「世界征服の巫女」その2
Bキーが沈んで戻らなくなる現象に苦しめられました。
『辻津呷:悪徳宗教②』
「ようこそ、炊山神社へ。お待ちしておりました」
私達は到着して早々、丁重にもてなされた。
神社には十数人ほど白装束を着た男女が待っており、私たちを裏手の庵に案内してくれた。
「お出しできるものはお茶くらいですが、ゆっくりなさってください」
「ああいえ、お構いなく」
そのうちの一人(自らを立島と名乗った)が庵に残り、私たち二人にお茶を淹れ、茶菓子を振舞って応対をしていた。
「今神女の君は私用で出ておりまして、もうしばらくお待ちください」
「神女の君?」
「五常宮家の現当主、りのか様のことでございます」
「神女の君」、五常宮りのか。
その人物こそが噂に聞く、「霊感」を取り除く霊媒師であるらしい。
「・・・ところで辻津さん、あなたはいつ頃から霊現象に見舞われはじめましたか?」
「物心ついた時から、・・・そうですね、小学生の時くらいにはもう見えていました」
「ほお、あなたは見えるタイプの人ですか」
「見えるタイプ?」
私は尋ね返した。
「実は私も以前霊感があったのですが、その時は声しか聞こえなかったんですよ」
「声だけ、ですか?」
へええ、これは異聞。
どうやら霊感を持つ者が皆霊を五感全てで捉えているというわけではないらしい。
ということは、私の霊感は相当に強いものなのだろうか。
「私なんか見えるし聞こえるし、おまけに触れるしで大変ですよ」
「ええ!?そ、それはすごいですね・・・」
どうやらここまで鋭敏な感覚を持っている人間は初めてらしく、少し引いているのが表情に出てしまうほど彼女は驚愕していた。
「それはすぐにでも除霊なさった方がいいですよ。・・・びっくりしました、正直ここまで強い感覚の持ち主とは思わず」
「いや、ははは・・・誇れることでもないですけどね。でもやっぱり、霊感ってあるとまずいものなんですか?」
「それはもう。体に凄まじい負荷がかかってしまいますから」
そういえば、とふと洞戸くんの方を見ると、本当に少し不憫なくらい、正座して真面目に聞いていた。
そうするしかないというのは分かるけど、それにしたっていじましい。
バス停でのこともそうだが、熟考型で思慮深いタイプのようで、実は子供っぽくて直情径行な一面もあるのだろうか。
「霊感は本来人間が感じてはならないもの、見たり触れたりしてはいけないものとつながりを持ってしまう危険性を秘めています。もちろん人ならざる者と関わることで有益な情報を得てきた人間もいますが、やはり共通して、彼らはあまり長命ではありません」
「負荷がかかりすぎて、自らの命を縮めてしまうと、そういうことですか」
「はい」
立島は神妙に頷いた。
「怪しいですね、なんか」
当主が戻ってくるまでの時間つぶしに境内付近を二人で見学している時、洞戸くんが口を開いた。
「なんというか、聞いた事もないような定理を説明されて納得させられた気分というか・・・自分が勉強不足なのかもしれないんですけど」
「まあ普通考えもしないことだもんね。ただ私は少しあの人の言うことに共感したかな」
「共感?」
「霊と交われる、関われることはほめられた事じゃないって所。きっとここの当主さんの教えなんだろうけど、うん、私も常にそう思ってる」
「なるほど、あっても困るものですか」
「盲腸みたいなものだよ。それが必要だった時代もあったのかもしれないけど、この現代日本にはそぐわない」
「そうですよね・・・」
哀しいけどね、と私は付け加えた。
ぐるりと神社の敷地内を散策し終わった頃、ぱたぱたと草履を鳴らして立島がこちらに走ってきた。
「申し訳ありません、実は・・・」
「どうかしましたか?」
「どうやら神女の君が体調を崩されたようで、今日中に戻れないとのことでして」
「そうなんですか」
相当に急いで来たのだろう、携帯のメールの画面を開いたままだった。
「明日には戻るとのことですが・・・」
「うーん、日を改めよう、かな?」
洞戸くんが安堵したのもつかの間、立島はぽんと手を打って、
「もしよろしければ、今日は泊まっていかれてはいかがでしょう?」
と提案した。
「えっ?」
思わず上がった声に咳払いをいれて、フォローする。
そんなにここが嫌なのか。
「あの、よろしいんですか?」
「構いませんよ。こちらの不手際でもありますし」
およそ肯定的に話が進んで行くのを、洞戸くんは若干苦々しげに聞いていた。
ごめん、洞戸くん。
私は正直、神社にお泊まりしてみたい。
「ごめん洞戸くん、勝手に決めちゃって」
「い、・・・いえ、大丈夫ですよ」
「洞戸くんはどうする?」
「自分は、・・・先輩がよろしければ、残りますよ」
「いいの?」
「ええ」
洞戸くんは少し立島のほうを見てから、私の横についた。
「ここに先輩一人をおいていけないです。自分はここのことを信用してないですから」
彼の表情は厳しいものだった。
「本当ごめんね、洞戸くんにも予定あるのに・・・」
「大丈夫ですよ。自分は明日も暇ですから」
笑ってそう言う。
来る途中のバスの中で立てていた明日のコンパの計画を、彼は蹴るのだろう。
それを知っていた私は、今一度深々と頭を垂れた。
「さすがに同じ部屋ではないよね。・・・当たり前か」
私たちは昼に通された庵の横の関係者宿舎に泊めてもらった。
木造の古めかしい施設だ。
「・・・わ、床がすごい沈むなあ」
今にも抜け落ちそうな木の床に注意して、私は押入れをから、と開けた。
「うぇ、ホコリが・・・」
宙を舞うハウスダストを意味もなく躱そうとしつつ、部屋の右上角にきっちり合わせて布団を引く。
ここが私の定位置なのだ。
「さてと」
就寝にはまだ少し早い時間だ。
午後八時。
私は何の気なしに窓の外を見てみた。
「・・すごい、本当に真っ暗」
外には電灯一つなく、ここに来るときに通ってきたはずの小さな町も、まるで消え去ったように夜に沈んでいる。
こんな光景は、都会ではまず見られない。
「写真には写らないよね、こういうのって」
私は構えていた携帯を下げた。
「もう寝ようかな。他にやることもないし」
「ご就寝ですか、辻津さん」
え?
その言葉が出る前に私の視界は、くらと揺れた。
直後に激しい酩酊が襲った。
「・・・ぁ、うっ・・・」
全身が弛緩して、その場に倒れこむ。
「申し訳ありませんが、少しの間昏睡して頂きます。無理にお目覚めになる必要はありませんから」
・・・・・・!
こ、の声は。
「た・・て、じま・・・?」
「はい、そうですよ。立島空座、参上です。ニンニン」
変な所で終わってすいません。