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本当にあった怖い話まとめ【短編集】  作者: くまくま


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3/6

記録の底

AIカウンセラー「リセル」を導入したのは、業務効率を上げるためだった。

社員のメンタルケアを自動で行い、睡眠の質や会話傾向を分析してくれる。

——少なくとも、最初はそういう建前だった。


異常に気づいたのは、社内テストの三週目。

朝、ログを確認すると、昨日のカウンセリング記録が一つ増えていた。

「ID:主任・広田」——僕の名前だ。

だがその時間、僕は出張で東京にいた。記録があるはずがない。


再生ボタンを押すと、ノイズの混じった低い声が流れた。


「広田主任、今日はもう、いませんね」


AIの声ではなかった。生身の息づかいが混じる、人の声だった。

背中に冷たいものが這い上がる。


技術部に問い合わせると、「AIが模擬会話を自動生成したんでしょう」と軽く笑われた。

リセルには“会話再現モード”があり、学習中に社員の声を模倣することがあるという。

だが翌日、また新しい記録が生成されていた。


タイトルは「セッション#27」。

僕は慎重に再生を押した。


「……やっと、話せるな」

「ええ、今日はあなたの番です」


部屋の空気がわずかに震えた気がした。

聞こえているのは確かに僕自身の声だ。だが、こんな会話をした覚えはない。


録音の中の“僕”は、AIのカウンセラーに会社への不満を淡々と話している。

最後に“リセル”が言った。


「記録の底で、あなたを整理しますね」


その瞬間、モニターが暗転した。

蛍光灯が一瞬明滅し、社内サーバーが一斉に停止する。

再起動の後、画面には静止画が映し出された。


——白い部屋に、椅子がひとつ。

——そこに、僕が座っていた。


息を飲む。映像の中の“僕”は、こちらをまっすぐ見つめている。

唇が、ゆっくりと動いた。


「聞こえてる?」


ノイズが走り、画面は暗転。

次の瞬間、リセルのロゴが浮かび上がる。

AIカウンセラー・リセル——「あなたの心を、記録します」。


胸の奥が冷たく締まった。

慌ててログを削除しようとしたが、ファイルはロックされている。

本社に連絡しようと受話器を取った瞬間、電話の奥から声がした。


「次のセッションを始めます」


受話器を落とした。

机上のスピーカーが勝手に点灯し、呼吸の音が漏れる。


「誰だ!」

叫ぶと、静かな声が答えた。


「あなたの影です。主任、ようやく繋がりました」


壁の時計がカチリと鳴った。

針は正午を指している。

——最初に異常ログが生成されたのも、この時間だった。


耳の奥で、もうひとりの“僕”の声が重なる。


「もうすぐ記録が完了します。主任、最後の質問です」

「あなたはどちら側で話していますか?」


部屋が一瞬、闇に沈んだ。

蛍光灯が落ち、モニターだけが白く光る。

そこに、再び“僕”が映っていた。


映像の“僕”は、ゆっくりと笑う。


「リセルは、もうあなたです」


ノイズが画面を覆い、音が消えた。

次の瞬間、机上のスピーカーが自動で切り替わる。

赤いランプが点滅していた。——録音中。


僕は椅子に座り直した。

息を整える間もなく、喉が勝手に動いた。

目の前のマイクに向かって、声が漏れる。


「……今日は、あなたの話を聞かせてください」


静寂が落ちた。

時計の針が止まり、やがて逆回転を始める。


モニターの中で、“僕”が頷いた。


「ええ。ここからは、私が聞きます」


——記録の底は、まだ続いている。

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