標準的対怪人仕様中桃ベルト
短編小説どんと来い2nd参加作品になります
「桃組、出動だ。詳細な位置は追って送る」
無線に短く声が掛かる。僕は先輩から貰った缶コーヒーを落としそうになりながらも、しっかりと目を合わせた。
「今日が、僕のデビュー戦ですか……」
「OJTだよ。近場で見てな」
ニヒルに嗤う先輩は、とてもかっこよかった。
僕はロッカーから標準的対怪人仕様中桃ベルトと母親からもらったお守りを取り出し、中桃市管轄のパトカーで現場へと急行する。そこには位置情報と同じタイミングで記されていた怪人が情報通り現場へ現れていた。
つい3日前に隣の鷹志市に出現して図書館が破壊され、市民に複数の犠牲が出てから、周辺地域で警戒態勢を敷きつつ対抗策の打ち出しに苦心していたが、運の悪いことに次の標的は我が中桃市となったらしい。
奴は右腕からモーニングスター、左腕からは刀がそれぞれ生えている和洋折衷タイプの怪人だ。おまけに脚にはローラーが付いており、逃げ足については他の怪人以上のポテンシャルを誇る。
物理的な戦闘力の高さに加えて可視光線のビームを撃てる。極めつけは瞬間移動で相手の背後を取り、日本刀で首を掻っ切る必殺技だ。
僕はそれを、自作の怪人辞典で知り尽くしていた。
★
「君は今日付けで、中桃市防災課に配属だ」
馬鹿な。僕は企画課志望で内定に通っていたはずだ。
後方支援をするつもりで面接の時に見せた自作怪人辞典がきっと仇になったのだ。
抗議書をどこに出せば良いかも分からないまま、初日のオリエンテーションをこなし、そのまま基礎訓練場と呼ばれる場所に集められた。
周りは皆屈強な男ばかりだ。僕だけが小さく細い。そのはずだ。僕は企画事務職として採用されたのだから。
後方勤務として最前線に確実な情報を送り、僕なりにこの街を守りたいと願ったからだ。それなのに……。
腕立て伏せに始まり、ランニングをさせられるが、僕は全く納得がいっていない。力が無い僕は馬鹿にされるだけなのだ。
ただ、合気道研修の中で初めて渡り合えるかもしれないという自信が出た。相手の力を利用し、自分の利点を活かす。受け流す、決めるべき時に決める。僕は震える自分の手のひらを眺めた。
中桃市防災課は表向きは災害時の支援派遣の部署だ。
しかしある日怪人と呼ばれる人型実体と向き合わざるを得なくなった。カバーストーリーを流布しつつ、秘密裏に怪人を処理する。
誰にも知られぬまま、怪人を斃し、そして斃される。そんな宿命を背負った公務員は年々数が少なくなっていく。無論怪人以外にも、様々な困難がこの国には押し寄せるし、僕たちが日々向き合わなければならない問題は数知れない。
★
「ようクソ雑魚。俺がきっちりお前の落とし前をつけてやる」
先輩は僕に見せつけるようにして怪人を挑発した。刀をジャキンと鳴らしながら怪人は威嚇する。
「行くぞ山本。変身!」
「変身!」
先輩に声を掛けられ、僕は初めて実戦に使用する。
『マイナンバーカードを挿入してください』
標準的対怪人仕様中桃ベルトからは、そんな連れない機械音声が返って来る。なるほど、マイナンバーカードを常備しておけという先輩方のアドバイスは的確だったわけだ。それにしても、やはり公務員は公務員だ。お役所仕事が過ぎる。
僕は少し戸惑ったが、ベルトにマイナンバーカードを挿入し、自身の身分を証明する。
するとベルトの光に囲まれながら、僕は対怪人仕様スーツに身を包まれた。こうなったら、出来るところまでやるしかない。
怪人が振るうモーニングスターを避けきり、すかさずパンチやキックで応戦する先輩の姿は素晴らしい。僕は敵の僅かな隙を狙って拳を撃ち付けるだけだ。悪戦苦闘の末せっかくヒーローになれたというのに。
「これで終わりだ! 中桃キック!!」
先輩は、後ろに下がってから空中に浮き、怪人に必殺技を繰り出した。すると怪人の身体中から火花が飛び散る。
「山本。これがOJT」
だ。と言おうとしたのが、僕には伝わった。しかし、その瞬間に先輩の身体は二つに千切れ落ちる。僕が警告を発する前に、怪人にやられたのだ。
彼の血しぶきが飛び散る前に悲しむ余裕はない。今応援を要請したところで、怪人がこの街を破壊する方が速い。それならば。
"僕が相手だ"
敵の眼を見る。振り上げた方の腕と真逆を狙っていると予測する。
僕が反撃するのを見越していると先に考える。
だから距離を取って誘い受けを狙う。それに勘付いたか、ロングレンジのビームを放ってきた。
合気道研修か、或いは自身の怪人辞典が奏功したのか、間一髪でそれを避け切る。
視界に映ったのは怪人の身体から飛び散った火花だ。先輩の犠牲は無駄にはならなかったのだ。
常に死角に気を付けて腕を後方にやる。
怪人は逆に僕の視界から消えないように動く。これは心理戦だ。
すると思いきり眼前に。怪人が現れる。
僕の思った通り、刀を突き。
「受け流す。決めるべき時に決める」
刀の背に合わせるようにしながら流し、怪人が僕の背後へ行ったのを見遣って。
「──中桃チョップ」
渾身の力を込めた手刀を怪人の首に叩き込んだ。
火花を飛ばし、断末魔を上げながら怪人は、尚も悪あがきをする。
「ここで終わると、思うなよ……」
「次来ても同じだ。先輩の想い、僕は忘れないぞ」
★
中桃市市役所のロビーで、僕は特殊勤務手当と表彰状を受け取っていた。
初勤務でしっかり怪人を退治した新任職員は初めてらしい。
そして、先輩の二階級特進も同時タイミングで知らされた。葬儀には間に合わない。
現場で悲しむことが出来なかったことを後悔しながらも。それでも思い出すのだ。
怪人を挑発した時の先輩の手が震えていたことを。




