6、そこへ魔女が刺客をよこしました
いつも通り朝ご飯を食べて、フリーダが人間としての教育を施し、昼ご飯を食べ、午後には悪魔に出来る事を見せて学ばせようとレヴィアが外へ誘った。
いつも通りの日だった。
「白雪!」
フリーダが叫んで白雪を抱え込むまでは。
「フリーダ! そのまま家まで戻って!」
「わかった!」
レヴィアの叫び声に、何か金属の硬いものが弾かれる音が幾つも混ざる。
何が起きたのか。
白雪は最初なにも理解できなかった。ただ母が急に自分を隠すように抱きかかえ走り出した。レヴィアが何かを弾きながら叫んだ。それだけしかわからなかった。
「あれは……前王妃様?!」
「馬鹿な、何故……!」
「つ、角?! まさか……?!」
「逃げたぞ! 追え!」
そんな声が聞こえて遠ざかる。誰だ。母を知っていて、レヴィアが戻れと叫んで、白雪が家へ逃げかえらなければならない相手。
――王妃殿下。
「お母様、今のは……!」
「大丈夫よ、レヴィアだけで片づけられ……ああ、駄目だわ。全員殺されちゃう。私も戻って一人は生かさなきゃ」
ザターンの家へ入る仕掛けを越える。安全圏に辿り着けば、フリーダは白雪を降ろしてしゃがみこみ、肩を掴んで言い聞かせる。
「いい? お母さんはレヴィアのところへ戻るけど、白雪は家に入ってザターンに事情を話して。そうすればザターンがどうすればいいか教えてくれるから」
そしてフリーダは立ち上がる。
レヴィアは強い。フリーダだってレヴィアには及ばなくともただの人間よりは圧倒的に。それにフリーダに何かあれば即座にルツィーが来る。そんなことはすべてわかっていても、白雪は非常事態そのものに緊張する。
日常は簡単に崩壊する。それを白雪は知っている。ずっと住んでいた城からはあっさりと追い出された。それが悲しかったかと言えばそれほどでもなかったが、今また同じことが起こるならば、それは。
「お母様、待って……!」
この生活が終わるかもしれない。
母がいてルツィーがいてレヴィアがいて、ザターンが見守ってくれているこの場所が。日常が。
もしかしたら。その恐怖がせりあがってきて白雪はフリーダに手を伸ばす。
「いい子ね白雪」
伸ばされた手をフリーダは両手で包み「大丈夫よ、待ってて」と額にキスをする。落ち着かせるために。けれどそれがかえって母が離れる事を強調させて。
「お母様!」
フリーダは白雪から離れて走り出した。すぐにザターンの敷地から出てその姿が見えなくなる。
一人きりになった白雪は浅い息を数回繰り返し、一度グッと歯を噛みしめてから大きく深呼吸をした。
やる事は決まっている。家に入ってザターンに状況を説明する。そして指示に従う。
それはわかっている。
わかっている、が。
白雪は怒りでもってその場の地面に指で召喚陣を描きあげていく。力強く描く事によって指先が擦り切れ血がにじむが、痛みも気付かず描き進めていく。
そう、白雪はかつてないほど怒っていた。自分の命が狙われた事にではない。自分の生活が、世界が、家族が傷つけられる可能性に怒っていた。
母もレヴィアも強い。わかっている。きっと白雪を守りながらでも簡単に勝てる。それはわかっている。
けれど、その事に対して白雪の心が平穏でいられるかどうかは別問題なのだ。
壊そうとする存在が嫌だ。そして同時に、ただ守られているだけの自分が嫌だ。
――私だって、大切な人を守りたい。
血混じりの召喚陣が青く輝く。風が吹き荒れる。呼び出されるのは白雪の武器。誰かを守るための手段。
「――来なさい、私の『力』」
強いオーラと共に二体の悪魔が現れ、その二体へ命令をする。
「今すぐ母とレヴィアを助けて!!」
フリーダとレヴィアは面倒臭い戦いにもつれ込んでいた。
最初はレヴィアがサクサクと殺していたが、戻ってきたフリーダが情報を聞き出す相手を捕らえたいと言ったのが一つ。ザターンから「この森は気に入ってるんだ。あまり壊さないでくれよ」と釘を刺されているのが一つ。この二点から色々と調整して手加減をしなければならなかったのだ。
「レヴィア、どいつが頭かわかる?」
「顔に彫り物がある男ね。私だと殺しちゃいそうだからフリーダ捕まえてきてくれる? 無理そうなら私がやるけど」
「出来るわ、というかやるわ! 白雪の為にも情報全部引っ張り出さなきゃ!」
「やだー、お母さんカッコいいー! お姉ちゃんも頑張んなきゃー!」
飛んでくるナイフと矢を叩き落としたり弾いたりしながらも軽口をたたく二人だったが、フリーダは怒りに燃えているのに対してレヴィアは冷静だった。
(フリーダはまだ完全に魂と体が馴染んだわけじゃないっぽいから、力がうまく調整できないかもしれないのよねぇ。特に今怒っちゃってるし……あ、そういえばフリーダって人を殺すの大丈夫なタイプかしら? ……これやっぱり私がやった方がいい感じ?)
刺客の頭らしき男へ向かっていくフリーダを狙う奴らを倒しながらレヴィアは考える。と、そこへ新たな気配を察知する。
「フリーダ! 上へ!」
レヴィアの叫びとほぼ同時にフリーダが真上へ跳躍して逃げると、それまでフリーダがいた辺りの地面にいくつもの矢が突き刺さる。
「鬱陶しいわね……ッ」
舌打ちをしながらレヴィアがいるところへ着地すると、何故かレヴィアが「上手上手」と拍手をして迎えた。
木々の上からも殺気が飛んできている。矢を射った人物達だろう。見えていない部分に潜んでいる者も含めれば、相当な数が白雪を狙っているのだろう。
「うーん、数が多いわぁ。これザターンに怒られるの覚悟して全体的に薙ぎ払った方が早いかも」
「頭だけ残して出来る?」
「巻き込んじゃうわね。だからフリーダ、頭を捕まえるのだけやってくれる?」
了解、とフリーダか答えるその前に。
「何だぁ?! 本当にレヴィアがいるぞ!」
力強い声が響き、刺客たちとフリーダとレヴィアの間に悪魔が二体、空から降り立った。
筋骨隆々とした男の悪魔の背には透明な羽根が生え、妙に色気のある細身の女の悪魔の右腕はサソリのはさみのような形態をしていた。
「ベールツェにアスモ?! 何で?!」
「お久しぶりですレヴィア。そしてさよならです有象無象の人間達」
「半分はオレが貰うぞ!」
「手間取るようなら私がすべて貰いますよ」
「ぬかせ!」
そして二体の悪魔は刺客たちへ向かい乱戦が始まった。
突然の侵入者、しかもどう見ても人外に驚き戸惑いながらも、刺客たちは新たな存在も排除しようと動き出す。その様子を見て瞬時にレヴィアはフリーダを抱えて遠く離れた刺客たちの頭のところへ投げる。
「え、ちょ、ちょっと?!」
「フリーダなら出来る!」
「投げてから言わないでくれる?!」
ボールのように弧を描いて投げられたフリーダは、それでも意識を切り替え刺客の頭を捕らえる事に集中する。
フリーダが無事に刺客の頭を捕らえようと戦い始めたのを見て、レヴィアはふぅ、と息を吐きだした。
「さて、あれはどういう事かしら? 我が主」
小さな足跡が近づいてきたので尋ねれば、白雪が息を切らしながらやってきた。
「……お母様とレヴィアを守りたくて……新しく召喚したの」
別に二人を信じてないわけじゃなくて、と続ける白雪を見て、レヴィアはフッと笑って抱きかかえた。
「もう! 私の妹は心配性ね! それで白雪の体の調子は? 私の時のように力を込め過ぎてない?」
「大丈夫。ちゃんと調整した」
「調整したの……偉いわぁ」
冗談ではない。レヴィアは背筋がぞくぞくするのを感じながら白雪を褒めた。
ルツィーとフリーダの契約については、まぁオマケのようなものだろう。あれはルツィーが白雪への負担がほとんどないように制御している。
だがレヴィア自身は普通に呼び出され普通に契約を結んだ。
召喚士が召喚するのは基本的にその場だけだ。用事が終わればそれで契約も解消。勿論、レヴィアのように常にいる事を望まれることもある。だがその場合、常に召喚士から魔力を貰っている状態になる。
白雪は既にレヴィアを契約を結び、少量とはいえ常にレヴィアへ魔力を供給し続けている。
それにもかかわらず、レヴィアと同格とも言える悪魔を、さらに二体。
(強い魂だとは思っていたけど、ここまでとは……! 何より魔力変換が信じられない位緻密で、上手い。何て、何て素敵な魂なの……!)
レヴィアは自分がいつの間にか恍惚とした笑みになっている事に気が付いた。
レヴィアが白雪を抱き上げてニコニコしてる間にすべては終わった。
フリーダは無傷で頭の男を捕らえたし、二体の悪魔はすべての刺客を戦闘不能にしていた。
「では改めて。お久しぶりですレヴィア。まさか私を呼んだ人間が既にあなたも呼んでいたとは」
「そもそもオレ達を同時に呼び出した時点で規格外だけどな! 今回の主は面白いな!」
二体の悪魔は積み上げた刺客達の上に座って挨拶をした。座り心地はいいのだろうかと疑問に思った白雪とフリーダだったが、とりあえず黙っておいた。
「アスモもベールツェも久しぶりだけど相変わらずみたいで嬉しいわぁ。戦闘中毒の二人を引き抜いた辺り、本当に私の主ってば優秀有能可愛い大好き!」
直球の好意に緩みそうになる頬を両手で抑えながら照れる白雪に、フリーダとレヴィアはニコニコと見守り、呼び出されたばかりの二体はどう反応していいかわからなかった。
「……ええと、主が私達を呼んだのは、この人間たちを片付ける、でよかったのかしら?」
「もっと骨のある相手と戦いたかったんだがなぁ。物足りん!」
咳払いを一つして切り出した女の悪魔と、それに続く男の悪魔。刺客たちの山から下りてくる二体を見て、白雪はハッとして「違います」と二体に向き合った。
「私は白雪。貴方達を呼び出したのは、今後も私達の邪魔をする相手を今みたいに対処してほしいからです。護衛、と言えば伝わりますか?」
ピクリ、と眉を微かに吊り上げたのは、どの悪魔だったのか。
「聞き捨てならないわねぇ白雪。お姉ちゃんじゃ足りないって事?」
「お母さんだっているのよ?」
「違うの! そうじゃなくて、レヴィアにはさっき言ったでしょ? 私だって二人を守りたいの。私達の生活を壊そうとする人たちを許せないの」
フリーダとレヴィアにしがみつきながら白雪は必死に言う。
「だから、二体には邪魔なものは掃除して生活を守ってもらうの。駄目? 私が呼び出したんだから私の力でしょう? それならどう使おうと構わないでしょう?」
一瞬、空気に殺気が混ざった。しかしすぐにそれは消える。消される。アスモとベールツェが、フリーダとレヴィアと対立する。
「……あら、あらあら。私に、人間を守れと?」
対立しているのは悪魔同士でも、アスモのプライドをひっかいたのは白雪だ。たかだか人間が、上位悪魔のアスモを自らの力と。どう使おうと構わないと。結ばれている契約を振りほどいて、即座に白雪の首を折ってもおかしくない程の侮辱。実際に、フリーダとレヴィア……いや、レヴィアがいなければそれはなされていただろう。白雪もそれをわかっている。
わかっていて、けれどなおも続ける。
「守ってもらうわ、アスモ」
一切譲らない白雪の宣言に、アスモだけでなくベールツェも怒りで頬を引きつらせる。
「こいつ……ッ!」
「私の魔力は美味しいでしょう? ベールツェ」
それでも白雪は譲らない。二体の悪魔に対峙する。召喚士として、契約を結んだ主として。上に立つ者として。
「私は今、命を狙われてる状況です。刺客はきっとまだ来るし、この先一国を相手に戦う予定です。権利があっても力が無ければ認めてもらえない。それが王。貴方達が望む戦いはいくらでも用意してあげます。極上の魔力もいくらでも。だから貴方達は私の力、武器、盾。私の望みはそれだけです」
すべて揃えている。悪魔を呼び出すだけの魔力に、悪魔が望む対価。ならば少なくともそれが尽きるまでは悪魔は召喚主を早々殺すことは無い。それがわかっているから、正しい契約はすでに結ばれているから、だからこそ白雪は譲らない。譲れない。
今ここで示さなければならない。見せつけなければならない。自分こそが主だと。それにふさわしい、認めざるを得ない『強さ』を備えているのだと。
アスモとベールツェはそれをすべて承知の上で天秤にかける。
認めよう。人間ごときが、しかし主たる力も風格も備えていると。だがそれを受け入れるのを良しとするかどうか。
怒りと殺意を込めて白雪の目をひたと捉えても白雪は目を逸らさない。胸を張りそれを当然のものとして受け入れる。
魂をきらめかせるほどの強い眼差しが二体の悪魔を見据える。
アスモがそれまでの敵意を消してフッと笑みを作れば、ベールツェも続くように敵意を消して乱暴に自身の頭をかく。
「レヴィアを守るとか意味が解りませんが……いいでしょう我が主。貴方が私に戦いをもたらす限り、その魔力を渡す限り、このアスモ、貴方の力となり武器となり盾となりましょう」
「ベールツェも同意しよう。だが忘れるなよ、約束した戦いと魔力が途絶えればそこまでだ。オレを上手く使ってみせるがいい我が主」
いい主となるか、いい玩具となるか。
少なくともそれを見極めるまでは従ってもいいだろう。それが二体の悪魔の結論だった。
「はい、ではよろしくお願いします」
白雪もまた張り詰めていた緊張を解いて小さく笑みを作る。その笑みに肩透かしを食らったような呆気にとられた気分になる二体の悪魔と、可愛さに悶える二体の悪魔。
「合ってる……召喚士としても王族としても理屈として合ってるんだけど、もう悪魔相手に交渉しちゃえるようになっちゃったのねうちの子天才……ッ」
「やーんもう最高! 可愛い! よく出来ましたマイシスター! お姉ちゃん別に守ってもらわなくても全然平気だけど喜んで守られちゃうー!」
こうして白雪は『力』を手に入れた。
「……意識改革がされている」
「何でだろうねぇ」
白雪がアスモとベールツェの前でフリーダとレヴィアにもみくちゃにされているその上空。そこに気配を消して浮かび下を眺めている二体の悪魔がいた。
「白雪に何を吹き込んだんだ」
「色々な道があるって教えただけだよ」
胡乱な目つきのルツィーを、ザターンは素知らぬ風にあやふやに躱した。
明らかに今までと違う視点を持った白雪に、ルツィーはどうするかと考え。
「んー……まぁいいか」
考えた結果、許容した。
「おや、てっきり怒るかと思ったが」
「怒るならフリーダだろうな。人間にこだわってたから。だがまぁ、最近はフリーダも白雪が幸せならいっかって思い始めてるし、それなら俺から言う事は何もない」
可愛い天才可愛いと白雪を抱きしめているフリーダはデレデレの笑顔だ。あれはルツィーには引き出せない。
「フリーダが怒ってたら?」
「二百年ぶりにお前と大喧嘩をするところだった」
「危ない危ない」
肩を震わせて笑うザターンは、別にそうなっても構わないという余裕があった。
「どうせ王になる上に俺達に囲まれてるんだ。こちらの感覚を持った方が白雪も過ごしやすいだろうさ」
「いっそ悪魔にしてしまえばいいのに。あれだけの魂だ、すぐにでも上位悪魔に食い込める」
むしろ何故しないのかとザターンは思っていた。想い人の娘だ。すべて含めて丸め込んでしまう方が話が早いように思える。
だが、それに対してルツィーの返答は簡潔だった。
「フリーダが望めばな」
当たり前のようにさらりと笑顔で言う友人に、ザターンはおかしそうにまた肩を揺らして「なるほど」とこたえた。




