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二 二人目



「私が翼に怪我を負って森に伏していた時、乙女が現れ、優しく手当てをしてくれた」

 ビオルさんがリトの為に建てた小屋の居間、六人くらいは囲める飴色の木製テーブルその一席に着いた羽野朗が気色悪いうっとり顔でそう語る。

「えっと……」

「その美しい心と優しさに一目で私は心を掴まれた」

「あの、それ」

「これは、運命だ」

 とか、羽野朗が性懲りも無くテーブルの上でリトの手を握ろうと手を伸ばすのを、俺は無言でテーブルの下、膝を蹴飛ばしてやった。

 殺気そのままな視線を寄越してくるが、知ったことか。つーか、俺も似たようなもんだ。

「ひ、人違い、です」

 戸惑うようにリトがそう言って、ナハトって野朗はそれを笑い飛ばす。

「何を言う、乙女。人違いなどではない」

「人違いです。だって、私、貴方に見覚え、ありません」

 リトの言葉に一瞬、ナハトは怪訝そうに首を傾けたが、すぐに閃いたらしい。

「ああ、なるほど。乙女は人間だから、気で見る事はできないのだったな。では、この羽に見覚えは?」

「羽?」

 一枚。濡れ羽色をした羽をリトに差し出す。

「……あ」

「思い出してくれたか」

「あの時の犬さんですか?」

 リトが俺の方を向く。小麦色の瞳に映った俺の顔はなんとも面白くなさそうだった。まぁ、面白いわけはねぇ。

「一昨日くらいに、森で怪我した翼のある犬さんを見つけたんです。手当てをしたら、森の奥へ行っちゃったから、大丈夫になったんだと思ってそれで終わりだったんですけど……」

「終わりじゃあなかったってぇ、事だねぇ」

「ビオルさん……」

 ナハトの分まできっちり飲み物を持ってきたビオルさんはそれぞれの前にマグカップを置いて席に着いた。

「つまりぃ、これは正式な結婚のお申し込みってぇ、事だよねぇん……」

「え!」

「ビオルさん、どういう事ですか」

 何で手当てしたらそうなる!

「樹宝さんぅ、そんな威嚇する動物みたいな凶悪な顔しないでぇ。リトさんが怯えたらどうするのぉ」

 俺そんな顔してるかっ?

「リトさんや。説明するねぇ? 妖っていう種族はぁ、各地にいるんだけどぉ、それぞれ違う生態系を作っているんだよぉ。同じ妖という括りでもぉ、本当に千差万別でねぇ。ただしぃ、昔からぁ大体共通しているのがぁ、恩には同等のものを返すってぇ暗黙のルール

 嫌な予感しかしねぇんだが。

「ナハトさんや、天犬てんけんだねぇ?」

「……お前、本当に気味が悪いな。だが、その通りだ」

 ビオルさんの言葉にナハトが鼻白みつつも肯定を返した。

「てんけん?」

「あまついぬ、と呼ぶところもぉあるんだけどぉ、まぁ、東域の子じゃあないとわからないかなぁ」

 冷えたレモン水を啜ってビオルさんは続けた。

「翼のある大犬の姿でぇ、この種族はぁ特に義理堅くてねぇん」

「ふふん。よく知っている。私は一族の中でも要となる者にして、妖全てを統べる者。その私の命を救った乙女への恩は妃に迎える以外で返せるものではない」

 おかしいだろその理論!

「命って言うが、大げさに言ってるだけだろうが」

「貴様のような地べたを這うものにはわからぬ」

「あ? お前、今なんつった?」

「あー、もう。すぐに喧嘩しないのぉ。話が進まないよぉん」

 そう言ってビオルさんがいつの間にか片手にハリセンを持って溜め息をついている。

 何でそんなもん用意みたいな感じで持ってるんですか。

「樹宝さんやぁ、翼があるものにとってぇ、それは本当に生死に関わるものだよぉ。翼の怪我を治して貰った事をそう感じるのはぁ、至極真っ当なのぉん」

 まぁそれでもぉ、だからってリトさんをあげるわけにはいかないんだけどねぇ。ビオルさんはそう呟く。

「ナハトさんや、リトさんはここにいる樹宝さんのぉ、お嫁さんだからぁ、諦めてくれないかなぁ?」

「樹宝?」

 この野朗……。今、初めて名前と存在に気づいたような素振り見せやがった。

 しかもそんな素振りで改めて俺を見る目は全然変わってねぇんだが。もうこいつ、いい加減潰して良いだろ。

「お前が、乙女の伴侶? 乙女がこいつの花嫁だと? 貴様、どんな卑劣な手で乙女に迫った」

「それはお前がやりそうな事だろうが!」

「乙女、どのような弱みを握られて囚われている?」

「聞けよ! つーか、どさくさに紛れてリトに近づこうとしてんじゃねえ!」

 野朗がリトの手を握ろうとするより早く、椅子ごとリトが後ろに下がった。

「あのねぇ……。なぁんで静かに、冷静に、話し合いの一つも出来ないのかなぁん?」

 ぴしっと。幻聴にしてはやけにはっきりと、何かが音を立てた。錯覚なのか定かじゃねぇが、部屋の温度が下がったような気がする。つか、ビオルさんの声が確実に温度を下げた。

 リトを椅子ごと後ろに引いて避難させたビオルさんは、俺とナハトに向けて、フードの下から深紅色の瞳を向ける。

 その目が、言うまでも無く氷の気配を宿していた。マジ怖ぇ。

「ナハトさんもぉ、樹宝さんもぉ……。リトさんよりもずぅっと年上のはずだよねぇ? ねぇ?」

 いつもの言葉遣いだが、声のトーンが三段くらい低い。抑揚もほぼなく平坦。確認てより、これは脅迫めいている。

 何かを言いかけて、結局ナハトも何も言えないらしい。

「二人ともぉ、見苦しい事しないでぇ?」

 ぐっと言葉に詰まる。俺もナハトも黙り込んだのを見てから、ビオルさんはフッと溜め息をついて。

「リトさんや、大丈夫ぅ?」

「あ、はい。えと、私」

「うん」

「私は、樹宝さんのお嫁さんになりたくて、自分から此処に来たので、ごめんなさい」

 リトがそう言ってナハトに頭を下げる。

「…………乙女」

「まぁ、そういう訳だからぁ、ナハトさんや。諦めてぇ?」

「……だが、それでは恩が返せない」

「別にぃ、他にもやりようはあるでしょぉ? 別の事にすればいいじゃないぃ?」

「他……」

 ナハトはじっと、リトを見た。

「乙女、私の妃になれば、美しい衣も身を飾る宝飾も、山海の珍味も思いのままだぞ?」

 その言葉にリトはふるふると首を横に振った。

「私、今のままでもとても満たされていますから」

 そう言って、リトが何故か俺を見た。けど、目が合ったと思ったら顔を逸らされたのは何でだ?

「な、なので、ナハトさんのお嫁さんにはなれません」

 リトは頬を桜色に染めてまた謝るように断った。

 ナハトはその様子に納得いかない顔をしたが、結局はそれ以上強く言えなかったらしい。

「わかった。今は、諦める」

「今はって何だ『今は』って」

「言葉のままだ」

「ふ・た・り・ともぉ~?」

 ビオルさんが言外に釘を刺してくる。

 俺たち二人が黙ると、リトが落ちつか無そうに辺りを見回し、ビオルさんがとりあえず手にしていたハリセンをローブの下に仕舞った。そのすぐ後。

「おやぁ?」

「何だ?」

「人間の……女性か。だが、これは……」

「?」

 リト以外の全員が外へ繋がる扉へ視線を向ける。

 程なくして、扉を控えめに戸惑いがちに叩く音がした。

「ごめんください。誰か、いらっしゃいますか?」

 若い娘の声だった。リトが思わずのように立ち上がり、返事をする。

「あ。はい!」

 危険な気配は感じなかったから、その場に居た誰も扉を開けるリトを止めなかった。

 けど、俺は後になってこの時の迂闊さを呪うはめになる。

「すみません、見知らぬ方にお願いするのは心苦しいのですが、路に迷い難儀しております。少し軒先で休ませて頂けませんか?」

「あの、良かったら中で休んでいって下さい」

「いえ、そのような厚かましい事は……」

「疲れてらっしゃるようなのに、外に居たら具合悪くなっちゃいます。入って下さい」

 リトが来訪者の細い手を引いて小屋の中に引き入れる。

 東域の娘が外に出る時に身につける壷装束という一式を纏った人物は、折り目正しく礼をとってから静かに中へ。市女笠と呼ばれる帽子を脱ぎ、そこではたと家の中に男が三人居ることに気づいて凍りついたように動きを止めた。が。

「あ?」

 その娘が、何故か俺に向かって真っ直ぐに歩いてくる。

「何だ」

「…………」

 近くで見ても、その娘は典型的な東域人で、墨色の黒橡くろつるばみのような丸い瞳に旅のためにまとめて結った緑の黒髪、少し黄が入ったミルク色の肌。色目を遊ぶように重ねられた衣は東や西でよく見られる。

 俺も今の見かけは西域の服に近いもんを身に纏っている。

 まぁ、そんな事はおいといていいんだが。

 東の娘は俺をじっと見て立っていた。

「何か用か」

 そう声を掛けたら、何故かそいつは俺の前に両膝をついて。

「私は瑞花みつかと申します」

 嫌な予感がすげーするんだが。

「貴方の巫女として、私をお側において下さい」



 待て。何だって面倒な事は続くんだよ?

 つーか、マジでどうなってんだ!


恋歌遊戯 魔王の求婚 第三話「二度あることは」


 おい、何だよ嫌な予感しかしねーじゃねぇか!

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