2、その森に住んでいるのは
「さて、この森に来たならちょうどいい、古い友人に挨拶をしに行くか」
上機嫌のルツィーがそう言うのを聞いて、フリーダは白雪を抱き上げて歩き出す。十歳になる子供を抱き上げても大変ではない。健康な体最高、悪魔の体万歳。
「悪魔ってそういう人間みたいな関係は作らないのかと思ってたわ」
「悪魔も人もそう大して変わらないさ。友人も知人も普通にいる。ああ、人間と違うところをあげるなら、敵対関係というか、憎んだり恨んだりする関係は作らないかな」
「そうなの? 仲間意識が強いとか?」
「いや、殺すから」
人とそう大して変わらないと言ったのは何だったのか。
「だって邪魔だろう? そういう意味じゃ人間は辛抱強いなぁっていつも感心してる」
「なるほど、殺せば」
「やめなさい、白雪」
フリーダは情操教育だけでは駄目で、もっと根本的な人間社会の道徳教育の必要性を感じた。若干もう遅い気もする。
「と、ここだ」
立ち止まったところは一見ごく普通の木の前。よく見ると普通とは言えないのが、枝のところに木彫りの蛇が絡まっている。
「ザターン! いるか?!」
ルツィーの声をあげれば、木彫りの蛇が本物になって地面へと落ちる。そして落ちた瞬間、普通の木があった場所が歪み、小さな小屋がある風景が広がった。
思いがけない変化にフリーダと白雪が目を見開いていると、その小さな小屋から毛むくじゃらの何かが出て来た。
「誰かと思えば、珍しい。随分久しぶりだなルツィー」
印象で言えば立ち上がった熊。形状としては大柄な人間だし人間と同じように歩いて喋っているのだが、その全身は暗く艶やかで豊かな銀の毛並みで覆われていた。喋った時に動いた場所があるからそこが顔なのだとかろうじてわかる位、顔全体も毛でおおわれていた。
「生きてたか我が友よ! フリーダ、友人のザターンだ。ザターン、彼女が俺の花嫁のフリーダで、こちらはフリーダの娘で人間の白雪だ」
紹介されたフリーダと白雪は慌てて挨拶をする。
「ああ、彼女か。君が五月蠅いほどの魔力で悪魔の体を作った相手は」
「そんなに騒がしくした覚えはないが」
「君は花嫁の体を適当に作ったのか?」
「全力で作ったな」
「そう言う事だ。おかげで君が花嫁を迎えることは魔界の大概の奴らにも伝わっただろうよ。初めましてフリーダと白雪。これも何かの縁だ。何か困ったことが主にこの男のせいで発生するだろうから、そういう時には助けてあげるよ」
「ザターンなら安心して任せられる」
「困りごとを発生させない努力をしてほしいんだがね」
言いながらも声色が柔らかいので、どうやら本当に友人らしいという事がわかった。顔はわからないが。
「まぁおあがりよ。お茶でも入れよう」
招かれた小屋の中は質素で、けれど一つ一つの家具や小物が丁寧に磨かれている事でここでの暮らしを大切にしている温かさがあった。
花の香りのお茶を皆で飲み、白雪達の事情を聞いたところでザターンは渋い声を出す。
「王妃に追い出された……それじゃあ王が追っ手を放ってるんじゃないかい? やだなぁ、森にも無遠慮に入ってきそうだ」
静かにのんびり暮らしたくて人間界の片隅に居を構えているザターンにとって、久しぶりの友人は厄介事を運んできた邪魔者にしか見えなくなってきた。だが、その本人に予想した未来を否定される。
「それはない。あの王は白雪は俺の子供だと思ってるからな。手折る予定の花が消えて惜しむ気持ちはあっても、自分の子供として必死に探す事など無いだろうよ」
「うん? 白雪は君の子じゃないだろう? 何でそんな思い違いをしてるんだ。君何かやった?」
「人間に化けてフリーダの護衛騎士としてずっとそばにいただけだ。手も触れてない」
「……手も触れてない、ね」
呆れたような声に、フリーダ親子は小首を傾げ、ルツィーはにっこりと微笑んだ。
悪魔や魔力を感じ取れる人間ならばわかるが、フリーダの魂はルツィーの気配で染まっていた。動物で言うところのマーキングだ。肉体に一切触れて無かろうと、わかる者にとってはフリーダはとっくにルツィーのものと認識されていただろう。
ここの王家は大なり小なり感じ取る力は受け継いでる筈……と古い知識を引っ張り出したザターンは、王ではなく結果として振り回されているフリーダと白雪を哀れに思い、とっておきのお菓子も出すことにした。
「二人ともこの焼き菓子もお食べ。ルツィーは食べるな。それで、これからどうするんだい?」
「しばらくここに住んでいいか?」
「待て」
「聞いてないんだけど?!」
「どういうことです?」
ルツィーの問題発言に三者三様の反応が返ってきたが、どこ吹く風。ルツィーは優雅にお茶を飲みほして空のカップを置いた。
「この国もあの城も白雪のものだ」
当たり前の事実として告げる強い声に、フリーダと白雪はハッとする。何となく、二度とあんなところに戻ってやるか位の気持ちでいたが、そうではない。そんな立場ではないのだ。
「現状、王位継承権を持っているのは白雪しかいない。にも拘らずこの愚行。これはもう奴らを消して白雪が玉座を手に入れても構わんだろう」
そう、白雪には正当にこの状況を拒絶し訴える権利があるのだ。
「なるほど、興味がないから捨ておいたのではなく、白雪主役の劇の悪役だから残しておいたのか」
「そう、開幕の準備を考えたらこの国から出たくないが、王や王妃が手を出しにくい場所にいたい。悪魔の住む森として恐れられているここはちょうどいい」
ルツィーの考えがわかれば色々と納得も出来た。だが、ザターンにとってはまだ少し足りない。
「理由は分かったが君の立ち位置は何だ? フリーダが望んでいるからなのか? ただの興味で人間界に干渉しすぎると人間が束になって向かってきて五月蠅いぞ」
人は弱く悪魔は強い。だが、数の暴力を行えるのが人間だ。そうなると負ける気はしないが面倒くさい。そういういざこざが嫌で引き籠もっているザターンにはあまりいい状況ではないように思えた。
「いいや、今俺とフリーダは白雪に召喚されたから現界している立場なんだ」
いい状況ではない。そう思えたが、そこに加わるもう一つの要素。
「だからこれは純粋に主へ向けた従僕の献身だよ」
白雪の手を取る悪魔は、よく見れば確かに薄っすらと白雪と魔力で繋がっていた。
召喚士――悪魔を呼び出し従えることが出来る存在。そして人間の世界で、召喚士が呼びだした悪魔は召喚士の力と見做される。
「は……あっはは! まさかの悪魔が正々堂々と正義の国盗りか! 面白い」
面倒なことは嫌だ。けれど所詮は悪魔。人間たちなど玩具でしかないし、その玩具で遊ぶ事も好む質ゆえに。
「最前席で見ていいなら喜んで場所を提供しよう」
「決まりだな」
悪魔たちは手を握り合った。
楽しそうな悪魔たちを前にして、けれど肝心の白雪は慌てていた。召喚士ゆえに。
「あの、ザターンさん」
「ザターンでいいよ白雪。何かな?」
「ザターンのお家にお邪魔させてもらうなら、ザターンの主? 契約者? の人にも話をしないといけないのでは」
悪魔は基本的に契約を結んで現界する。それが召喚士による対等の契約だったり、誘惑による悪魔主体の契約だったり、退魔士による人間主体の契約だったりと形は様々だが。
「ああ、私に契約者はいないよ」
基本的には悪魔単独では現界は出来ない。
けれど例外として、あまりにも強い悪魔は自分だけの力で現界出来る。フリーダに惚れて付き纏ったルツィーのように。
「え、でも、姿が……」
強さの基準である見た目。人間により近い方が強いとされる悪魔だが、ザターンの姿は人間に近いとは言えない。なんせ毛むくじゃらだ。獣が直立歩行してると言った方が近い。
「一定以上強いとね、姿かたちも変えられるのさ」
こんな風に、と言ったザターンの姿がゆらりと揺れてドラゴンの姿に変わる。ポッと小さな火の塊を口から出して、その火が消えるとまた毛むくじゃらの姿に戻っていた。
「すごい……!」
目を輝かせる白雪に、そういえばルツィーも護衛騎士やってた時は角隠せてたわね、とフリーダが納得したように呟く。
「じゃあ二人は悪魔の中でもかなり強いのですか?」
少し興奮した様子の白雪の問いに、ルツィーがおかしそうに笑って白雪の頭を撫で、ザターンも肩を震わせて笑う。
「……悪魔に王はいないけど、仮に悪魔の代表を決めるならまぁ、私かルツィーだろうね」
予想以上の答えに、白雪だけでなくフリーダも固まった。




