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四 狭間


 人間の言葉で、何度かあることは再びあるというものが存在しているらしい。

 この状況はそれに該当するのだろう。

「何で次から次へと性懲りもなく……」

「ははは。すみません」

 狭間の地には周囲を囲むような峰が存在するが、ここはその中腹にある横穴―― いわゆる洞窟だ。

 入り口以外はさほど低くない天井も足元も土と岩。一番奥は数人が横になれる広さがある。

 そこに今は一人の、人間の男が横たわり、私と樹宝は何故かその看病にあたっていた。

「けほっ」

「具合が悪そうだな」

「んなの、この顔色見りゃわかんだろうが」

 藁を詰めた麻袋をマット代わりにし、掛け布に包まっている男の年は、恐らく人間年齢で言うなら十七かそこらだろう。

 灰色がかった短い銀髪に赤銅に近い色をした瞳で、身に纏っているのは樹宝と似たような、それよりやや質素な西域の衣だ。

 そこそこ整った造作のようだが、蒼白い顔色と覇気のない弱々しさの所為で死にかけにしか見えない辺りが、所謂残念という感じだろうか。

 何故か甲斐甲斐しく世話を焼く樹宝が、私とその死にかけを見て溜め息をつく。

「…………何が言いたい」

狭間(ここ)は、療養所でも湯治場でもねぇんだぞ」

「私はどちらの目的でもない」

「あー。僕もです」

「だったら来るんじゃねーよ!」

 まったく。何が言いたいのか。やはり樹宝はわからない。

 乙女(リト)はこれのどこが良いのか。




「え?」

 何があれば乙女リトは笑うのかと尋ねた私に、彼女はその大きな小麦色をした瞳を瞬かせた。

 上質の衣も、絢爛たる宮も要らないというのなら、では何が乙女の笑顔を作るのに欠かせぬというのか。

「えっと……」

 乙女の瞳が逸れる。その瞳が追うのは樹宝とかいう粗暴そのもののような輩。

 その姿を視線で追ったまま、乙女は僅かに花びらのような唇を綻ばせた。それは、無意識の事だろう。あれほど不安そうに潤んでいた瞳さえ、その姿を見とめて和む。

「私は、樹宝さんと一緒に居られるのが、一番嬉しいです」

「……あれの何処がそんなに良いのか、尋ねても良いだろうか」

 私の問いに、乙女は今度こそ微笑んで、けれど「秘密です」とだけしか答えてはくれなかった。




 尋ねて答えが得られないのなら、あとは自分で確かめるしかない。

「もう良いからさっさとお前ら寝ろ」

 苛立たしげな様子で眉間にしわを寄せ、樹宝は死にかけと私にそう言ってくる。

 あの小屋もそうだが…………。

狭間(ここ)には賓客をもてなす部屋もない上に、このような場所に寝かせるのか」

「嫌なら出てけ。招いてもいねーのに押し掛けてきた挙げ句、文句言うなら帰れ」

「驚いているだけだ」

 寝かされる場所がこれでは仕方無いだろう。

「普段もここで寝起きを?」

 コホコホと咳き込みながら、死にかけが樹宝に問う。

「してねーよ。必要ねぇからな」

 精霊とは自然の気が凝ったものだ。力が消耗すれば眠ることもあると聞くが、普段の睡眠は必要ないらしい。

「でも、びっくりです……」

「あ?」

 死にかけが何故か笑ってそう呟くのを、樹宝は怪訝そうに見遣った。

「手慣れてらっしゃる」

「ふむ。そういえば……」

 確かに、意外だ。このような寝床や、甲斐甲斐しく世話を焼く様子も、想像していなかった。

 樹宝は嫌そうに眉間にしわを寄せたが、結局は口を開く。

「病人はお前が初めてじゃねぇからな」

 ……乙女は身体が弱かったというような事をそういえば言っていたな樹宝こいつ

「貴様……乙女をまさかこのような場所に寝起きさせたのか」

「うるせぇ。あいつは木の上でも文句言わなかったっつーの」

「なっ」

 木の上? 今、木の上と言ったのか!

「んだよ。お前にとやかく言われる覚えはねぇ」

「貴様、正気か! あのようにたおやかな乙女を木の上だと?」

「あいつがそれでも良いって言ったんだ。お前にそもそも関係ねぇだろ!」

 咄嗟に言い返そうと口を開くのと、死にかけが激しく咳き込むのは同時だった。

「息をゆっくり吸って、吐け」

「かはっ、がっ、ぁ……、は」

 咳き込む死にかけの背を樹宝は片手でさすり、用意していた水差しの水を器に注ぎゆっくり飲むように促す。そしてまた、その背を落ち着かせるようにさする。

「あ、りがとう、ございます」

「無理に喋るんじゃねぇよ。飲んで落ち着いたら、さっさと寝ろ」

 横になるのを助けつつ、樹宝はそう言った。

 そして、私の方を見遣る。

「文句があんならお前は出て行け。我慢して寝るならそこの一揃い使え」

「…………」

「言っておくが、あいつは木の上でもここでも文句なんか一つも言わなかった。自分で望んでここに来たのだからどんな場所でも良いって言ってな」

 唐紅花からくれないとうの瞳が私を視る。

「人間の小娘が出来て、少なくともそれよりは年上の妖を統べるとか自称するお前が出来ないのはどういう料簡りょうけんなんだろうな」

「出来ぬとは言っていない」

 だが、何故私が地べたなどに伏さねばならない。

「おやー? 人が居たよ。人じゃないヒトもいるね」

 一瞬耳を疑い、次いで咄嗟に、防衛本能のまま声のした方へと魔力の烈波を放った。

「なっ、こんのっ、バカが!」

「うっひゃ」

 パン! と乾いた音がして、私の放ったそれは樹宝の衣の袖で弾き消される。

「おぉ~。助かったよ、おにいさん」

「うるさい。黙れ。そこのバカ犬とお前両方だ」

「貴様っ!」

「だ・ま・れ、っつったよな?」

 樹宝は自分が庇ったその乱入者の首根っこを掴んで捕まえた。

 蜂蜜色の髪を束ね、褐色の肌に身に纏っているのは南域出身のものがよく身につけている、ゆったりとしたズボンに腰布、そして腹部の露出した薄手の長袖上衣に真っ青なベスト。

 暖かい海を切り取ったような色をした瞳や、無造作に跳ねる髪が猫のようだ。

 人間の若い男……少年と呼ぶ年齢だろう。首や腕や足首にも装飾品がありそれが音を立てる。

「お前、何だ?」

「ん? ロアの名前かい? ロアはロア・フォークロア・アジェントだよ」

「何でここにいる」

「良い質問だね! それはロアが森を越えて今日の寝床を探していたら、ここが見つかったからさ!」

 からからと暢気を声にしたそれが言うと、樹宝はがっくりと項垂れた。

「何で、越えられた」

「はっは。おかしなことを。森に足を踏み込んでそのまま前に進んだからに決まっているじゃないか。おにいさん」

 そのやりとりで私の頭も段々冷えていく。

 これが乱入するまで私や樹宝が気づかなかったのは、恐らく互いに気を取られていた事、そしてその乱入者の気配が限りなく自然に近いものだったからだろう。

「けほっ」

「おやおや。そこのおにいさん、お風邪かな? 辛そうだねえ。お薬あるよ?」

「間に合ってる。つか、んな怪しいもん与えさせるか」

「心外心外心外だよー。ロアは商人だよ? 自信の無いものなんて勧めないさ」

「兎に角、間に合ってんだよ。……つーか、本当に何なんだ? 次から次へと」

「あはは。おにいさん苦労してそうだねー」

「要因の一つが言うんじゃねーよ!」

 人の言葉で、何度かあることは再びと言うらしい。まさしく真理なのだろうと、そう思った。

 畳み掛けるような増え方をするのが人間の特徴なのか……?

 ロアと名乗った少年と、死にかけの青年。

 乙女ともう一人の巫女志望。

 めまぐるしく変わるのは、ここが狭間だからなのか。


 恋歌遊戯 魔王の求婚 第五話「見つける答え」


 騒がしい。けれど、何故か少しだけ、悪くないと思ってしまうのは何故だ。

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