序章~はじまり、新しい地へ~(2)
駅へ向かってゆっくりと歩き出す。今の季節は新学期直前ということもあり、桜が満開を迎えている。
東京は自然がないコンクリートだらけの場所だとよく言われるが、俺が住んでいる場所は比較的緑が多く見られるところだ。
だから、本当の都心のほうでビルばかりが立っているところではなかなか見られない桜も、ここでは十分に見ることができた。
「結構気に入ってたんだけどな、ここ」
実は俺は自分の住んでいたこの場所がそこそこ好きだった。先程も言ったように、東京というと高層ビルがやたらと立っていたりするイメージがあるが、ここはそんなところとは無縁で、自然も多く、かといって自然ばかりの地域によくありがちな、コンビニが遠いとか、一番近くの駅まで歩いて一時間近くかかるとか、そのようなことは全くなく、普通に生活する分には何一つ不自由しない、非常に住み心地がいい場所なのである。
そんな場所を離れるというのは非常に心苦しいが、そこは新天地に期待したい。
「祷福村、いったいどんなところなんだろうな」
祷福村、というのが母が生まれ育った村であり、今日から俺の住む場所の名前だ。
期待はしたいが、正直あまりできそうにない。母の話によると、超が付くほどの田舎で、いろいろと不自由することがあるらしい。
実際に祷福村に行ったことはない。母方の祖父母は二人とも、俺が生まれる前に亡くなってしまっているからだ。なんでも彼らは体があまり強くなかったようで、祖父が先に、後を追うようにして祖母も直後に・・・といった感じだったようだ。
最寄り駅が見えてくると、いよいよ出発だという気がしてくる。
もうすぐ終わってしまう春休みを最後まで楽しもうと、高校生や中学生、小学生などの子供たちが、友達と待ち合わせをしている様子が何組も見て取れた。
彼らはここから電車を使ってどこかへ遊びに行くのだろう。ここから電車で一時間もしない距離に大規模なテーマパークがあるので、そこへ行くのかもしれない。
そんな彼らを横目に駅の中に入っていき、切符を購入する。
新幹線を使う予定なのだが、そのためにはもっと大きな駅に出ないといけない。とはいっても、ここから電車で三十分程度なので、全く問題は無いのだが。
駅のホームに上がり、電車を待っている間、何気なく携帯を開くと、数分前に着信があったことに気が付いた。
それが幼馴染の女の子のものであったことを知り、思わず苦笑を漏らした。
実は今日東京を発つということは、友達には言っていない。友達がいないとかそういうことではなく、単純に見送られるのが苦手なだけだ。
すでに別れのあいさつを済ませているので、改めてそういうことをやる必要はないだろうと俺は考えているのだが、この着信の主はそうは思っていないようだった。
折り返しの電話を入れるべきかどうか迷っているとき、再び携帯に着信があった。
「もしもし、俺だけど」