序章~はじまり、新しい地へ~(3)
電話に出ると、向こうから困ったような少女の声が聞こえてくる。
「もしもし、和也君?やっと出てくれたよ」
安心したようにその少女は言った。それから少し怒ったように用件を話し出した。
「もう、どうして今日いなくなるって言ってくれなかったの?さっき和也君の家に行って、おばさんが和也君もう出ちゃったって言ったときはびっくりしたよ」
家まで行ったのか・・・。それは悪いことをしたな。
「悪かったよ。みんなで見送られるのが恥ずかしかったんだ」
すると電話の相手は、はぁと大きくため息をついたあと、まるで母親が自分の子供に言い聞かせるように、ゆっくりとやさしい声で説教を始めだした。
「まったくもう・・・。和也君はそれでいいかもしれないけど、残される人の気持ちにもなってよ。特に私なんか小さい頃からずっと一緒に過ごしてきたんだから、最後に一言くらいはあってもいいと思うな・・・」
残念そうにそういうのを聞いて、さすがに少し申し訳なくなってきた。確かに幼馴染のこいつだけには出発日に別れの挨拶があっても良かったかもしれない。
「本当に悪かった。まあなんだ、またいつでも会えるさ」
面倒なので早めに切り上げてしまおうとそう言ったのだが、どうやら逆効果だったようだ。
「何言ってるの。めったに会えなくなるの間違いでしょ?とんでもない田舎に引っ越すって言ったの和也君だよ」
あっさりと否定されてしまった。何日も前に言ったことをよくもまあ覚えているものだ。
実際いったん引っ越してしまったら、次いつ会えるのかはわからない。ここから電車で何時間もかかるというし、会いに来るとしても夏休みなどの長期休暇でなければ難しい。また、俺がこちらに戻ってくるとしても、同様である。
「定期的にメールするからそんなに怒らないでくれ」
そんなありきたりなことしか言えなかったが、相手は若干悩みながらも、それで満足したようだ。
「ホントにしてよ?してくれなかったら私から会いに行くんだから」
それは困る。いきなり来られてもあれだし、俺も現地の生活に慣れなくてはならないため、彼女の対応をしている暇などない。
「いや、本当にメールするから」
そういうと彼女はよし、と俺に聞こえるか聞こえないかくらいの声で言って、最後に確認するように付け加えた。
「じゃあ、きちんとメールしてよ?最低でも一か月に一回」
別に付き合っていて、今から遠距離恋愛をするわけでもないのだから三か月に一回とかでもいいと思うのだが、これ以上何か言うと非常に面倒なことになるので、ここら辺で妥協することにしよう。
「分かったよ、一か月に一回、メールする」
「一か月に最低、一回だよ。和也君」
『最低』の部分をやたら強調しながら電話の主はそういった。ちょうど一か月に一回だけメールしようと思っていたので、そんな俺の心中を見透かして釘を刺された感じだ。さすが幼馴染だけあって、俺の考えていることをよく分かっているらしい。
「本当に行っちゃうの?」
そのあとしばらく世間話をした後、幼馴染の少女は残念そうな声で切り出した。
「悪いな、親の仕事の都合だから俺にはどうにもならん」
「・・・うん、そうだよね。ごめん、変なこと言って」
すまなさそうに謝る姿が目に浮かぶ。こいつは昔から謝るときは本当に丁寧に謝る。しかし謝られているうちに、だんだんこちらが悪いような気がしてくるから、なぜかこっちまで自然と頭を下げているという奇妙な状況に陥るのだ。