり言われても答えに困る。そんなこと、考えたこともなかったし、思いつきもしなかったからな」
私は苦笑いしながら言う。
クローンが珍しくない存在とはいえど、私以外のクローンはこれまで存在してこなかったし、今も、そして今後も存在しないだろう。私で物足りなくなったら開発するだろうが、それには膨大なコストと時間がかかる。私のクローンでさえ、開発に5年以上を要したという。
シリカの“パトラー・クローン説”を笑って否定したのも、そういう理由からだ(もっとも、シリカもそんなことは分かっていて、冗談で言ったんだろうが)。
例え5年かからなくても、もうすでに連合政府は相当に衰退し、組織を維持するだけで精いっぱいだ。新しいクローンを開発する余裕はない。
大型飛空艇の廊下を歩き続けた私たちは、やがて医務室に辿り着き、白い扉を開けて中へと入る。部屋の中では白いベッドに寝かされていたパトラーがいた。エメラルドグリーンをした美しい目が私をしっかりと捉える。
「フィルド、さん……?」
パトラーは何とか起き上がろうとするが、すぐに苦痛の表情を浮かべ、ベッドに横になる。傷が痛むのだろう。私は傷だらけになった弟子に歩み寄り、声をかける。
「久しぶりだな、パトラー」
「フィルドさんっ……!」
パトラーが包帯だらけの腕と手で私を抱き締める。その肩は震えていた。私もしっかりとパトラーを抱き締める。
「私、ずっとフィルドさんに会いたかったっ……! 何度も死ぬかと思って、もうダメなんじゃないかと思ってっ、でも――」
「大丈夫だ。これからはずっと一緒だ。ひとまず、今は休もう」
私はパトラーの背中を手でさすりながら言う。パトラーは身体を震わせながら鼻を何度もすする。泣いているようだった。私の目にも涙の幕が張っていた。やがて、それは頬を伝う滴となっていく。
やっと会えた。ずっと探していた。その努力はいつになっても実らず、イヤな可能性が頭を巡り始めていた。だが、それは間違いだった。今私の腕の中で泣いている彼女の存在が、その証明だ。
私たちをシリカとレベッカ、他のクローン兵たちも温かい表情で見守っていた。ようやく会えた私の大切な仲間。もう二度と離さない。今度別れる時は、どちらかが死ぬときだ!
黒い歯車が回り始めたことに、私たちは誰も気が付かなかった――。