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館の夢  作者: ミロ
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晩餐

客室に案内され、荷物を下ろしたころには、窓の外は黄土色に染まっていた。


売却予定の館にせっかくだから一泊くらいはしておこうと思っていたので着替えは持ってきていた。


けど、成行きで長期滞在に変更になってしまったのだから一度マンションに戻る必要がありそうだ。


「夕食の準備ができましたら、お迎えに参ります」


そう言って理人さんは出て行った。


客室も想像した通りの煌びやかな内装だった。味も素っ気もない学生マンションとは、当たり前だけど格が違う。


しばらくベッドの柔らかさを楽しんだり、小さな書架を探ったりしていたら、ノックの音が聞こえた。


「秋臣様、夕食の準備が整いました」


呼びに来たのは澄生さんだった。


「あ、今いきます」


扉を開けると、澄生さんがお辞儀をしていた。


食事は、先ほどの応接間から廊下をはさんで真向いにある部屋でとるようだ。


大きな円卓に、食前酒と前菜がのっている。


椅子はひとつだけのようだ。え?


「これは、僕ひとり分ですか?」


「え?」


「お二人は一緒じゃないんですね」


「え?」


澄生さんが目をかっぴらいて僕を見ている。


「あの、なんかさみしいんで一緒に食べるのは駄目ですかね?」


一人暮らしの食事と、外泊先での食事では意味合いが違ってくるというものだ。


澄生さんは決定権がないのか、理人さんの指示を仰ぎにいってしまった。


すぐに、小走りの二人が戻ってきた。


「秋臣様、我々と同席をお望みと伺いましたが、本当でしょうか?」


理人さんも、信じられないというような態度だったので、僕はおかしくなってきた。爺ちゃんはどれほど主人然としていたんだろう。


「僕は割と貧乏所帯で育っているので、こういうの落ち着かないんです。ごはんは大勢で食べるほうが好きですね」


「秋臣様のご要望ならば」


すぐに二脚の椅子と二人分の食事が追加され、奇妙な晩餐会が開始された。


僕には聞きたいことが山積みだったのだ。


二人はいったいどういう経緯でここの管理人になったのかとか、爺ちゃんがいない間はどうしてるんだとか、給料の額とか、年間休日とか。


だけど聞くことはできなかった。


僕のほうが質問攻めにあってしまったからだ。


秋臣様は空いた時間をいつもどのようにお過ごしなのですか?恋人はいらっしゃいますか?ああいらっしゃらない、え?ご友人も?それはそれは、いえそれでは休日などはどのように、ご趣味なんかは?読書!大変結構ですね。映画鑑賞、なるほど。音楽も?素晴らしい。散歩、健康的で何より。いつもはご家族と食事をとる習慣がおありで?一人暮らしでしたか!では栄養不足気味では?この料理はいかかですか?好き嫌いをお伺いしても?和風がお好みですか。え?お好み焼き?いえ、勉強致します。明太子?明太子をどう、あ、ただ焼くだけ?しかしそれでは、いえ、明日にでもご用意致します。え?ネット環境ですか?いかんせん山奥の田舎ですので、携帯電話の電波も怪しい日がありまして、いえ固定電話はございます。なるほど業者を手配致します。


理人さんは僕を甘やかすため、この晩餐会を情報収集の好機だと捉えたようだ。


澄生さんは黙々と料理を口に運び、誰よりも早く食べ終えては次の料理を運ぶという、なんとも忙しない食事を余儀なくされていた。


僕から見て、やはり上司部下の関係だろうと思う。理人さんのほうが澄生さんより多少年嵩に見えるのもあって、勤続年数は理人さんが長いのだろうと勝手に当たりをつけた。


そう見ると、澄生さんは与えられた職務を淡々とこなしている。真面目な性格のようだ。


僕は理人さんの質問を適当に答えつつ、二人をよく観察した。


人をしっかり見なければ、いつか愛想を尽かされてしまうのだ。


変わらぬ忠誠心は、爺ちゃんの遺産でもある。七光りのようなものだ。


僕という人間を知っていくほどに、二人の目に失望が燻っていくのを見るのはいやだ。


少しだけ、その忠誠心とやらがどこまで本物なのか、試したい気持ちもあるけれど。


好きで友人がいないわけじゃない。恋人を作る勇気もないほどに、僕は性根が腐っているのだ。


突然降って湧いたような歓待に、心は躍るし嬉しくもあるけれど、同時に不安も大きい。


また自分の中の揺らぐ感情を片方に振り切らせることができなくなっている。


「秋臣様、お皿を下げさせましょうか?」


いつしか手が止まっていた。おいしそうなメインの煮込みなのに。


「食べます食べます」


「ゆっくりで結構ですよ」


急かしてしまったと思ったのか、理人さんが申し訳なさそうな顔をした。


「ごめんなさい」


謝ったところで余計に申し訳なさそうな顔をさせるだけなのに、僕はその場を取り繕うほうを選んでしまう。


自己嫌悪に忙しくなり、また手が止まる。理人さんは今度は何も言わない。


ああ、呆れられている。


取り繕おうとするから呆れられてしまうのだから、取り繕わなければいいのに、焦る一方でまだなんとかなると思い込む自分に驚く。


愛想笑いも見透かされているだろう。


晩餐会の後半は、なんとも乾いた笑いに包まれて終わった。

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