9、城へ
※トラブルで23時に投稿出来てませんでした。すみません。
何度目かの刺客は、武器を持っていないか弱い老婆だった。
「林檎、林檎だよ。甘くておいしい林檎はいらんかえ?」
武力でもって白雪の命を狙っても上手くいかない。それがわかったリヒルデはやり方を変えた。
哀れな老婆の姿は警戒を解くだろう。果実は森での不便な生活の慰めになるだろう。
そうして毒の染み込ませた林檎を食べさせる、毒殺。それを狙う事にしたのだ。
本当だったら効果的だっただろう。度重なる刺客にうんざりしたところへの慰め。これに食い付かない人間は少ない。だから普通ならば、この計画は上手くいくはずだった。
ところが残念ながら、この森に住んでいる者は普通ではなかった。
「はい、いらっしゃいませお婆さん」
「よっしゃ連れてくぞ!」
「え? え?? え???」
白雪姫を探して森の中をうろうろしていた老婆は、何処からともなく現れた男女に左右の腕をがっちりに捕まれて連れ去られる。
ザターンの家へ行く途中にある、少しだけ開けた場所。そこに到着すると、男女は老婆を地面へ放り投げた。「ぎゃあ!」という声を出しても誰も何も反応しない。そこには何人もの男女がいるのに。
「な、何が……え……?」
「こんにちは、白雪姫です。林檎をください」
「え?」
「林檎売りでしょう? 白雪が買うと言ってるのよ、出しなさい」
「あ、えっと、え? あ、じゃ、じゃあ、どうぞ……?」
訳の分からないまま加護に入った林檎を渡すと、次の瞬間、老婆はもう森の外にいた。ぽかんとしている老婆、いや、王妃に雇われている魔女を見つけたのは、見張りであり老婆をここまで連れてきた兵士だった。
訳が分からないながらも自分では敵わない何かの力を感じた魔女は、駆け寄ってきた兵士へきちんと報告した。
毒林檎は間違いなく、白雪に渡したと。嘘はついてない。
「申し上げます! 陛下、隣国から使者が参りました!」
「先ぶれも無しに? 何事だ?」
城での会議中、慌てた様子で駆け込んできた配下の報告に、王は異変を感じて眉根を寄せた。
「そ、それが……ッ」
そして耳元で話される詳細。それを聞いた王は愕然とし呟いた。
「白雪が、死体で見つかった……?!」
会議の参加者に動揺が走り、そしてそれはそのまま騒めきへと変わる。
行方不明となっていた唯一の後継者が死んだ。その事実に、一人口元を満足げに歪めたのは、王妃であった。
隣国からの使者たちが粛々と玉座の間へ入ってくる。王子を先頭に、続くのは棺桶を運ぶ兵士たちとその他の者達。誰もが沈黙を守ってその動きを見ている。その棺桶に注目している。
「ハーケン陛下、この度は突然に事にもかかわらず謁見のお許しをいただき、心より感謝申し上げます」
暗い金の髪と目を持つ王子が王へと口上を述べる。王は王子を見ながらもその後ろの棺桶に気を取られながら、それでも王としての返答をする。、
「面を上げられよ、マモン殿下。我が宮廷へようこそ。貴公の……貴公の来訪を歓迎するが、まずは確認をさせてもらおう。そちらが我が国の王女、白雪と申すか」
「はっ、どうぞご確認ください」
王は配下へと目配せをし、配下の者が動き、マモン王子の傍らに置かれた簡素ながらも重厚な木棺へ近づいていく。兵士たちが棺桶の蓋を開け、中を確認した配下が息をのむ。
そこには、美しい少女が人形のように静かに眠っていた。
この国で白雪姫と関わった者はほぼいない。それでもその姿を覚えていない者はいない。今の王妃の結婚式に参列した時の目を見張るような可憐さを、誰もが忘れられなかったのだ。
だからこそわかってしまう。この棺桶の中に眠る美しい少女が、記憶の中の少女と一致してしまう。
「……白雪姫に、間違いないかと……!」
確認をした配下の言葉に、玉座の間に小さくない落胆と嘆きが走る。
「……そうか……」
王が零した重い声に、マモンは目を伏せながら言葉を重ねる。
「私の勘違いならばよかったのですが……残念です。陛下のお心痛、お察し申し上げます。我が国が出来る助力があれば何なりとお申し付けください。我らは陛下の友、陛下の傍らにございます」
「……厚情、しかと受け取った。また、姫をここまで連れてきたことに感謝する。姫は、何処で?」
「我らが国の国境に当たる森の中で。定期点検で踏み入った際に、嘆き悲しむ声が聞こえ何事かと調べたら、森の中に住む魔獣使いの一族が姫をご遺体を取り囲んで泣き暮れておりました」
「魔獣使い……そうか、森に住むと言われている……」
それを聞き、王妃もまた合点がいくと共に白雪の幸運を鼻白んだ。フリーダの実家や白雪が何か召喚したわけではなかったようだ。刺客がずっと失敗していたのは、偶然にも慮外に生きる力持つ集団に拾われただけだったのだ。魔獣を使役する一族なら刺客など容易く撃退出来るだろうし、逆に林檎売りのような者を疑えるような頭は無かったのだろう。
「姫とお会いしたことはありませんでしたが、棺桶の中で眠るその美しさからただ者ではないと察しまして保護させていただきました。そして調べましたところ、白雪姫なのではないかと……」
沈痛な面持ちで伝えるマモンに、王はもう一度、低く重い声で「そうか……」とだけ返した。
悲しみと絶望の空気で満ちた玉座の間で、マモンが痛ましげに棺桶を顧み、その中に眠る白雪を見つめる。
「陛下、国境よりここまでお守りし共に来た仲です。白雪姫にお別れの言葉をかける事にお許しを願います」
「是非に。白雪も喜ぶであろう」
許しを得たマモンは棺桶の中に眠る姫の頬にそっと触れる。大切な宝石に触れるように、優しく。
「姫……生きている時にお会い出来ていれば……いつの日かまたお会い出来ましたなら、その時は私が必ずお守りいたします」
囁くように言うと、マモンは眠る白雪にそっと口づけた。玉座の間にいる者達に驚きが走るが、それを咄嗟に止められる者はいなかった。
ぱちり、と棺桶の中で白雪は目を覚ます。目の前に飛び込んできたのは暗い金の髪と目をした少年の、けれどその持ち主だったら絶対にしない人を食ったような笑み。
「……予定にないんだけど」
小さく囁く白雪の頬はじわじわと赤く染まっていく。それを満足げに見た自分の感情と欲望を最優先する生き物は「けどこの方が奇跡に見えるだろう?」と楽しそうに笑った。白雪は頬を膨らませて抗議しようとして、けれどそんな場合ではなかったと意識を切り替えた。
死んだふりをしていた白雪はゆっくりと起き上がる。
玉座の間に新たな驚きが走る。信じがたいものを見た衝撃で震えがくる。
「し、白雪……?!」
王の動揺した声を無視して、マモンの振りをしているベルフェは感動している様に、だがはっきりと「奇跡だ」口にしながら白雪の手を取りエスコートをして棺桶の中から白雪を出す。
ざわめきが広がる。この目の前の光景を神の奇跡と取ればいいのか、何か恐ろしいものの介入と取ればいいのか判断がつかない。だから誰も動けない。そんな中で白雪が先手を打った。
「私は今、神の御力とマモン王子の愛により蘇りました」
王妃の手の中でギシリと扇子が歪む。事実かどうかなどどうでもいい。そう宣言されてしまえば証明できないのだから正面切って否定するのが難しくなる。その上、信心深い者は本当に信じてしまうだろう。
「神は私に真実を明らかにせよ、と送り返しました。ゆえに、私はここに告発します」
――やられた!
すべて罠だったのだ。きっと魔獣使いの一族などいなかった。隣国だ。隣国が白雪の後ろに立ったのだ。これはすべて作られた茶番で、そしてきっと……。
「私は神殿にも認められたこの国の唯一の王の子、白雪。その私を王は虐げ、そして王妃は理由もなく城から追放し、さらにはこの命を奪おうと何度も刺客を寄越しました。このような人道に悖る王と王妃など! 神が認めることはない!」
すべて作られた断罪劇。その舞台に関係者は全員引きずり出された。
「これはいかなる事か、ご説明頂こうか」
先ほどまでの礼儀正しさなど放り投げ、マモン、いや、ベルフェは嘲りと軽蔑の視線を王に突きつける。
その視線と言葉に王もこの茶番を理解する。最初からこのつもりだったのだ、隣国は。
「……これ以上は内政干渉だ、控えよ、マモン殿下」
「隣国が乱れれば我が国も他人事ではない。王よ、すべて詳らかにするべきは今この時では?」
ギラリとベルフェの目が光る。それまでの暗い金の目から暗い銀の目へ変わる。その変化に気付くことも出来ず、けれど王はずっと抱え周囲にもこぼしていた疑いが抑えきれなくなる。
「白雪は私の子ではない! 王妃の不貞の末の子だ!」
思わず叫んでしまった王に、ベルフェがあからさまな嘲笑を送り宣言する。
「いいや、白雪は教会に認められた正当なる継承者! 王よ、乱心の末に国を乱すなら潔くその座を白雪に譲るがいい!」
宣言と同時にベルフェに付き従っていた兵が一斉に構える。それに呼応するかのように、王もまた「衛兵!」と叫ぶ。叫ばれた事で我に返った兵たちが躊躇いながらも構えていく。
「白雪に玉座を!」
「この者達を捕らえよ!」
双方の叫びと同時に戦闘が始まった。
兵士たちの乱闘に、貴族達の慌てた動き。出入口は既に隣国に塞がれ、玉座の間は混乱の極みにあった。
王妃は自らの魔女としての魔法で自国の兵を応援しようとし、そこで気付く。この乱戦のただなか、まっすぐに立ちこちらをじっと見ている存在がいる事に。
「何で、まだ、生きて……ッ」
扇子を握り締めた手がぶるぶると震える。血走らんばかりの目で睨みつけている先にいるのは、フリーダと白雪だ。
その視線を受け止め、白雪は嫣然と微笑む。
「私の肺と肝臓は美味しかったですか?」
「黙りなさい!」
叫びながら魔法で攻撃するも、フリーダが魔力でもって防ぐ。
「馬鹿ね、王妃として立ったならもっと綺麗に白雪を囲うか消すかしなければいけなかったのに、嫉妬で動く女は国を亡ぼすわよ?」
フリーダが幼子を諭すような口調で言うと、王妃は怒りと羞恥で顔を赤くし、玉座の間に響き渡る様に声を張る。
「見よ! 死んだ前王妃までもが蘇っている! これは神の御業などではない、前王妃も白雪も悪魔へ堕ちたのだ! 魔法士もここへ! 悪魔となった二人を討ち滅ぼしなさい!」
意外と真実に近い王妃の咄嗟の適当な罵り声により、戸惑っていた衛兵たちの心が立て直されかける。確かに見覚えのある女が立っている。白雪の奇跡を目の当たりにした者達は、しかしフリーダの美貌が畏怖する類の美しさになっている事と今更の復活に、確かに神よりも悪魔の力を疑う。だがフリーダも負けてはいない。
「王と同じく王妃は乱心した! 神の御業による我が復活を疑い、何より後継者を殺そうとするのがその証! 心ある者よ、今こそ王と王妃を打ち倒しなさい!」
その叫びに隣国の兵士たちが声をあげる。その声を聴いた衛兵たちは建て直されかけた心がまた揺らぐ。けれど戦闘は待ってくれない。疑いを抱えたまま動き続けるしかない。
そんな兵士たちの戦闘を余所に、王と王妃、そしてフリーダは魔法と魔力をぶつけ合いながらも、同時に実に醜く罵りあいを始めた。
「何で生きてるんだ! 何で生きてるのに私のところに戻ってこないんだ!! やっぱりあの護衛兵士とできてたんだろう?!」
「できる余地もないほどべったり張り付いてたくせに何言ってんのよこのクズが!! よくも白雪を変な目で見たわね!!」
「王はもうあんたも白雪もどうでもいいわよ! 私だけを見てるのよ!!」
「ねぇ前から言いたかったんだけどあんた男の趣味悪いから!!」
「死んで生き返った化け物人間に言われたかないわよ!!」
兵士たちが命をかけて戦ってる間に聞こえてくる低レベルな口論。ただでさえマモンの国の兵にはレヴィアとアスモとベールツェを潜ませているから圧倒的な強さを誇っているというのに、こんな下町の酒場のような口喧嘩を背景に戦う衛兵たちはどんどん空しくなっていく。意欲がなくなっていく。
「人間は愚か」
兵を仕切るマモンといつの間にか入れ替わってすっかり自分の色に戻したベルフェは、飛んでくる有象無象を白雪の横で弾き飛ばしながらケラケラと笑っている。そんなことは無い、と言えない白雪は、せめてもの応援を母に送る。
「お母様頑張って、私の魔力いる?」
「ありがとう愛してる!!」
返事を受けて白雪はフリーダにさらなる魔力を送る。レヴィアとアスモとベールツェにも。少し離れたところで衛兵が壁や床に打ち付けられめり込む音と、天井高くへ吹き飛ばされる音が響いた。ついでに「もう白雪ってば最高!」という嬉しそうなレヴィアの声も。ちゃんと送った魔力が力になってることが確認できて白雪は安心する。
マモン側の兵士がほとんどを圧倒した頃、玉座の間の大扉が盛大な音を立てて開く。
「ば、馬鹿なッ!!」
王の声が引き攣る。入ってくる先頭に立つのは、忌々しいフリーダの護衛騎士だったルツィー、そしてかつての臣下でフリーダの実家である元公爵家。それを筆頭に、何故かこの場に来ていなかった重鎮や王都から離れた場所を領地に持つ貴族達がぞろぞろと続く。兵たちの動きが止まっていく。もっとも、もう動けるのはマモン側の兵士達ばかりだったが。
「これはこれは、王が乱心したという報告は真実だったようで」
厭味ったらしく言うのはフリーダの父。かつての公爵。
「何故貴様がここにいる!」
「白雪がここにいると聞きまして。貴方は白雪を我が子ではないと事あるごとに私に言ってきましたが、私にとっては間違いなくフリーダの子で我が孫なのですよ。ですのでね、もういいのです。白雪は貴方の子供ではない、それでよろしい。それなら、我が家の爵位継承権保持者を返していただこう」
正論を述べる元公爵に、頬を引きつらせたのは王だけではなく娘のフリーダもだった。
「お、お父様、お兄様も……!」
零してしまったフリーダの声を聞き取った元公爵は、フリーダの方を見てにっこりと笑う。
(あの目は! 『後で色々実験させろ』の目!!)
だから嫌だったのよ、と冷や汗をかくも、常に勝ち馬に乗ってきた家族ゆえに勝利が目前なのを確信する。嫌な確信のしかただった。
「さて、白雪を返してもらうとして。お忘れのようですが陛下、当家にも王室の血は流れているのですよ。王は乱心し、そして何故か白雪以上の王位継承権保持者が悉く継承権を返上したので、あら不思議! あなたの子であろうとあるまいとうちの白雪が現状第一王位継承者なんですねぇぇ!! ざまぁあぁぁ!!」
あっはっは! と高らかにせせら笑う元公爵に、愕然としたのは王と王妃で、呆然としたのはフリーダと白雪である。そんな話は聞いてない。、
「……な、何で? うちの継承権なんて下から数えた方が早い位なのに……」
そこまで呟いたフリーダはハッと思い当たり、いつの間にか自分の横まで来ていたルツィーをバッと仰ぎ見る。ルツィーはフリーダににっこりと笑ってから、一緒に入ってきた貴族達の方を見る。すると「ひぃっ!」「……ッ!」と小さな悲鳴や声にならない悲鳴をあげる者や、ひたすらルツィーの視線から逃れようとする者や、逆にニコニコの笑顔で『圧倒的感謝』と書かれた旗を掲げている者や、熱がこもった目とハァハァ粗い息で興奮した様子の者がいた。
「あんた何したの」
「王よ、最早お前を支持する者はいないぞ」
「あんた何したの!!」
フリーダのツッコミは流された。
兵力、支持力、正当性、全部奪われた王はギリギリと歯噛みする。もはや負けを認めるしかない。それはわかっていても納得がいかない。いくはずがない。
「認められるものか……ッ」
そう呻いた王は、懐に潜ませていた魔法が込められた宝石を取り出し床へと叩きつけ、足で踏み砕く。王の足元で魔法陣が一瞬で玉座の間すべてに広がり、その魔法陣の中にいたすべてのものの動きが止まる。王族の最後の手段の一つ、足止めの魔法。
「不忠者めらが! 覚えておけ、私こそが王だ! 貴様らがどれだけ玉座を汚そうと、いつか必ずやこの私がその座を清め返り咲くだろう!」
動けなくなった全員にそう言うと、その玉座のすぐそば、飾りのように突き出ていた床の突起を動かす。すると、玉座の後ろからガコンという音が鳴った。いざという時の為の隠し通路。そこが開かれた。
王がただ一人其処へ行こうと身を翻した瞬間。
ゴゥッ! という恐ろしい音と同時に王がいるその場は火の海になる。
「ぐぅ! な、何だ?!」
王の叫びと同時に「見事」という玲瓏な声が王の頭上から響く。
燃え盛る王よりも目を引く、神の御使いとも思えるような美しく長い白銀の髪をした神々しい男が浮いていた。
「いい演目だった。拍手代わりだ」
ひれ伏したくなるほどの美貌。それを持った人物が白雪を見つめながら優しく微笑んだ。
「…………誰?」
ポツリと呟いた白雪の言葉に、ベルフェがこっそりと耳元で答えを教える。
「ザターン」
「え?!」
「俺も久しぶりに本当の姿見た。そうだったあんな顔だった」
「え、えぇ?!」
普段の姿とのあまりの違いに白雪は混乱したが、それよりも騒めいているのは臣下の者達だ。あまりにも人間離れした美貌の主が王を焼いたのだ。白雪の復活を合わせれば、あれは天の使いではないのかとしか思えない。
天の使いが王を焼いた。それならば、正当性は間違いなく。
未だに王を信じていた幾人かの臣下ががくりと膝をつく。火から逃れるように、悲鳴をあげながらまるで踊っている様に逃げ惑う王を誰もが目を逸らしていく。
だがそんな中、ただ一人だけ躊躇わずに向かう者がいた。
「あなた!」
王の唯一の味方、王妃であった。
「嘘でしょ行くの?!」
思わず叫んだフリーダに対し、王妃は何処か勝ち誇って叫び返す。
「一緒に死ねるなら本望よ!」
「そこまで?!」
炎の中へと飛び込んだ王妃は、自身も熱に焼かれ踊る様に火から逃れながらも王のもとへとたどり着く。
「リ、リヒルデ、すまない……」
「私は王妃です。いつでも王である貴方と共にいる存在よ」
熱さと痛みと苦しさで叫びそうになる恐怖を押さえつけ、ただただ愛の力でもって王妃は王へと微笑みかける。その微笑みを見て、王は死の恐怖よりも色々な事を後悔する。
「最後までいてくれるのはやはり其方なのだな」
「ええ、当然です」
「ありがとう……こんなことになるならさっさと白雪に手を出しておけばよかっ」
王妃は王の顔を叩きつけるように掴んで爪を立てた。ギリギリと火事場の馬鹿力で力を込めながら。
「あなた?」
「あ、すみません」
即座の謝罪に王妃は手を離し、そっと王を抱きしめる。誰にも渡さないと思いながら、見せつけるように。
「いいのよ。貴方は悪くない。二人で神の御許へ行きましょう……」
王を見捨てた筈の臣下たちも、王妃の麗しい愛の前に知らずに涙ぐむ。
だが残念ながらいい話にはならない。何故ならここは悪魔が用意した茶番劇の断罪劇。
「行けると思ってるのか」
「どう考えても地獄行き」
「首だけ残してくれる? 後々の見せしめに使えるから」
「ていうか王妃ヤバ過ぎるし王はクズ過ぎるわ」
ルツィーが、ザターンが、ベルフェが、レヴィアが、情け容赦なく大声で二人を下げていき、その声で我に返った臣下たちはまた目線を逸らしていく。
「ぐおぉぉぉ!!」
「あぁ、あなたぁ!!」
それが二人の最後の言葉だった。ちなみに火が消えた後、不思議な事にちゃんと首だけが残った。ザターンが火を調整した結果だったが、それを臣下たちは薄ら寒く思いながらも「神がそうせよとおっしゃったのだ……」と思い込むことにした。深く考えてはいけない。何となくそれは伝わった。
「白雪」
声をかけられた白雪が振り返れば、母フリーダが微笑んで手を伸ばしていた。
母の手を取り進んでいく。途中、フリーダの父で白雪の祖父でもある元公爵も頭を下げながら道を開ける。元公爵だけではない。誰もが首を垂れて白雪の歩みの邪魔をしない。白雪の行く先にあるのは、玉座。
辿り着いた白雪は振り返る。多くの見知らぬ臣下たちがその瞬間を待っている。それを不思議な気持ちで見ながら、白雪は玉座へ座った。
「白雪女王、万歳!!」
玉座の横に立ったマモンが高らかに宣言する。それを受けた臣下たちは、一斉に「万歳!!」と声をあげ、同時に白雪へと跪いた。




