おつかい
職員室に入っていくと、多くの教員゛役゛が忙しそうに動き回っている。
その中で吉原ちゃんの姿を探す。ふと窓際に視線を送ると。
吉原ちゃんが隣り女性……いや、女子教員゛役゛と湯のみで茶を飲みながら楽しそうに会話していた。
そこに、近付いていくと二人の会話が聞こえてくる。
「吉原先生のクラスは凄いですねぇ、自発的に清掃を始めるなんて」
自発的?強制的の間違いじゃないのか?
「いえいえ、みんな九年間もお世話になった学び舎に感謝したいだけですよ」
そう言って、ホホホと怪しい笑いをする。
なんだか好き勝手な事を言っているな。
「なあ、吉原ちゃん」
そう声を掛けると、ギリギリと音を立てるようにこちらを振り向く。
「いま、なんつった?」
いつものかわいい声とは対照的なドスの聞いた黒い声とその眼力に押され。
「う……吉原先生」
思わず、言い換えを余儀なくされる。
「はい、なあに?」
ゆっくり微笑み、自分の膝をポンと叩くとちょっと姿勢を正した。
「あー……なんだ、さっきの話って一体なんですか?」
そう尋ねると、吉原ちゃんはガッツポーズをして「やった、これで復讐できる」と小さく呟いた。
「ちょっとまて、いま復讐って言わなかったか?」
「エー、ナンノコト?ワタシ、ゼンゼン、ワカラナイニャー」
ニャーってなんだ。と思ったが、もうこの際無視する事にした。
「まあいいや。で、先生一体なんの話をされたんですか?」
「えー、ただで教えるのヤダナー」
姿勢を崩し、駄々っ子のポーズをすると、吉原ちゃんは意味ありげな笑みを浮かべる。
その笑みは、「さー君は何をしてくれるのかなぁー」と語っていた。
そして、俺の次の言葉を待つように二人の間に沈黙が訪れた。
「………」
「………」
「――――先生」
握り拳を硬く握り、それを宙に大きく振り上げ、落とす。
「先生、僕は学校、いや三年間もお世話になった先生の為に何か恩返しがしたいんだ。先生、今困っている事はありませんか?僕にできる事だったら何でもやるつもりです。いや、やります!!」
拳を握り、力説する。ここで、書籍資料にあった゛青春漫画゛だったら目に星を浮かべれば完璧だ。
吉原ちゃんの後ろでは、幼い教員゛役゛が羨望の眼差しで吉原ちゃんを見ている。
「いやー何かと不真面目な君がこうして更生してくれるとは先生はうれしいよ」
そうして、涙を拭う、フリ!!をする。
「でもねえ、掃除……は今やってもらってるから、もう他に仕事がないんだよね」
じゃあ、さっさと連絡事項を教えてくださいと言いかけると。
「でも、君の熱意を無駄にするわけにはいかないわ」
これまた涙を振り乱し熱血教師風の動きをする。
「だから、はいこれ」
といって差し出されたのは一通の書類だった。
「これなんだよ」
「うん、生活安全保全保証維持義務機関委員会の委員長にコレを渡してきて」
「悪いが、もう一回いってくれ」
「やだ、二回目は大抵噛むから」
だろうな誰だって噛みそうになるくらいの長ったらしい名前だ。
書類を受け取り、その場を去ろうとすると。
「あ、そうそう啓、君はそういった所じゃ、意外だけど真面目だから心配してないけどちゃんと届けてね。後できるなら今日中に帰ってきなさいよ」
今日中?確かに委員長さんがいるという校舎はここから歩いて十分くらいの所だがその言い方は引っ掛かる。そして、最後に吉原ちゃんは
「今日の晩御飯はあんたの好きなモンにしておいてあげるからねぇー」
と母親゛役゛としての一言を残していった。
ふと、書類を見ると゛校外秘゛と赤字で判が押してあった。