7、王子様は白雪姫に一目ぼれします
「……何ここ、魔界?」
国境の森に入って暫く奥へ進んだところでベルフェは白けた目で突っ込みをし、マモンは唖然とする羽目になった。
目の前で森を変形させる勢いで楽しそうに激しく手合わせをしている悪魔が二体。悲しいかなベルフェも知っている存在だった。
「あれ、ベルフェじゃん。闘う?」
それまでの激しい手合わせをピタリと止めて、ベールツェが手を振りながらベルフェを迎える。アスモもまたそれまでの攻撃態勢を崩して服についた埃を払っている。
「闘わない。何で二人ともいるの? ここザターンの住処の森でしょ? ちょっと挨拶でもしようかって寄ったんだけど、何事?」
「今はルツィーもレヴィアもいますよ」
「何ここ、魔界?」
アスモの追加説明に再び突っ込んだ。ただの人間界の森です、とアスモが言うが、そんな人間界の森は知らない。
「いや意味わかんない。何で上位悪魔ばっかり集まってんの?」
「召喚士に呼ばれまして」
「いい主だぞ! 沢山の戦闘を提供するという契約内容を守ってくれてるしな!」
すまし顔のアスモと呵々と笑うベールツェにベルフェは嫌そうに顔を歪める。
「いやいやいや、は? 上位悪魔ばっかり呼び出してるの? 何そいつ化け物? え、誰も殺そうって思わなかったの?」
召喚士により呼び出されて対等の契約を結べば、悪魔は人間に手出しできない。ただしそれは弱い悪魔の場合だ。悪魔が強くなればなるほど契約内容の穴をついて人間を裏切り、さらに強くなれば契約を結びながらもそれを無視して殺してしまうことだって出来る。そしてここにいる悪魔はそれが出来る力を有していた。
「まぁ戦闘の相手が人間だから物足りんが、アスモと手合わせも出来る環境だし」
「寄越される魔力に関しても極上なんですよねぇ」
戦う事を好む二人にとってはいい条件らしい。が、次のアスモの回答がおかしかった。
「あと、ルツィーとザターンが完全に主についてますから……」
「いや何でだよ」
斜め下の地面を諦念の目で見ながら語るアスモに、ベルフェは思わず突っ込んだ。
「は? 意味わかんないんだけど? 何でよりにもよってその二人が人間側なんだよおかしいだろ?!」
ここにいるのは悪魔の中でも上位に立つ者ばかりだが、その中でもルツィーとザターンは頭が一つ出るし人間など見向きもしなかった。その二体が人間を守っているというのだから意味が解らないというか何か企んでいる気配しかない。
「何もおかしくないが?」
「うっわ! ルツィー!」
これは裏を探るべきかと考え始めたベルフェの背後に、いきなりルツィーが現れた。
「どうしたベルフェ、お前は別の国を根城にしてただろう。何の用だ?」
久しぶりだな、と気安く話を始めるルツィーを、ベルフェは嫌そうな顔で怪しみながらも会話に乗る。
「えー? この国乗っ取れそうだから来たんだけど、ここが意味わかんない状態になってて引いてる」
「……乗っ取る?」
ルツィーの笑顔が冷ややかなものになるが、ベルフェは気にしない。むしろルツィーの狙いはこの国だったのか、とあたりをつけていく。
「白雪姫って知ってる? この国の王妃に追い出された可哀そうな女の子。その子唯一の王位継承者でさぁ、この森に逃げこんでるって聞いたから助けてあげようと思って。んで、うちの王子と結婚させてめでたくこの国もいただきます、みたいな?」
こちらの狙いをすべて喋られて慌てたのはマモンだが、とても口出しは出来ない。普段悪魔のベルフェと気安く付き合っているが、それはベルフェだから特別なのだ。今ここで何かをしたら、一瞬で殺される。それがわかる程の圧を感じながら、マモンはベルフェに何とかしてくれと祈るのみである。
「必要ない。帰れ」
「は?」
ルツィーに言い切られ、ベルフェは笑みを浮かべて短く返す。やはりルツィーもこの国を盗ろうと動いているのかと考え、戦いに備えて魔力を練り上げていく。だが。
「手を出すならザターン以外が全員敵に回るぞ。俺も含めて」
流石にそこまでの戦力差は考えていなかった。
「は? 何それ、え?」
「しょうがないだろう。ザターン以外は俺もレヴィアもベールツェもアスモも、同じ召喚士を主にしてるんだから」
ベルフェは驚きに目を見開く。ルツィーまでもが人間の召喚士に従っているとは思っていなかった。都合がいいから付き合っていて、それとは別に単独で国を手に入れようとしているのかと思っていた。
全員が召喚主に従っている。この国に手を出すのを許さない。対人間の戦闘が多発している。それらの情報と自分達が持ってきた情報をくみ上げれば一つの予想がつく。
「え、ちょっと待って、まさかその召喚士って……」
「白雪」
「バリバリ一人で生きてける系女子じゃん!!」
可愛そうな王女なんていなかった。助けなんて必要なかった。むしろ過剰戦力である。
「何だよそれー……マジ萎える、計画狂ったぁ……」
一気にやる気を失ったベルフェは、マモンに寄りかかって「もう帰ろうぜー、これ無理無理ぃ」とだるそうに愚痴りだした。
しかしそう言われて、はいそうですか、と返せないのがマモンの立場である。既に国王にも隣国乗っ取り計画の話を通して国の金を使ってここまで来たのだ。乗っ取りが無理だとわかったのなら何かしらの成果を持ち帰らなければならない。
「ええと……すみません、隣国の第三王子のマモンです。もう計画ばれちゃったから開き直って聞いちゃいますけど、白雪姫は無事に生きていて、皆さんの力で何も問題ない状態なんですよね。それで、そちらの方針としては自力で国を奪還するおつもりです? それとも、このまま森で暮らすご予定です? どうせここまで来たんだし、うちとしてはうちの国が白雪姫の後ろ盾になって玉座につかせてイイ感じの条約とか結べたらなって思うんですけど……それも皆さん的には許せない感じですかね?」
態度も声色も下手に出ているが、発言内容は酷いぶちまけようである。だがベルフェとの付き合いが長い分、悪魔とは腹を割って話すか逆にすべて騙すつもりで話すかのどちらかで行くのが基本と学んでいる。そしてベルフェが一人でさっさと帰る前に、ベルフェが戦力としてまだここにいてくれる間に、少しでも交渉の余地を残して可能ならば白雪姫との窓口を確保したかった。
「無理だってー、こいつが人間なんかと協力するかよ、諦めろ諦めろ」
ルツィーの強さと傲慢さを知っているが故にそう判断するベルフェは、もうこの場にもこの国にも興味がない。内心焦るマモンに対し、肝心のルツィーは二人をじっと見てからにっこりと笑った。
「……いや、それはなかなかいいな」
まさかの発言に、ベルフェもマモンも目を見開いた。
「やっばぁ、マジで面白い事になってるぅ……ッ!」
ひと先ずはザターンの家へ行こう、と歩き出すと同時に、ここまでの経緯と現状をルツィーが説明する。それを聞いたベルフェは途中からもう笑いが止まらない。
「この国って国教何? アイツ拝んでんの? だとしたらさらにウケるんだけど」
「信じてる信じてる、ほぼ全員アイツにお祈りしてる」
「マジかよ最高! アイツの庭先で? お前らが正しく? 駄目な王と王妃を成敗? 最高傑作じゃん金払いてぇ!!」
「いやぁ、そんなつもりはなかったんだがなぁ」
ゲラゲラ笑うベルフェとニヤニヤ笑うルツィーはとても楽しそうだ。『アイツ』が何を指すのかわかるだけに道義など何もない事がよくわかる。同じく笑っているのは同じ悪魔のアスモとベールツェで「私達が契約を遵守してもいいかと思う気持ちわかるでしょう?」「頭おかしいよなコイツ!」と話しているが、人間であるマモンは眩暈がするしドン引いている。どう考えても元凶は花嫁にマーキングしたルツィーだし、それなのに悪魔たちが勢揃いで正義側に立つとか言ってる。何だそれ。
「はー……しかしなるほどね、ルツィーの花嫁の娘。そりゃルツィーが肩入れするのもわかる……ルツィーの花嫁の、娘……うわぁ、傲慢で我儘そう」
「お、何だ? 死ぬか?」
「え、だってルツィーの好みって綺麗で苛烈で生きの良い魂だろ? その娘でお前らを配下にしてるならもうさぁ、どう考えても歩く暴力装置じゃん、悪魔より悪魔じゃん」、
魂ギラギラでえぐそう、と舌を出すベルフェに反論したのはアスモだ。
「言っておくけど、主はそんな人間じゃありませんよ。むしろ……」
だが、そこまで言ってアスモは口元に手を当てて考え込む。今自分は何を言おうとした?
ここにいる悪魔は皆、何だかんだで腐れ縁の長い付き合いだ。ゆえに互いの事で知っている事が多い。ベルフェがルツィーの好みを知っていた様に、アスモもまたベルフェの好みを知っていた。
『綺麗なのは当然として何物にも染まってない魂を染めたいよなぁ、俺の怠惰の誘いに抵抗してくれるくらい意志が強いと堕としがい染めがいがあってなお良い』
もう何百年も前の話だ。好みが変わってる可能性も……いや、無い。悪魔の性質とはそう変わるものではない。となると、何かが合致する。してしまう。嫌な予感しかしない。
「ルツィー、ちょっと待ってください、やっぱりベルフェには帰ってもらって……」
アスモが少し焦りながら言った時にはもう遅かった。ザターンの家への道が開き、そこに問題の主が立っていた。
「あ、お帰りなさい。ちょうど今ご飯だよって呼びに行こうと……あれ、お客様?」
黒檀のような豊かで艶やかな黒髪に、雪のような白い肌。幼いながらも整った目鼻立ちに鮮やかな赤い唇。すらりと伸びた手足は細いながらも健康的だ。
けれど悪魔にとってそんな外見は重要ではない。重要なのは魂だ。
まっさらでけがれの無い輝く魂、それを持った、強い意志を持つようになった少女。
ベルフェに稲妻が走った。走ってしまった。
ルツィーとベールツェはベルフェの前を歩いていたから見えなかったが、アスモとマモンは見てしまった。
悪魔が、恋に落ちる瞬間を。
「べ、ベルフェ……?」
マモンの呼びかけに気付いていないのか、ベルフェはふらりと白雪の前に歩み出ると、片膝をついてすっと手を差し出した。
「結婚してください」
「待て待て待て待て!!」
食い気味で割り込んだマモンの声はやはり聞こえていないらしく、ベルフェはひたすら白雪をうっとりと見ている。
「ええと、どちら様で……」
状況の飲み込めなさから白雪は本気で意味が解らず首を傾げる。それに対してベルフェが胸を押さえながら「あ、やば、見かけもアリ……ッ!」と呻いてから、白雪の手をとり両手でぎゅっと握る。
「隣国を根城にしてる悪魔のベルフェでっす! えー、やばい、こんなに綺麗な魂初めて見た、一目惚れです、結婚しよう、一生幸せにする」
「待てって言ってるだろうが! ベルフェ!!」
「マモン、俺は愛に生きる」
「別に愛に生きてもいいけど! 相手を考えろ! お前と同じくらい強い悪魔を四人だか五人だか相手にしなきゃならないんだろ?! やめとけ頼むやめてくれ!!」
マモンが肩を掴み揺さぶるが、ベルフェは何も気にせず白雪から視線を外さない。
嫌な予感が当たってしまったアスモは額に手を当ててため息をつき、ベールツェは腹を抱えて笑い、そしてルツィーはひどく面倒くさそうに顔をしかめた。
「ベルフェ、本気か?」
「勿論です、ルツィーお義父様」
「おお、本気か……気持ち悪……」
古くからの知り合いの変わりように、怒りや嘲笑よりも先に動揺と寒気がくる。そんなルツィーの反応を見て白雪は困ったような表情になる。
「うーん、ルツィーが気持ち悪いって思う相手はちょっと……」
一瞬にしてフラれた。だがそこで諦めるような悪魔はいない。欲を貫いてこそ悪魔である。
「お義父様誤解を解いて!!」
「解きたくないなぁ、こんな息子いらん」
「こっちだってこんな父親いらないけどそこを何とか!!」
ギャーギャーと騒ぎながらも殺し合いをする気配はない二人を見て、まぁ悪い悪魔ではないのかもしれない、と白雪は判断した。いや、悪くない悪魔とは何だ、という突っ込みも心の中で同時に出た。
そして騒ぎを聞きつけたフリーダとレヴィアがやってきて更なる騒ぎとなる。そんな平和な昼下がりだった。
白雪はレヴィアとフリーダにぎゅうぎゅうと抱きしめられながらベルフェと距離を取っている。というか取らされている。向かいに座っているベルフェもまたアスモとベールツェに押さえられているが、顔はニコニコで多幸感が溢れ出している。
「帰れ!」
「帰らない!」
レヴィアの怒りの叫びに対し、ベルフェは笑顔できっぱりはっきり言いきった。感情がすれ違っている。
「ねぇホント嫌なんだけどこいつガチ惚れじゃん、何でこんなことになってんのぉ?!」
「理想そのままの魂があったらそりゃこうなるだろ、わかってくださいお義姉様!」
「あんたの姉になった覚えはないわよ!!」
言葉をぶつけ合うレヴィアとベルフェを横目に、フリーダはこっそりと白雪に尋ねる。
「で、白雪はどうなの? 嫌だなぁって思ってるならお母さんがあの子排除するから遠慮なく言って? 逆に気になるならお母さんレヴィアと戦っても応援するから遠慮なく言って?」
まだ早すぎるのではという思いもあるが、娘のロマンスの気配である。母としてはそわそわしながらも慎重に行きたいところだった。
「えっと、正直、会ったばかりでよくわからなくて……」
結婚と言われてもよくわからないしベルフェ自身もよくわからない。嫌も何もなくひたすら疑問符が頭を飛びかっている状態だ。
「まぁそうよね。うーん、お母さんとしては悪魔って事も年の差があり過ぎるって事も気になっちゃうのよねぇ」
母として率直な心配を口に出すが、全員のお茶を入れているザターンに「途方もない年の差のある悪魔と結婚した君が言ってもねぇ」と指摘される。もっともだったがそれはそれ、これはこれ、である。
さて、そんな白雪とベルフェを中心とした盛り上がりとは別に、ルツィーとマモンは揃っている情報をもとに着々と悪巧みと協力体制を成立させていた。
かつてフリーダが捕まえた男は非常に口が堅かったが、残念な事にここにいるのは基本悪魔だった。「喋りたくなくても無理矢理喋らされるのと喋らないで済むけど頭を覗かれるのとどっちがいい? 前者は精神が崩壊して後者は廃人になるんだけど」と二択になってない最悪の二択を迫られた結果、白雪には絶対見せられない拷問の末に喜んですべてを喋る人形に変えられていた。その結果、幾つかの事が見えてきた。
白雪の殺害が成功するまで王妃は刺客を送り続ける計画だという事。
王妃による白雪の追放というとんでもない悪手を、信じがたいが、王が恐ろしいまでの政治手腕で黙らせているという事。
それでも不満や不安は抑え込めない。特にフリーダの実家が爵位返上の上で縁のある他国へ移ったのが不味く、揺らいでいる貴族が多いという事。
「というわけでな、まぁこの辺りは俺が切り崩しているから……」
「なるほど、私個人というより我が国が、という形でもっていった方がいいですね……」
「で、次の刺客の予定がこうだから……」
「ああ、そうしましょう、ではその方向で協力するとして……」
妙に生き生きとしたマモンはどんどんと密約を交わしていく。最終的にはルツィーと笑顔で握手をしていた。流石ベルフェの存在を許し上手く付き合っている国の王子だけあり、立派に人間の皮をかぶった悪魔であった。
「話は終わったぞ、役立たず」
まだレヴィアと言い争っているベルフェへ厭味ったらしくマモンが声をかけるが、ベルフェは「お前なら出来ると信じてた」とマモンを見もせず適当に返すだけだった。
色々な決着はついていないものの、それでもそこで一度矛を収め、全員で情報と今後の予定を共有した。国の現状、今後の動き、それらを各自確認してる時に、ふとフリーダが気付く。
「あら、リヒルデったら子供産めてないのね」
王がどれほど優秀でも貴族が信じ切れず揺らぐ理由の一つ、後継の問題。
リヒルデが王室に入って四年近く経つが、二人の間に子供はいなかった。
かつての重責を知っているからこそ、その部分にだけは「可哀想に」と呟くフリーダだったが、何故かレヴィアがニコニコとしていた。
「ね~、可哀想にねぇ~」
「……レヴィア?」
明らかに何かをやった顔である。
「白雪の姉妹は私だけでいいのよ」
絶賛、妹に変な虫が近寄ってピリピリしているお姉ちゃんは、目だけが笑ってない壮絶な笑顔で言った。
フリーダは確信してしまう。それまでは本当に二人の相性や体質が原因だったのだろうが、レヴィアが白雪に呼ばれて一年ほど、この一年は恐らく呪いか魔術かで邪魔をされていたのだろうし、今後もリヒルデはあの男との間にだけは子供は作れないのだろう。
「こんなお姉ちゃんを産んだ覚えはないわよ」
フリーダはレヴィアも引き剝がし、白雪をすべてから守るべく強く抱きしめた。




