第9話 決定的になった亀裂
※フィルド視点です。
【政府首都ポートシティ 軍事総本部 飛空艇離着陸場】
旗艦の中型飛空艇を失った私たちは、残りの中型飛空艇9隻でクリスター政府首都ポートシティへと帰還した。到着する頃には、すでに深夜だった。
私は一息つこうと、パトラーと一緒に飛空艇離着陸場の建物の屋上で風に当たりながら夜景を見ていた。その側にはコミットやヴィクターもいた。
「あのヒーラーズ・グループが復活しちゃうなんて、ちょっと予想外です」
パトラーはフェールらが新しく樹立した「ネオ・ヒーラーズ政府」について語っていた。彼女はかつてクラスタと一緒に、ヒーラーズ・グループを倒した。そのヒーラーズ・グループが復活したことは、彼女にとっても大きなことだろう。
「パトラーさんは公邸爆破事件と旗艦爆破事件、やっぱり関係あると思いますか?」
最初に私にウワサを話したヴィクターがパトラーに声をかける。
「……だぶん、ヒーラーズ系クローン兵の仕業だと思う。分かんないけど……」
「…………」
ソフィアが爆破事件の現場ともいえるエネルギー・プラントにいたことをパトラーが知ったら、彼女はなんて思うだろうか? 彼女は爆発が起きたとき、別の中型飛空艇にいた。状況を詳しく知らない。
「公邸爆破事件は分かりませんが、旗艦爆破事件は恐らくヒーラーズ系クローンの仕業だと思います」
コミットが話に入ってくる。
「あの旗艦に連合政府のスパイや工作員が入り込むことは出来ません。恐らく、ネオ・ヒーラーズに共鳴するクローン兵が、単独で起こした事件だと思います」
「組織的な関わりはないと思うのか?」
「……何とも言えませんが、もし組織的な行動だったら事態は更に深刻です。公邸爆破事件もヒーラーズの仕業である可能性が高くなります。それに、今後も第二、第三と同じような事件が起こり続けることになります」
コミットは相当深刻そうな顔で話し続ける。実際に深刻だ。もし、組織的な犯行であれば、コミットの言うような第二、第三の事件が起こるだけでは済まないだろう。
このままだと、連合政府系クローン兵とヒーラーズ系クローン兵の溝が大きくなる可能性がある。溝から対立になると、クリスター政府特殊軍は真っ二つに分裂してしまう。
そうなれば、もう最悪だ。ヒーラーズ系クローンがネオ・ヒーラーズに加わるかも知れない。クリスター政府は大きな兵力を失うだけじゃなく、再びラグナロク大戦は激化する可能性もある。
「ソフィア大将っ!」
「閣下、少しお待ちください!」
「…………?」
私は後ろから聞こえてきたクローン兵たちの声に振り返る。カルセドニー中将やギョクズイ中将と共に、脚を引きずるソフィアがやってくる。
「ど、どうした?」
「…………」
ソフィアはカイヤナイトの左肩にもたれ掛りながら、私たちを睨む。いや、私たちじゃない。私の右側にいる誰かを睨んでいる。彼女は睨む相手に指をさす。
「――パトラー、旗艦爆破事件が起きたとき、どこにいたかしら?」
「えっ……?」
パトラーは困惑した表情を浮かべる。ソフィアの発した問いは、彼女自身も知っているハズだ。あの爆破事件が起きたとき、パトラーは他の中型飛空艇にいた。
「ソフィアさん、パトラーさんは他の――」
「ヴィクター、あなたには聞いていないわ」
「す、すいません……」
パトラーに代わって答えようとしたヴィクターを、ソフィアは止める。
「あ、あのっ、私は6号艦にいました」
「…………」
「爆発が起きたと聞いたとき、直ちにガンシップを出して救援に向かうように――」
「――エネルギー・プラントに何しに行ったのかしら?」
「…………!?」
ソフィアは真剣な眼差しでパトラーに問う。だが、意味が分からない。パトラーは間違いなく旗艦ではない他の中型飛空艇にいた。ソフィアは何を言っているんだ……?
「あなたが気が付かなったようだけど、私はずっと見ていたわ。……あなたがエネルギー・プラントに入ったあと、ほとんど時間を置かずにあの爆発が起きたわ」
「待て、その言い方だとまるでパトラーが旗艦爆破事件の犯人みたいじゃないか」
私はパトラーを庇うようにしてソフィアの前に出る。パトラーは間違いなく同じ時間帯に6号艦の最高司令室にいた。他に何人ものクローン兵が一緒にいた。何を根拠に犯人扱いしているんだ?
「ええ、私はそう思っているわ」
「なんだと?」
「公邸爆破事件、ネオ・ヒーラーズの独立、旗艦爆破事件のせいで、私たちが、ヒーラーズ系クローンが政治家や連合政府系クローンからどんな目で見られているか……! 妙な疑いはヒーラーズ系クローンのトップとして晴らさせて貰うわ!」
「なるほど、それでパトラーを使おうって算段か。ずいぶんと卑怯な」
「私は事実を言ってるだけだわ!」
自らの大切な弟子であり仲間でもあるパトラーを犯人扱いされたことで私はかなり頭に来ていた。下唇を軽く噛み締め、拳を握り締める。
「フッ、追い詰められたネズミだな」
「どういう意味かしら?」
私は薄らと笑みを浮かべる。そして、言ってはいけないことを口にしてしまった。
「クラスタ暗殺に失敗し、シリカや私の暗殺にも失敗して焦っているようだな」
「なっ……!? 私は――」
「…………! フィルドよせ!」
騒ぎを聞き付けたのか、ソフィアの後ろで話を聞いていたシリカが叫ぶ。いつの間にか、辺りには連合政府系・ヒーラーズ系双方のクローン将官たちが集まっていた。私はシリカの制止を無視して言葉を続ける。
「――ネオ・ヒーラーズのソフィア。フェールやスギライトへの言いワケをよく考えておくんだな」
「フィルド!」
……雨が降ってくる。冷たい雨だ。
「フィルド中将! いくらなんでも言葉がすぎますよ!」
「事実無根じゃないですか!」
「なんの根拠があって言ったんだ! ふざけるな!」
「ソフィアさんに失礼じゃないですか!」
様子を見守っていたヒーラーズ系クローン将官たちが一斉に叫び出す。連合政府系クローン将官たちのどよめきが大きくなる。
「――フィルド、ソフィアがネオ・ヒーラーズに加わったという情報はない。中将という立場を考えて発言しろ」
「…………!」
シリカの後ろから、クローンではない女性の声が上がる。――そこには、クラスタが立っていた。
「一連の事件については調査中だ。今後、不確かな情報を流す者がいれば、何らかの措置を講ずることも検討する。以上だ」
そう言うと、クラスタは濡れた白いマントを翻して去って行く。屋上は静まり返り、一層激しくなってきた雨の音だけが耳に入る。
この場は収まった。だが、決定的になった亀裂が埋まるかどうかは、私を含め、誰にも分からなかった――。