第21話 崩壊の始まり
※パトフォー視点です。
【ルイン本部 研究エリア】
シリオード大陸でCP4が殺され、クリスター政府軍を崩壊させる計画――『オペレーション:パトラー』が失敗してから3日後のことだった――。
「かっ、はッ……!」
腹と背中、口から真っ赤な鮮血を垂れ流す連合政府のクローン将官――コマンダー・ドロップは、小刻みに痙攣しながら絶命する。俺はそれを少し離れた場所から目にしていた。
コマンダー・ドロップの腹部に腕が突っ込まれ、血まみれの手が背中から突き出している。彼女の正面にいるその手の主は衣服を纏わない1人の女性――パトラー=オイジュスだ。
彼女たちのすぐ近くには、割れた円柱状の水槽がある。その周りには、ガラスの破片とサイエンネット・タイプ4=ウィルスを培養した液体が飛び散っている。
「なぜ目が覚めたんだ……? いや、それよりも――」
俺の側にまで飛んできたコマンダー・フィンブルは素早く立ち上がると、動揺している兵士たちに命令を下す。
「全兵、あの女を殺せ!」
黒いアーマー・スーツを纏う兵士たちは、素早くアサルトライフルを手にし、コマンダー・ドロップの腹部から腕を引き抜いたパトラー=オイジュスに銃口を向ける。だが、次の瞬間には、彼女の姿は消える。
「…………!?」
「…………!」
俺は背筋が凍るような殺気を感じ、後ろを振り返る。そこには、血と培養液で身体を濡らしたパトラー=オイジュスが立っていた。
「…………」
「…………ッ!」
口端で笑うパトラー=オイジュス。だが、その目は笑っていない。心の芯から凍りつくような瞳だった。
「消えろ!」
コマンダー・フィンブルが腰に装備していた剣を引き抜くと、彼女に斬りかかる。だが、その剣に血が付くことはなかった。斬れたのは、空気だけ。フィンブルの動きも、常人のレベルを遥かに超えたものだ。パトラー=オイジュスの動きはそれよりも早いのだ。
「えっ?」
「あ、ぐっ!」
「いやぁっ!」
後ろから悲鳴が上がる。振り返れば、兵士たちの身体が次々と斬れ飛んでいた。赤い血を撒き散らしながら、切り離された身体が床に転がり落ちる。超能力か……!
パトラー=オイジュスは冷たい笑みを浮かべながら、触れもせずに、素早く移動しながら、兵士たちを殺していく。上がる音は、悲鳴と銃声、誰も入っていない水槽の割れる音だけ。緑色の液体が、大量に流れ出る。
「サイエンネット・タイプ3=ウィルスが……! パトフォー閣下、急いで退避し――」
そのとき、研究室の扉が開く。外から誰かが入ってくる。……コマンダー・ドロップとよく似た容姿をした女――コマンダー・ライカだ。
「えっ……!?」
惨事を目にしたコマンダー・ライカは顔色を変え、引き連れてきた兵士たちを置いて1人で逃げ出す。あの女……! だが、当然と言えば当然のことだ。サイエンネット・タイプ3=ウィルスは人間に適合しない。感染すれば……死!
「パトフォー閣下、お急ぎを!」
「あ、ああ……」
コマンダー・フィンブルは俺の肩に手を回し、半ば強引に立たせる。だが、突然、目の前にパトラー=オイジュスが現れ、俺に向かって拳を繰り出す。さっき、コマンダー・ドロップを殺したのと同じだ。
「させるか!」
コマンダー・フィンブルが素早く強力なシールドを張る。だが、彼女の拳はシールドを壊し、拳を俺の腹部に叩き込む。俺の身体は再び宙を舞い、円柱状の水槽を割り壊し、床に倒れ込む。口から血を吐き散らす。意識がもうろうとする。
「こ、殺せ! パトラー=オイジュスを殺せ!」
誰かが叫ぶ。コマンダー・ライカの引き連れてきた兵士たちが、一斉にパトラー=オイジュスに向かって行く。
「パト、フォー……、逃げ―― 時間は、――せ、――」
消えゆく意識の中、コマンダー・フィンブルが俺に駆け寄ってくる姿を見た気がした――
実験は成功した。
だが、パトラー=オイジュスを廃棄処分にしようとした瞬間、彼女は深い眠りから目を覚まし、襲い掛かってきた。
彼女は正気ではない。明らかに暴走していた。
それは崩壊の始まりだった――。
『偽りからの挑戦 ――絆の脅威――』は今話で終わりです。
続きは『ルイン・ラグナロク』となっております。
読了ありがとうございました。




