王都アステリアへ
はじめまして、yusuke/YsFlowerと申します。
初めて小説を書いてみています。
現代文明と魔法文明が融合した世界のお話なんですが、行き当たりばったりで書いているし、まだディテールがきちんと思い浮かんでいない部分があるので、書き直しながら進めていこうと思っています。
精霊機構技師団の社用バスは、王都アステリアへ向かっていた。
灰色を基調とした車体は、ところどころ塗装が剥げ、下地の金属がのぞいている。装飾らしい装飾は団章くらいで、無骨な外観だが、そのぶん骨太で頑丈そうだった。車内は二十人ほどが無理なく乗れる作りで、座席配置も荷物の積載も、すべてが「作業員を運ぶ」ことに最適化されている。長距離移動にも耐える設計で、華美さより信頼性を優先した、いかにも技師団らしい車両だった。
王都中心街への大門が肉眼で確認できるようになった頃、車体側面に刻まれた団章が淡く発光し、魔法機構駆動の起動音が低く、短く鳴った。音というより、振動に近い。床下から伝わるその感触は、団に所属している人間なら誰もが慣れ親しんでいるものだった。
魔法変換炉。精霊を動力として扱う中枢機構。そして、万が一に備えた物理補助機構。
古い技術と新しい技術を無理なく噛み合わせたこの構造は、技師団の車両では珍しくない。派手さはないが、壊れにくく、直しやすい。つまり「仕事向き」だ。
「今日からアステリアか……」
後方の座席で、誰かが欠伸混じりに呟いた。
「王都だぞ。基盤の規模が違う」
「どうせ定期だろ。アステリアの基盤維持なんて、もう何度目だよ」
雑談は、いつも仕事の話に落ち着く。
更新周期の短縮、案件数の増加、地方都市からの応援要請。どの話題も、珍しくはない。忙しい、という言葉は口に出されるが、それを本気で嘆く者はいなかった。
精霊機構技師団とは、そういう集団だ。
レインは、バス後部の窓際の席で外を眺めていた。
年齢は二十代半ばほど。長くも短くもない黒髪を後ろで一つに束ね、作業服の袖はいつも少しだけ無造作にまくっている。体格は平均的だが、姿勢に無駄がなく、工具を持つ手つきだけはやけに落ち着いていた。表情は穏やかで、集団の中に溶け込みやすいが、視線だけは常にどこかを測るように静かに動いている。
郊外の街並みが後方へ流れていく。精霊灯が等間隔に並ぶ大通り、荷を積んだ牽引車、歩道脇で待機する精霊種――多脚の大型獣スレイプニルが、番号札を下げて静かに息をしている。
かつては魔物と呼ばれていた種だが、今では精霊種の動物として分類されている。馬よりも馬力があり、家畜化された個体は気性も穏やかで、荷役用として珍しくない光景だった。
「…やっぱり、魔法変換炉の調子が悪いかな…」
前方から、運転手の声が聞こえた。
レインが意識を戻すと、バスがほんの一瞬だけ、進み出すのをためらったように感じた。揺れというほどではない。加速が、一拍遅れただけだ。
「おっと、失礼。うまく動き始めたみたいだ」
運転手は軽い調子でそう言い、すぐに操作を続ける。車体は何事もなかったかのように走り続ける。
「最近多いんだよな、こういうの」
「気温差じゃないですか? 昨日、冷えましたし。炎の精霊も凍えてるんじゃ」
「動いてるなら問題ないだろ」
誰も深追いしない。
動いている以上、それは事故ではない。異常と呼ぶには、弱すぎる。
レインは、足元に置いたケースに視線を落とした。中には、小型の魔法機械が収められている。個人制作の試作機だ。団の正式装備ではない。
『気のせいだ』
そう判断して、レインは視線を外に戻した。精霊灯の光が、規則正しく街路を照らしている。その光の揺らぎに、違和感は……ない。
王都アステリア基盤維持計画という案件名が、バス前方のモニターに簡潔に表示されていた。付随する資料はすでに各自の端末に配信されている。
「今回の主対象の分布は中層から上層だ」
ハロルドが、端末を操作しながら言った。
白髪混じりの中年で、背は高くないが肩幅があり、長年現場に立ち続けてきた技師特有の落ち着きを身にまとっている。特継ではまとめ役を任されることが多く、無駄な感情を表に出さない。
精霊機構技師団特別継承部 ー 略して特継。
精霊機構技師団の中でも、特継は選りすぐりの技師だけで構成された部門だ。都市の中枢、国家の基盤、失敗が許されない重要案件を専門に扱い、必要とあらば国境を越えて世界中を飛び回る。
「まずは昇降機系統と精霊灯の主幹ライン。古代層には直接触れない。あくまで更新と再調整だ」
「触らない、ね」
ブラムが鼻を鳴らした。ずんぐりとした体格のドワーフで、短い首に分厚い肩、金属粉でくすんだ髭が特徴的だ。構造解析と物理補助機構の専門で、魔法よりも素材と強度を信じるタイプだった。
「王都で“触らない”って言葉、どこまで信じりゃいいんだ?」
「指示なんだから、信じなさい」
淡々と返したのは、リシェルだった。淡い銀髪を首元でまとめたエルフの女性で、細身の体に比して視線は鋭い。理論技師として精霊の流れを数式で扱い、感覚よりも再現性を重視するタイプだ。
「更新手順は通常通り。流量測定、偏差調整、安定化確認。問題がなければ3ヵ月で終わる」
「問題がなければ、な」
誰かが小さく付け足す。
レインは、端末に表示された系統図を眺めていた。複雑だが、見慣れた構成だ。精霊の供給点は、属性ごとに整理されている。
「それ、持ち込むの?」
リシェルが、レインの足元に置かれたケースに視線を向けた。
「それは?」
「試作機です。念のため」
レインが短く答えると、ブラムがふっと鼻で笑った。
「念のため、で済ませる装備じゃねえだろ。お前しかできない仕事だ」
レインは肩をすくめた。
「レインは例外ですからね」
リシェルが淡々と言った。
「精霊器官の感度がものすごく敏感だから、すべての属性を認識できるんですものね」
一瞬、空気が静まる。
「別に便利なわけじゃありませんよ」
レインはそう付け足した。
「どれも同じくらい入ってくるだけです。制御できるかどうかは、別の話です」
レインが短く答える。
「ま、王都で“念のため”を持ち込む人、嫌いじゃないわ」
冗談めいた言い方だったが、誰も笑わなかった。
特継の仕事に、“念のため”が不要な案件は存在しない。
「今回も維持作業だ」
ハロルドが、改めて言葉を区切った。
「派手なことはしない。都市を動かす機械だ。壊すな、変えるな、止めるな」
一拍置いて、続ける。
「――ただ、続けろ」
レインは静かに頷いた。
王都アステリア基盤維持計画。
それは歴史ある王都の魔法機構と物理機構をより良い状態に保ち、明日を迎えさせる仕事。
そのために、王都へ出向いたのだ。
王都アステリアは、幾層にも積み重なった都市である。
バスが大門をくぐると、まず目に入るのは整然とした街路と高い建造物群だ。石造りの基礎の上に、金属とガラスを組み合わせた近代的な構造が載せられている。古代の都市を解体するのではなく、その上に積み上げることで拡張されてきた結果だった。
「相変わらず、でかいな」
ブラムが、窓の外を見上げながら呟いた。
「王都ですから」
リシェルは淡々と返す。
通りには人が多い。人間が大半だが、エルフやドワーフの姿も珍しくない。衣服も歩き方もまちまちで、誰がどの種族かを意識する者はいないように見えた。
街路の脇では、魔法灯が昼間でも淡く灯り、精霊の流れを示す計測板が取り付けられている。数値は安定しているように見えるが、レインにはわずかな揺らぎが感じられた。
『薄い?』
言葉にするほどではない。ただ、地方都市と比べて、どこか精霊の密度が違う。
交差点を曲がると、貨物区画が見えてきた。貨物車両を牽いた牽いたスレイプニルや、燃料併用型の大型車両が行き交い、騒音と振動が混じり合っている。
「魔法機構と物理機構、完全に混ざってるな」
ハロルドが感想を漏らす。
「王都は実験場でもありますから」
それが事実であることを、誰も否定しなかった。
やがてバスは、技師団アストリア支社の受け入れ区画へと進路を取る。周囲の建物は一段と古くなり、壁面には補修の痕が重なっていた。
その下に、さらに古い層が眠っていることを、特継の全員が知っている。
レインは、無意識のうちに胸元に魔法道具のケースを押さえていた。
アステリア支社での簡単な合流と手続きを終え、特継の面々は徒歩で現場へ向かっていた。
中層区画へ続く連絡路は、歩行者と作業用小型車両が共用する設計になっている。天井は高く、側壁には精霊灯と物理照明が交互に配置されていた。どちらも稼働しているが、明るさは物理照明の方がわずかに強い。
「王都は、照明も二重か」
ブラムが感心したように言う。
「停電対策でしょう」
リシェルは前を向いたまま答えた。
通路の先で、人の流れが一瞬だけ滞った。規則正しい足音が近づいてくる。
近衛騎士団の巡回だった。
深い青を基調とした制服に、胸当て。腰には剣が下げられている。全員が同じ装備で、歩調も揃っていた。視線は鋭いが、周囲に威圧感を振りまくような動きはない。
「……あれで戦うんですかね」
誰かが、小声で言った。
「そんなわけないだろ」
別の声がすぐに返す。
「実戦で使うのは銃だ。あれは儀礼用だよ」
騎士たちは特継の一団を一瞥すると、軽く会釈し、そのまま通り過ぎていった。技師団の腕章を見て、事情を察したのだろう。
レインは、剣に視線を向けた。
手入れの行き届いた柄と鞘には、傷一つない。
武器としてではなく、象徴としてそこにある。
「王都らしい光景だな」
ハロルドが呟く。
「秩序は見せるもの、か」
ブラムが肩をすくめた。
通路の照明が、わずかに揺れた。
ほんの一瞬。誰かが足を止めるほどではない。
だが、レインだけは立ち止まった。
精霊灯の光が、脈打つように不規則に揺らいでいるように感じられた。
「……」
レインは何も言わず、再び歩き出した。
最初の現場は、王都中層区画にある基盤制御施設だった。
外観は目立たない。石とコンクリートを組み合わせた簡素な建物で、装飾はほとんどない。だが、その内部には昇降機、精霊灯、生活用魔法機構を束ねる制御中枢が収められている。
「じゃあ、始めよう」
ハロルドの合図で、特継の面々がそれぞれの持ち場についた。
リシェルは魔法系統の確認へ、ブラムは物理補助機構の点検へと向かう。レインは制御盤の前に立ち、全体の流れを俯瞰する位置を取った。
精霊の流量表示は、すべて基準値内に収まっている。属性ごとの偏差も許容範囲だ。
「数値上は、問題なし」
リシェルが淡々と報告する。
「構造も健全だ。歪みはない」
ブラムの声が続いた。
誰も間違っていない。理論も、構造も、運用も正しい。
それでも。
昇降機の起動が、操作からわずかに遅れた。
ほんの一拍。利用者が首を傾げるほどではない。制御ログにもエラーは出ない。
精霊灯が、一瞬だけ暗転した。
すぐに復帰する。計測板の数値も変わらない。
「……今の、見ました?」
誰かが小さく言った。
「誤差だろ」
別の声が返す。
誤差。その一言で片付けられる程度のズレ。
だが、レインにははっきりと感じ取れていた。
精霊の流れが、均一ではない。
属性ごとに分けられたはずの流れが、どこかで滞り、別の方向へ逃げている。だが、それは数式にも構造図にも現れない。
「……」
レインは、制御盤に手を置いた。
この感覚を、どう説明すればいいのか分からない。
理論は間違っていない。だからこそ、問題にならない。
だが、このままでは。
レインは、魔法機械のケースを意識した。
まだ使うべきではない。だが、放置もできない。
最初のズレは、確かにここにあった。
「一度、魔法側で締め直すわ」
リシェルが制御盤の前に立ち、端末を接続した。精霊流量が、大型ディスプレイに展開される。
「偏差は出てない。だから、ここで揃え直す」
指先が素早く動き、補正式が組み上げられていく。精霊器官の感覚に頼らず、理論値だけで制御を再構築する手法だ。
精霊灯の光が、ゆっくりと安定した。
昇降機の稼働音も、先ほどより滑らかになる。
「……よし」
誰かが安堵の息をついた。
数分のあいだ、施設は静かだった。計測板の数値も、理想的なラインを描いている。
「ほらな。理屈は合ってる」
ブラムが腕を組んで言う。
だが、その直後だった。
精霊灯が、今度は先ほどよりはっきりと揺れた。
一基、二基と連鎖するように明滅し、昇降機が途中階で停止する。
警告音が短く鳴り、すぐに消えた。数行のエラー表示も出力されている。
「……揺り返しだ」
ハロルドが低く呟く。
精霊の流れを締め直したことで、かえって流れが歪んだ。数値は正常範囲のまま、内部だけが不安定になっている。
「理屈は正しい。でも――」
リシェルが言葉を探す。
「この流れ、どこかで滞りができてる。制御図通りの流れになっていない」
場の空気が一瞬、張り詰めた。
それは、魔法機構の根幹部分の破綻を示唆する発言だった。
「じゃあ、どうする」
ハロルドが問いかける。
誰もすぐには答えられない。
レインは、制御盤に映る流量図を見つめていた。
それでも、確かにそこに流れがある。
「……まだ、完全には崩れていません」
レインが静かに言った。
「今は、踏みとどまっているだけです。でも、このまま更新を続ければ、どこかで破綻する」
それは予測ではなく、感覚に基づく確信だった。
ハロルドは一瞬、目を閉じる。
「まずは、応急処置が必要だな。その後、支社に戻り、対策を協議する」
誰も異論を挟まなかった。
「……やるなら、今しかない」
レインはそう呟くと、足元の魔法機械のケースを開封した。
「それは?」
ハロルドが視線を向ける。
「独立型の制御装置です。既存の魔法機構には触れません」
ケースが開かれると、中には手のひらほどの金属装置が収められていた。
装置の中心には、物理機構に固定された小さなガラスケースがあり、その内部で透明な水晶が宙に浮いている。水晶の表面には細密な魔法の印章が刻まれ、精霊を逃がさないよう静かに封じ込めていた。
金属部は精霊導管と接続するための接続端子と、変換用の基板・伝導軸で構成されている。流れ込んだ精霊の一部を物理エネルギーへと変換し、その作用でエネルギー流量を整える仕組みだ。
派手な発光もなく、動いていることが分かるのは、電動軸がわずかに振動する感触だけだった。
「どう接続するんだ?」
ブラムが眉をひそめる。
「精霊の導管に、直接噛ませます」
レインは短く答えると、一瞬、場の空気が凍りついた。
「正気か?」
誰かが思わず声を上げる。
精霊導管は都市基盤そのものだ。そこに独立装置を直結するなど、通常なら検討すらされない。
「理屈上は、いけるはず」
レインは制御盤を操作しながら言った。
「安全係数が確保できないだけです」
ハロルドは数秒、沈黙したあとで頷いた。
「責任は俺が取る。続けろ」
レインは導管の保護カバーを外すと、わずかに息を整えた。
管の表面に掌を当て、短く、抑えた詠唱を行う。派手な発光も、精霊の顕現もない。最低限の魔法だけを使い、金属管の表層に淡い紋様を刻み付けた。
それは単純な幾何学模様の魔法陣だった。精霊を受け取り、流すためだけに最適化された、即席の接続端子である。
「……通った」
レインは小さく呟き、生成された魔法陣に向けて独立装置の端子を押し当てた。
装置と導管が噛み合うと、低い共鳴音が響き、精霊の流れが一本に束ねられていくのがはっきりと感じられた。
「……属性制限、かけてないの?」
リシェルが思わず声を漏らす。
「普通なら暴走する構成よ。それ」
半ば呆れ、半ば感心した調子だった。
低い音とともに、装置が起動する。
精霊灯の明滅が、ゆっくりと収まっていった。
昇降機が再起動し、途中階で停止していた籠が動き出す。
「……安定している」
リシェルが数値を確認する。
「無理やり、流れを一本にまとめている感じね」
「応急処置です」
レインは言った。
「長くは持ちません。でも――」
彼は一瞬だけ、装置に手を添えた。
「今は、これで十分です」
誰も反論しなかった。
施設は再び、静かな稼働音を取り戻していた。
応急処置の完了報告は、想像していたよりもあっさりと受理された。
制御施設の端末に記録されたログには、短時間の揺らぎと再安定化の履歴が残るだけだ。致命的なエラーは発生していない。規定値も逸脱していない。
「暫定対応、完了」
ハロルドが淡々と報告する。
「正式な更新作業は、予定どおり進めます」
通信越しの担当官は、それ以上踏み込まなかった。王都では、こうした小さな揺らぎは日常の範疇に含まれる。
施設を出ると、外はすでに夕刻だった。
街路の精霊灯が、ひとつ、またひとつと灯り始める。人々は足を止めることもなく、それぞれの帰路を急いでいた。
昇降機は動いている。
照明も安定している。
物流も、生活も、何ひとつ止まっていない。
「結局、問題なしってことか」
誰かが、気楽に言った。
「動いてるならな」
別の声が、それに続く。
レインは、無言で街を見渡した。
精霊灯の光は規則正しい。だが、その奥に、わずかな脈動が残っているのが分かる。自作の魔法機械が、無理をして流れを束ねている。
――これは、解決じゃない。
ただ、今日が無事だっただけだ。
明日も、この街は動くだろう。
そして、同じやり方が、いつまでも通用するわけではない。
問題は明日へ送られていく街だった。
定期的に書けるか分かりませんし、途中で挫折するかもしれませんが、せっかく表に出したので、完結目指していきたいと思います。




