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白雪姫と七体の悪魔  作者: 柳瀬あさと


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8/10

8、白雪姫と王子様は

 ザターンの家はずいぶんと賑やかになった。

 マモンは一度国へと戻ったが、ベルフェは残った。その結果、白雪をめぐっての戦いが日々催されることになってしまったのだ。


「じゃあ白雪、ちょっと動きが変わってきた家があるから、もう一度貴族の情報の復習しときましょうか」

「はい、お母様」


 フリーダによる白雪の授業の後ろ、庭先では「マモンは帰ったんだからあんたも帰りゃよかったでしょお?!」「妹離れ出来ないのはどうかと思うなぁ!」などと叫びながら盛大な喧嘩が繰り広げられている。この事に動じる事がなくなる位には白雪は慣れてしまった。平和な一幕である。

 一通りの復習を終えて一息つくと、外ではまだ喧嘩が繰り広げられていた。


「ていうかいい加減邪魔するなよ! お前だって花婿候補が見つかったら執着するだろ?!」

「はぁん?! 執着なんかしないわよ、私は愛される方がいいもの! 愛するのは白雪だけ!!」

「その愛と俺の愛は種類が違うだろ!!」

「白雪に望まれなきゃどんな種類だろうと意味ないわねぇ!!」


 ここまで盛大に愛を叫ばれ続けると、流石に好意を持たれている事に疑いはなくなった。けれど疑問は残る。


(一目惚れって言われたけど、それってどんなものなんだろう)


 悪魔は人間の肉体の美醜は大して気にしないという。

 白雪は一度ルツィーに尋ねた事があった。恋敵とも言える男の血を引いているのに、自分の事が嫌ではないのかと。その時返された言葉が忘れられない。


『悪魔の体なら話は別だが所詮人間の肉体の繋がりだからなぁ。そうだな……宝石が入っている布袋とただの石が入っている布袋をどれだけこすり合わせても、宝石と石は触れ合わないだろう? 俺が大切なのは宝石であってそれを包んでいる袋は別に……ああでも、白雪の魂はフリーダと色違いのような輝き方で可愛らしいと思うぞ』


 魂が基準で魂にしか興味が無い。もちろん悪魔によっては多少肉体への興味が違う。ルツィーよりも魂だけを見てると思うのはアスモとベールツェで、レヴィアやベルフェは肉体も少し気にしている。だがそれも麻布の袋より絹で飾りがついている袋の方がいい、その方が魂に相応しい、というような感じで、結局は魂こそを見ているのだが。


 魂をただ見て好きになる。それは理性的な想いではなく本能的な想いだろう。

 理屈抜きでの、愛情。


「…………そんなの……」


 あるわけないじゃない、とまでは声に出せなかった。出したくなかった。






「間に合ったー! やぁ白雪姫、うちの悪魔が迷惑かけてない?」


 マモンが軍を引き連れ森へと戻ってきた。軍は流石にザターンの家へは招き入れないので正確なところはわからないが、最小限の、だが丸々城へ入ってしまえば相当な戦力になるくらいの人数らしい。


「お、来たな、そろそろ例の刺客がくるぞ」

「了解了解」

「何でお前ルツィーとそんな気安くなってんの?」

「誰かさんが誰とも何の橋渡しもしてくれなかったから努力した結果だよ」


 久しぶりのマモンは長年の付き合いのベルフェと挨拶もせずに早速軽口をたたき合う。そんな二人を放っておいて、ルツィーは全員に向かい合う。


「さて、聞きだしたところと調べたところによると、明日リヒルデの新たな刺客が来る。前にも言ったが、それを逆に利用するぞ。準備はいいな?」


 実に楽しげな表情で告げれば、同様の表情の悪魔たちとマモンが応と答える。白雪とフリーダだけがどことなく緊張した面持ちだ。

 そんな二人の様子に気付いたザターンが飲み物を差し出しながら声をかける。


「まぁこの面子だ。間違いようがないから気楽にいくといいよ」

「はい」


 差し出されたホットミルクを受け取りながら、白雪はこくりと頷いた。

 明日から、いよいよ城へと乗り込む。






 マモンが持ち込んだ極上の酒と肴で、宴会とまではいかない飲み会が始まった。

 まだお酒が飲めない白雪は美味しい物だけ食べ、早々にベッドへと向かう。フリーダとレヴィアがお休みのキスをして出ていき、借りている部屋でただ一人。暗い部屋の中で目を閉じて寝転がっていると、食堂から聞こえる楽しそうな声が良く響いた。

 眠れない。

 心が少しざわつくのは緊張よりも恐怖の方が大きい。それは命の危険や失敗を恐れてではない。この平穏な生活が終わる事の恐怖だ。


(大丈夫、住む場所が変わってやることが増えるだけで、みんなと一緒なのは変わらない……)


 ――本当に?


 自分で自分に言い聞かせるが、上手くいかずに目は冴えていく。

 白雪は溜息をついてそっとベッドを抜け出す。少し外の空気でも吸えば気分が変わるだろう、と考えて。

 静かに外へ出れば、満天の星が広がっていた。

 庭先に置いてある素朴な木のベンチに座る。暑くも寒くもない心地いい空気に包まれている。この庭先で見る風景も今日が最後になってしまうのだろうかと考えると不思議な気持ちになる。

 改めて空を見上げれば、その空は城にいた時にも見た事のある夜空。空はいつだってどこだって変わらない。変わらないものだってある。だから、大丈夫。

 大丈夫、大丈夫。自分への言い聞かせが、今度は成功していく。白雪の心が少しずつ落ち着いていく。


「眠れないの?」


 声がした方を振り返れば、そこには微笑んでいるベルフェがいた。


「……ちょっとだけ。ベルフェはどうして抜け出してるんですか?」


 保護者や保護者代わりの悪魔が誰もいない状態でベルフェと向き合うのは初めてだった。大声を出せばすぐに誰かが来てくれる。それがわかっていても、二人きりという状況に少しだけ胸がざわつく。


「好きな酒が終わったところでさ、ちょっと休憩しようと思ったら白雪の気配が外からするんだもん。そりゃ来るでしょ。一緒に散歩する?」

「……もう、寝ます」

「えー、ちょっとだけ話そうよ」


 言って、ベルフェは当たり前のように白雪の横に座る。にこにこと笑うその顔に邪気はない、ように見える。見えるが、悪魔だ。どうしたって警戒する。

 そう、白雪はベルフェを警戒していた。他の悪魔にはない警戒だった。

 フリーダは母で、ルツィーは父親代わり。ザターンはルツィーの友達でこの家においての保護者。レヴィアは家族。アスモとベールツェは力。

 だけどベルフェは違う。ベルフェだけが白雪を構築するものに入っていない。それなのに好意をぶつけてくる。親でも保護者でも家族でも自分の一部でもないのに関わろうとする存在を、白雪は知識として知ってはいても実感として知らない。友人だとか恋人だとか、そんなものは存在しない生活だったし、望むこともない生活だった。望んでいるのはもっと、別の……。


「怖い?」


 黙ってしまった白雪に、ベルフェは気遣うような声色で尋ねてくる。優しそうな笑顔。その笑顔を向けられる意味がわからない。


「……少し」

「大丈夫だよ、これだけの面子が集まって成功しないわけがない。そうだ、不安なら上手くできた時のご褒美とか考えようか」


 ベルフェは気安く何処か見当違いの事を励ましてくる。いや、さっきまでは明日への恐怖で寝付けなかったのだ。状況を考えればベルフェの発言は何もおかしくない。おかしいのはベルフェにだけ気を張っている白雪で、けれどそれを本人に言うのは躊躇われた。

 嫌いなわけではないのだ、警戒してるだけで。そんなだから、敵意も害意もないむしろ好意をもって接してくれてる相手に「近づかないでくれ」というのは流石に失礼な気がして、だけどそんな心に気付きもせず笑いかけてくるのに少し苛立って。


「白雪は何か欲しいものある? 何でも言って、何でもあげるよ」

「欲しいものは自分で手に入れるから大丈夫です」


 思った以上に冷たい声が出てしまった。けれどベルフェは気にしない。むしろ嬉しそうに目をきらめかせる。


「いいね、強い子は好きだよ。じゃあしてもらって嬉しい事はある?」

「……あるけど、間に合ってます」


 答えにわずかな躊躇いがでてしまった。そのわずかな躊躇いを掬い上げるように、ベルフェが白雪の手を掴む。


「教えて」


 振りほどける強さだ。けれど声の優しさに白雪はついそれを行わずに向き合ってしまう。答えてしまう。


「……間に合ってるんです。レヴィアがいればそれで問題ないです」

「レヴィア? ああ……家族?」


 ベルフェは白雪の目を覗き込む。心の奥底まで見抜かれそうな暗い銀の眼差しに、白雪は目を逸らしたいのに何故かそれが出来ない。


「違うな、誰かにそばにいてほしい、誰かに愛されたいってところかな?」

「!」


 息をのむ。同時に、脳内に危険を告げる鐘が鳴る。これ以上は駄目だ。わかってる。それなのに。

 これは多分悪魔の罠だ。何らかの力が働いている。だって振りほどけない。目を逸らせない。心が覗かれる。それがわかっているのに。


「フリーダもレヴィアも君を溺愛してるし、ルツィーも目をかけてる。それでも足りない……いや、そうじゃないのか」

「……やめて……」

「君、怖いのか」

「やめて!」


 気が付いた時には誰もいなかった。

 ご飯は自動的に出てくるもので、服は用意されたものを着るもので、寝る時は一人で丸くなってなるものだった。

 本来ならそうではないのだと、何故こうなっているのかと、すべてを教えてくれたのは三歳位から姿を見せるようになったルツィーだった。

 そう、ルツィーでさえ三歳で初めて会ったのだ。それまでは母が悪魔の体に馴染むための必要な時間でどうしても母の傍にいて細かく調整しなければならなかった。母と無事再会……というか、無事対面できたのだから、そこは感謝しかない。

 だけど、ずっと一人だった。


『白雪! ああ、ようやく会えた!』


 三歳からはルツィーが傍にいて、ルツィーの言うとおりに召喚して母に会えた。そこからは母も傍にいてくれる。城の人間は相変わらず会う以前にほとんど見かけなかった。

 父王は確かに母を愛していたのだろう。その死ですべてのやる気をなくすほど。指示命令が出せなくなっている王と、その王が出自を疑っている王女。周りが最低限生きていればいいと判断するのはきっと仕方がなかった。仕方がないと思うしかなかった。

 七歳になって新しい王妃が立ち、そこで一瞬だけ期待をした。この人は私を無視しないのではないかと。だって挨拶に来てくれたから。

 無視はされなかった。けれど、憎しみをぶつけられた。最終的には殺意をもらった。

 十歳で森へと追放され、一年経って今ここにいる。その間に関係を作ってきたのは悪魔ばかり。


 私は人間だけど人間に愛されたことがなく、愛をくれたのは悪魔だけだった。


 だけど知っている。悪魔だからこそ、しかもよりにもよって強い悪魔を引き当ててしまったからこそ、その愛が命と引き換えだという事を。


「……お母様は、きっと私が死ぬまで私を愛してくれるから、だから大丈夫。だけど、ルツィーは私を可愛がってくれるけど、でもそれはお母様が私を愛してくれてるから。それにもしも私がルツィーとお母様の仲を邪魔したら、きっとお母様にばれないように私をどこかにやってしまう、と、思うの……」


 心を暴かれた白雪は、つい零してしまう。ずっと隠していた自分の恐怖を。


「合ってる合ってる。なんだ、結構冷静に現状把握できてるんだね。可愛い」


 そしてベルフェは白雪の考えを肯定し、その上で恐怖を受け止めた。すべて許すように、促すように。だから白雪の口はそのまま動いてしまう。


「……レヴィアもそう。私の魔力を好んで契約を結んでくれたけど、だけどそれ以上の存在を見つけたり私の魂が変質したら、きっと私は契約破棄される。知ってるもの、強い悪魔はそういうものだって。ルツィーにそう教わったもの」


 はじめは嬉しかった。だが後になってレヴィアの強さを知った。ルツィーやザターンに次ぐ強さを持つ悪魔。それならば、レヴィアがその気になれば容易く契約の鎖なんて切られてしまう。それがわかってしまった。


「レヴィアはあんまり心変わりしないし魂は基本変質しないものだけど……でもまぁそうだね。レヴィアが自身の花婿を見つけてしまったらその可能性はあるね。よくわかってる。ルツィーの教育が行き届いてるね。可愛い」


 白雪の心を軽く取っているような口調でニコニコと笑う。その笑顔が白雪の心に突き刺される。そうだ。これが悪魔の在り方だ。根本では人間を玩具にしか思っていない。母はともかく、ルツィーもレヴィアも綺麗に隠してくれているけれど、今は傍にいてくれてるけれど、でも。

 だけど、母ですら悪魔なのだ。


 ――悪魔、悪魔、悪魔! 何処まで行っても私に好意を寄せて関わってくれるのは悪魔だけ!


 自分の感情と欲望を最優先する生き物。人間を同等の生き物だと思っていなくて、強ければ強いほど人間との契約を破棄できて、そしてそれは相手の人間の死を意味する。すべて知っている、わかっている。だってそう教えられたから。


 愛を知るよりも先にそんな悪魔の在り方を教えられてしまったからこそ、悪魔の愛を信じ切れない。


 それでも縋りついて、守りたくて、そのためにさらに悪魔を呼び出して。まだアスモとベールツェには一線を引けている。これ以上心を許してはならないとわかっていたから。

 だけど、もしも母やルツィーやレヴィアが。……その時が来てしまったらきっと、殺される前に心が死ぬだろう。


「あなたもそうでしょう。今は私を気に入ってると言っても明日には興味の無いゴミに見えるかもしれない。そしたら私を殺すかもしれない。強い悪魔はそれが出来る。悪魔に縋るなんて駄目なのよ。だけど私は……悪魔以外信じられない」


 家族がほしかった。

 レヴィアに願った事は本当。

 もっと踏み込めば、無償の愛がほしかった。脅かされない愛がほしかった。

 表面的な願いは叶ったけれど、その願いが薄氷の上のものとなってしまった恐怖。死と隣接した関係。幸せなのに安心できない。もっともっと確かなものが欲しいだなんて、なんて我儘。


「可愛い白雪、それは悪魔相手でも人間相手でも中々に無理な願いだよ。永遠不変の気持ちなんてありえない。生きてる限りなにかは変化するよ。可愛そうに、可愛い白雪。それならレヴィアのような強い悪魔じゃなく弱い悪魔を呼び出せばいい。君の魔力と契約で縛ればいい。絶対に逆らえない存在だ。フリーダと同じく死ぬまでは絶対に君を愛してくれるよ」

「それは……!」


 その誘惑は一度は考えた内容だった。だけどそれは違う。絶対に違うのだ。他人への侮辱と自分への欺瞞だ。


「そうだね、きっとそれは君が望む愛ではないね。可愛いなぁ、そんな輝く魂で、そんな小さな体で、絶対に叶わない欲望を抱えて。どうしよう、食べちゃいたい」


 ベルフェは宝物を扱うように優しく白雪の頬を両手で包み込む。その頬には宝石のような涙が流れている。


「ねぇ白雪。だけど俺だけはそれを叶えられるよ。悪魔の結婚は魂を繋ぐからね。どちらかが傷つけば相手も傷つき、どちらかが死ねば相手も死ぬ。それが悪魔の結婚。君を絶対に裏切らない。白雪、君は安心して愛されるだけでいい」


 白雪は目を見開く。悪魔の結婚。母とルツィーのあの関係。まさかそれほどの強力な関係だとは思っていなかっただけに驚き、そして同時に心の何処かが揺らいでいるのがわかった。

 優しく甘い、悪魔の誘惑。手を取れば欲しいものが手に入るかもしれない。


「……どうして」


 けれど会ったばかりの相手だ。まだ何も知らない相手だ。何故ここまで自分を手に入れようとするのかがわからない。信じられない。だって一目惚れだなんて、そんな、そんな都合のいい愛があるなんて。


「惚れた弱みだねぇ」


 言って、指で涙を拭う。その声色と指の優しさに、発言が本当なのだと信じてしまいそうになる。


「ちなみに悪魔はしつこいから振り向いてもらうまで何度でも誘うよ」


 和ませるような軽い声で、けれど眼だけは捕食者のそれだった。

 会ったばかりの相手だ。だけど本当のような気がする。弱みに付け込まれてるだけだ。だけど縋ってしまいたくなる。


「……じゃあ、何度でも誘って」


 絞り出した声は震えていた。


「私が安心してベルフェの手をとれるまで、何度も誘って。手を取れるように、私も強くなるから。ベルフェを幸せに出来るようになるから」


 まるで挑発のような宣誓のようなその発言。震えているのに決して折れない声と内容に、ベルフェの笑みが深くなる。


「いいとも白雪、我が最愛、我が永遠。お前を堕とすその時まで、何度でも誘いをかけよう」


 暗い暗い銀の輝きを、白雪は夜空のようだと感じてしまった。


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