BlackHotel 2
男の名は華雪【はなゆき】というらしい。
一瞬しか名乗らなかったのでいまいちよく聞き取れなかった。
だがまああっているだろう。
そんなことはどうでもいいのだ。
とにかくこの激痛から逃げたい。
その思いだけに火韻の脳は支配されていた。
ああ、また拳が降り下ろされる。
ひゅっ
ぼこぉっ
「ひぅっ…!!あ、がっ」
華雪は執拗に火韻の腹を殴った。
もう赤みの無い所が何処にもないほどに火韻の白い体躯は内出血を繰り返していた。
吐瀉物ももう、ゲロではなく血と唾液のみだった。
「も、やめっ…」
ひゅっ
「ぎゃっ!!!!」
びしゃりとまた血が吐き出される。
ベッドの惨状は酷いものだった。
どうしてここまでのことをされなければいけないのか。
理不尽は言葉を有しない。
「い゛だぃ゛…帰りだぃ゛」
「どおして?」
「ごわい゛がら…」
「何が?」
「お前…が」
「どおして?」
この繰り返しだった。
華雪の露になった目は、レンズ越しより深い黒だ。
ああ、眼鏡がないほうがイケメンだなあ、なんてそんなどうでもいいことしか頭に浮かばない。
気絶できればいいのにじんじんと痛み続ける打撲箇所はそれをさせてはくれない。
華雪の笑みも消えない。
「ねえ、本当は気持ちいいんでしょう?
楽しいでしょう?」
「わけ、わかんねぇ…あっがっ…!!」
また容赦なく拳が腹を叩きのめす。
もう限界だった。
「やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてぃ゛だいぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛!!!!」
火韻は叫びながらがむしゃらに暴れた。
「五月蝿いなあ」
ぼきん
足の骨が折られた簡素な音は同時に火韻の意識を真っ白にさせ、糸が切れたようにぷつんと大人しくさせた。
「あ、静かになった。
なあんだ、こっちの方がよかったのか」
ばきん、ぼきんと子供が玩具を壊すように簡単に次々と少年の体をへし曲げていく。
左足の関節、脛、右足の関節、左手首、右肩。
よいしょ、よいしょと造作無く骨格を変えられていく。
涎を垂れ流しながら白目をむき、とうとうやっと火韻の意識は自由になった。
「あれ?飛んだ?」
「えー、ちょっと、起きてよ。
面白くないじゃん」
前髪を鷲掴んで上半身を起こさせると、火韻の顔をぺちぺちと叩いた。
それでも意識が戻らないのを見て今度はぶん殴る。
子供だということに全く躊躇せず華雪は純粋な暴力をふるい続けた。
そして悲しいかな、火韻の本能は生命の危機を感じ意識を揺り起こす。
同時に襲う激痛。
死ねるのなら死にたい。
なのに人はこのくらいでは死なない。
そのギリギリのラインで行われる暴力は華雪の賢さを物語るだけで火韻にはなんの救いにもならない。
もう呻き声しか出せなかった。
「は、ぁ…」
「あ、起きた」
「…ね…なん、でも、するから…」
「え?」
「お願い…も、やめ…」
「なんでも?」
こくんと頷く。
もうそれくらいしかできなかった。
「ふうん、じゃあためしにもっと可愛くおねだりして?」
「……もぉ、やめて…ください」
「殴られることをねだってほしいの」
絶望しかないのか。
暴行を止めさせるために暴行を強請るなんてそんな馬鹿なことがあるだろうか。
こいつは馬鹿なのか。
「……ぼく、を…なぐって」
弱々しく媚びる少年の姿は誰が見ても痛々しい。
せっかくの美しい顔も徐々に腫れ上がってきている。
「いいよ」
ぐ、と目を閉じ次の拳に堪えようと身構えた火韻に再び訪れたのはまたもやキスだった。
それも先程より濃厚な。