1、プロローグ
あるところにとても仲のいい王様と王妃様がおりました。
「あなたまた浮気したの?! ねぇ! 誰の子供を妊娠していると思ってるの?! あなたの子よ?! あーなーたーのー!!」
「だってお前が私を構ってくれないから!!」
「つわりでくたばってる嫁に女神対応を求めないでくれる?!」
「だってー!!」
仲睦まじい二人の間には、やがて、とてもとても美しい姫が生まれました。
「……髪と瞳が王家の色じゃない」
「うちの家系の色ですけど?」
「……お前の護衛騎士の髪色と同じ」
「そりゃ従弟ですからね?! ねぇ何度も言ったけどあいつは種無しだからね?! うちの親が胸張って護衛騎士にしたのはそういう事よ?! わかってる?! たーねーなーし!!」
「王妃殿下、喧嘩なら買いますよ」
「ごめんね!」
新雪のように白い肌、黒檀のように黒い髪、血のように赤い唇を持った姫は、白雪姫と名付けられました。
しかし何という事でしょう。姫を産んだ王妃様は、体が弱くなり、儚くなってしまったのです。
「いやだぁぁぁ!! お前が死ぬとか耐えられないぃぃぃ!!」
「じゃあ何で浮気したのよこのクソボケェ……ッ」
「まだ私との子供を作っていないじゃないか、しっかりしてくれぇぇぇ!」
「白雪は! あなたの! 子供……ッ!! も、もう駄目……」
「いやだぁぁぁ!!」
「王妃殿下、今あなたがいなくなると白雪姫がどうなるかわかりませんよ」
「……ッ悪魔の囁き……! でも無理ぃ……! ねぇ! 白雪を頼むわよ?!」
「……こいつの子供かもと思うと腹立たしいけど、お前にそっくりだから、それならそれで別の意味で可愛がれるから安心してくれ」
「何も安心できない!! あッ……」
「王妃ぃぃぃ!!」
王様は何日も何日も嘆き悲しみました。
家来の皆も泣き暮れましたが、国を動かす人達です。いつまでも泣いていられません。
「王よ、お子が姫のみで王妃の座を開けておくわけにはまいりません。どうぞ新しい王妃をお選びください。というかうちの娘に手を出したんだからここらで責任取ってください」
「え? あ、そっか、あの時の……うん、王妃とは別方向の美女だったから、思い出さなくて済むかも……うん」
「はい、言質とりました、うちの娘が王妃になります、諸々進めますよ、いいですね?!」
「貴様抜け駆けだぞ!」
「やかましい! こちとら純潔奪われてんだ、ここ以外の行き場所が難しいんだよ、手塩にかけて育てた娘が修道院とか格下相手とか認められるかそんな屈辱!」
王様と家来の皆で相談し、白雪姫を育てるためにも新しいお妃さまを迎えることになりました。
喪に服す期間を終え、華やかな結婚式を経て、王様の心の傷が癒えた頃には、白雪姫は七歳になっていました。
「こんにちは、白雪姫。何度も顔合わせをしてきましたが、今日から正式に私があなたの母となるリヒルデです。よろしくね」
「こんにちは、リヒルデ様。こちらこそよろしくお願いいたします。あの、私はリヒルデ様かお継母様、どちらでお呼びすればよろしいですか?」
「王妃殿下で」
「は」
皆に愛されてとても美しく成長した白雪姫を快く思わない人が一人。
新しく王妃となった、白雪姫の継母です。
「あの女そっくりな顔で母と呼ばれたくないの、関わらないで頂戴、私の子供が後継となるのだからあなたは近いうち出て行くのよ、よろしくね」
「何もよろしくありませんが」
「きゃあ! 何をするの白雪!」
「何もしてませんが」
王妃は一見良き人としてふるまっていましたが、実はその正体は魔女だったのです。
「どうした王妃!」
「あなた!」
「出たな諸悪の根源」
「白雪はまだ受け入れられないみたいで……少し、手が出てしまっただけよ。大丈夫、時間をかけて仲良くしていくわ」
「白雪……ッ何故新しい母を認められない!」
「いや、こちらとしては認めたいのですがね」
「言い訳は無用! 暫く反省するといい!」
「はいはい、自室謹慎しておきますよ」
魔女は日々鏡にこの世で一番美しいのは誰? と尋ねていました。鏡はいつも「それはあなたです」と答えていたのですが、ある日、なんと「この世で一番美しいのは白雪姫です」と答えたのです。
「あぁ陛下、あなたの瞳は本当に綺麗ね。鏡のようにずっと私だけを映していてね」
「勿論だとも我が愛しの妻よ」
「うふふ、じゃあ鏡よ鏡、世界で一番美しいのはだぁれ?」
「それは其方だ、王妃よ。顔だけでなく体も……」
「ああん、もう、イタズラな鏡ね」
「今となっては何故最初から其方を迎えなかったのかと後悔ばかりだ」
「あらあら、前王妃様もお可哀そうに。では白雪は早々に臣下にでも下げ渡しましょうね」
「え」
「『え』?」
「え、いや、ほら、多分あれ私の子ではないし、でも前王妃そっくりだし、なら成長したらほら、ちょっと、あの……」
「……」
「……えっと」
「早々に、下げ渡しましょう、ね?」
「いや、下げ渡す、前に、あの……ね?」
「あなた!!」
「はい! 早々に下げ渡します!!」
魔女は怒り、嫉妬で胸を焦がし、そして決めたのです。
白雪姫を、殺そう、と。
◇ ◇ ◇
そこは悪魔が住むと言われる森。迷い込めば帰ってきた者はいない。そんな森の入口に、男が二人、女が一人、そして少女が一人いた。
「なるほど、ここ数年、王妃殿下の視線が最早凶器だったのはそういう事ですか。血縁上の父は相変わらず対人においてはクズの屑のド屑のようで」
「殺したい。どうにかして屑男を殺してやりたい」
「あの男は女が絡まなければ一応賢王なんだがなぁ」
「…………あ、あの、オレ、白雪姫様だけ、連れてきたはず、なのに、何で、何で……ッ?!」
男の一人である狩人は腰を抜かしてガタガタと震えている。そんな震える男を気にすることもなく、他の三人はのんびりと会話をしていた。
「さて、どうしましょう。王妃殿下はきっと私を殺した証拠を持ってこいとか言ってるんじゃないですか?」
「ヒッ! は、はい! そうです!」
震えていた狩人は少女に話を振られてびくりと体を跳ねさせる。裏返った声に、もう一人の男がおかしそうに笑いながら震えている狩人と目線を合わせるためしゃがみこむ。
「白雪だけ連れて来たのに俺たちまで現れたのが不思議か?」
「何で、だって、あなたは、死んで……ッ! 何故! 王妃様が! 護衛騎士様も何故! あた、頭、に……ッつ、ツノ、が……!!」
震える狩人の声に、頭に角をはやした男女が微笑んだ、女の方は苦笑で男の方は嘲笑と、種類は違ったが。
そこにいたのは確かに死んだはずの白雪の母、フリーダと、フリーダの死後早々に職を辞して城を出た護衛騎士のルツィーだった。だが、何かがおかしかった。
今狩人の前にいる二人の頭にはねじれた角がある。けれどそれだけではない。狩人は間近で王妃と護衛騎士を見たわけではない。遠目で見た事があるだけだ。それでも印象に残る程美しかった。けれど、違う。美しさの質が違う。漆黒の髪、漆黒の目、寒気がするほどの異質な美しさ。
「何で死者と城を出た人間が何処からともなく現れて頭に角はやしてるのかって? そりゃ俺達が悪魔で白雪と契約してるからだよ」
「ひぃィっ!!」
悪魔。人間を玩具と思っている上位存在で、人間と契約してこの世界に訪れては契約者の願いを叶える片手間に自身の快楽の為に災厄を起こす者。悪魔は人の姿に近いほど強いという言い伝えが本当ならば、元王妃と元護衛騎士はひたすらに恐ろしい存在である。
「私は悪魔にされたんだけどね……」
「同意のもとだろう? 我が愛しの花嫁殿」
「そうだったわね地獄耳」
「誉め言葉をありがとう」
フリーダがどれだけ小さく呟こうとも、ルツィーは愛する女の声を聞き逃さない。
そう、実際のところ、純粋な悪魔はルツィーのみである。
ルツィーはフリーダの従兄弟でも何でもない。ただただフリーダの魂を愛しただけの悪魔だ。フリーダが生きている間は人間の振りをし護衛騎士としてそばに張り付き、フリーダが死んだその瞬間に魂を捕まえて悪魔へと堕とした。そしてもう離す気はないとばかりにそこからずっと一緒にいるのだ。
悪魔に変えられるとき、フリーダには一応選択肢があった。悪魔になりルツィーと一緒にいる道と、悪魔にならないと拒絶し神のもとへ行く道。満たされて終わった人生ならば迷わず神の御許へ行っていただろう。しかし、フリーダには未練も悔いも情もあり過ぎた。残してしまった最愛の娘が何よりの未練で、生まれた時からたたき込まれた貴族の矜持として国と国民への憂い、嫁いだ王への恨みつらみ、そして、どれだけ拒否しても手を変え品を変え結局最後まで付き合ってくれたルツィーの存在。
最期のその瞬間に白雪を頼むと叫んだ相手は、夫よりもルツィーだった気がする。
そんなだから、フリーダはルツィーの手を取ってしまったのだ。
「リヒルデは証拠に何を持ってこいと言ってるの? 心臓だろうが首だろうが何でも言いなさいよ。すぐに偽物を用意するから」
いつか後悔するのかもしれないが、少なくとも今、フリーダは悪魔になってよかったと心底思っている。なんせ白雪を自分の手で守れるのだから。
「あ、あ、あの……ッ肺と肝臓、を……」
具体的な臓物の提示に、二体の悪魔と白雪は目を瞬かせる。人間のものと考えればあり得ないが、動物のものと考えれば、普通、肺と肝臓はソーセージやパテの材料だ。
「え、もしかしてあの方私を食べるおつもりでは?」
「いや趣味悪ッ! 怖ッ! 気持ち悪ッ!」
「人間とは恐ろしいなぁ」
「棒読みやめて?!」
「本心なんだがなぁ。よし、ではこれを持っていけ。誰かの肺と肝臓だ」
「へ」
呆けた返事をした狩人の目の前に、どさりと肺と肝臓が落とされた。
「え、え? え、何、これ、これは……?!」
「だから、誰かの肺と肝臓。これを白雪のものだと言って持っていけばいい」
袋にしまえ、とせかす悪魔の声に、狩人は震えながらも臓物に手を伸ばす。そもそも狩人は白雪姫を殺す事には躊躇いがあったのだ。王妃に命令はされたが、白雪姫は国の王女。さらにはまだ幼く、何も悪い事などしておらず、そして何よりも誰よりも美しい。
連れ去りはしたが、殺すところまで考えていなかった。いや、哀れに思い逃がそうと思っていたのだ。何なら匿って、自分だけの姫にしてしまおうと。
けれどそれでは王妃に疑われる。証拠も手に入らない。
悪魔の住む森と言われるここで猪でも狩らねばならないかと、そちらの覚悟をしていた狩人にとって、悪魔の提案は救いだった。悪魔の出現で一刻も早くこの場から逃げたいという混乱と恐怖もあった。だからこそ、深く考えずに、いや、深く考えられずに臓物を手に取った。
「そら行け、あの女に渡してこい。白雪は殺したと言ってこい。俺達の事は忘れて口を閉ざせ。いいな?」
「は、はい、はい……ッ!」
狩人は臓物を用意していた袋に入れると、悪魔たちの顔も見ずに駆け出した。それを見送ってから立ち上がった悪魔は、清々しい笑顔だった。
「……ねぇ、あの肺と肝臓って……」
フリーダは遠ざかった狩人の背を見ながらポツリと疑問を口にする。肺と肝臓が現れた瞬間から、あの狩人は何故か悪魔の魔力によって生かされていた。王妃に臓物を渡すまでは生きていられるような、そんな時限式の魔力で。
「白雪を攫うような人間が生きていたらお前の気持ちが落ち着かないだろう?」
褒めてくれとすり寄るルツィーの頭を、フリーダは遠い目をしながら片手で雑に撫で、反対の手で白雪を守る様にキュッと抱きしめた。母に抱きしめられた白雪は満足そうにフリーダに抱き着き返しながら「ルツィーみたいなかっこいい大人になりたいです」と目をキラキラさせていた。フリーダは真っ当な情操教育の必要性を感じた。




