表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

11月10日

 入院生活も四日目となった。

 そろそろギプスも外せるらしい。

 リハビリは、通院しながらじっくりとやっていくことに決まった。


 なにはともあれ、人生初の入院生活だ。

 基本的に寝ているだけの毎日は基本的に快適で、相部屋の『ゲンさん』が無口すぎるということ以外には基本的に不満はない。


 ゲンさんは、人の目をじーっと見る。

 七十歳くらいだろうか。

 西郷隆盛みたいな黒々とした大きな目で、じーっと。

 で無言。

 何も言ってはくれない。


 ゲンさんに見つめられると、ちょっと息苦しくなる。

 心の底を見透かされそうな目、というのは、ああいう目のことなのだろう。

 ま、目さえ合わさなければいいんだけれど。


 基本的に退屈きわまりない入院生活だけれど、夜はちょっと違う。


 毎晩、深夜一時頃。

 僕はそわそわしてしまう。

 そのうち窓の外に、ぬ、と影があらわれる。

 ガラスを割られてはかなわないので、今夜も僕はいそいで窓を開けた。


 毎晩お見舞いありがとう、と息だけで囁いて、僕は入ってきた影に頬ずりした。

 お、それが今日のお土産か。

 立派なイノシシだなあ。

 うん?

 僕はいいよ。

 お腹いっぱいなんだ。

 自分でお食べ。


 毛の一筋、血の一滴も残さずに、猫はみごとにたいらげた。


 猫の毛並みは、泥や雑草の切れ端や草の実などで汚れていた。

 僕のお見舞いのために一所懸命だったんだなあ。

 ちょっとホロリときた。

 あとで掃除するのは大変だけど、猫の苦労に比べればなんてことはない。


 病院はもちろんペット禁止だ。

 看護婦さんに知られたらえらいことになる。

 ゲンさんの寝つきがよくて助かった、とふりむくと、


 じー。


 ゲンさんがこっちを見ていた。


 ……。

 思考停止。


 僕がフリーズしていると、ゲンさんはおもむろに自分用の小型冷蔵庫を開けた。

 両手をいっぱいにしてとりだしたのは、チーズやプリンやヨーグルト。

 食事の残りや、お見舞い品みたいだった。


「乳製品は口にあわねえ」


 初めて聞くゲンさんの声は、ぼそぼそしていて聞き取りにくかったけれど、その気持ちは僕にも猫にも伝わった。

 猫は大喜びで、ゲンさんが放り投げたプレゼントを口で上手にキャッチした。

 容器ごと食べるなよ。

 お腹こわすぞ。


 ホッとした僕は、猛烈な睡魔におそわれた。

 入院していて変なんだけど、寝不足だった。

 夜は猫のお見舞いがあるし、昼は検査があるしで、熟睡するまとまった時間がなかったのだ。

 意外にも猫好きらしいゲンさんに猫がじゃれつくのを見ながら、おもわずウトウトしてしまった。


 気がつくと、朝になっていた。


 病院のなかが、すこし騒がしい気がした。

 猫!?

 あせって見回した僕は、胸をなでおろした。

 猫は病室にいなかった。あいつは人見知りをするほうだから、きっと夜が明ける前に帰ったのだろう。

 安堵しつつふと隣を見ると、ゲンさんのベッドが空だった。

 トイレかな。

 と思ったけれど、結局、ゲンさんがあらわれることは二度となかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ