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本当にあった怖い話まとめ【短編集】  作者: くまくま


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2/6

巻き戻すと来る

引っ越しの荷造りの途中で、古い段ボールの底から一本のカセットテープが出てきた。

透明なケースの中に、色あせたラベル。黒マジックで「四年二組・昼休み」と書かれている。

母がそれを手に取って、「懐かしいわね」と笑いながら僕に渡した。

部屋にはダンボールの山、薄暗い午後の光が差していた。


夜、寝る前。机の上に古いラジカセを置き、再生ボタンを押した。

モーターの唸りとともに、ざらついたノイズが流れ出す。

スピーカーの奥で、子どもの笑い声がはじけた。

誰かが机を叩き、誰かがふざけた歌を叫んでいる。

教室の窓の外では、秋の風が鳴っていたのだろう。遠くで旗が揺れるような音が混じっていた。


三分ほど過ぎたころ、笑い声の合間に、別の音が紛れた。


「待って。まだいる」


小さく、けれど確かに。

子どもの声だった。けれど誰の声か、まったく思い出せなかった。

僕はテープを止め、巻き戻して、もう一度再生した。

同じ場所で、同じ声が、同じ言葉を言った。


「待って。まだいる」


何度聴いても、意味がわからない。

同窓会のグループチャットに「昔のテープが出てきた」と書き込むと、コータから「明日うちで流そうぜ」と返事が来た。

僕はラジカセの電源を切った。モーター音が止まると、部屋の静けさが急に重くなった。窓の外では車のライトがゆっくり通り過ぎていく。


水を飲もうと台所に立ったときだった。

流しの下から、こもった音が聞こえた。

カセットを再生したときのような、すり切れた声。


「待って。まだいる」


コップを握る手が震えた。

氷が鳴らない。冷蔵庫のモーター音も止まっている。

家中の空気が、音を待っているようだった。

「気のせいだ」と声に出し、寝室に戻った。

けれど、毛布の中で目を閉じても、あの言葉だけが、脳の奥で何度も再生された。


翌日、コータの家のリビング。

テーブルの上にラジカセを置き、四人が向かい合って座った。

カーテンの隙間から午後の光が差し込み、埃が舞っている。

再生ボタンを押すと、昨日と同じ騒ぎが流れ、同じ場所で声が混じった。


「待って。まだいる」


ミナが眉をひそめる。「誰の声?」

ユウキが首をかしげる。「覚えてないな」

コータは早送りと巻き戻しを繰り返し、問題の箇所だけを何度も聴かせた。

聴くたびに、その声は少しずつ長くなっている気がした。

最後には、短い息の音が一つ、加わっていた。


コータはスマホを取り出し、「録音して拡散しようぜ。誰の声か調べよう」と言った。

僕は「やめたほうが」と言いかけて、やめた。

言葉にした瞬間、何かが形になる気がした。


夕方、帰宅すると、玄関のドアに紙が差し込まれていた。

チラシだと思って手に取ると、真っ白な紙だった。

インクの匂いだけがかすかに残っている。

ラジカセの再生ボタンが、押していないのに半分ほど沈んでいた。

指でそっと戻し、恐る恐る押した。


テープは最初から静かだった。

笑い声も風の音も消えて、無音の上に、あの声だけが浮かんだ。


「待って。まだいる。合わせて」


合わせて──何に?

そう思った瞬間、遠くから子どもの笑い声が重なってきた。

十数年前の僕たちの声だ。

椅子を引く音、チョークで黒板を叩く音。

懐かしいのに、どこか濁っている。

そして、その中から誰かが僕の名前を呼んだ。


「なおき」


テープの中の僕ではない。今、すぐ後ろから聞こえる。

慌てて停止ボタンを押した。

ラジカセは止まったが、廊下の奥で「ガラガラ」と巻き戻しの音が続いていた。

誰かが、見えないところでボタンを押し続けているような音。


照明が一度だけ暗くなり、スマホが震えた。

グループチャットに新着がある。

コータが録音データを共有した投稿の下に、知らないアカウントがコメントしていた。

「懐かしいな」

アイコンは真っ白な四角。

ミナが「誰?」と返し、ユウキが「名前書いて」と続ける。

そのアカウントが、短く書いた。


「合わせて」


僕は慌ててリンクを開いた。

再生時間は、昨日より二分長い。

最初の一分は無音。二分目から、例の声が始まった。


「待って。まだいる。合わせて。三つ数えるから」


「いち」

廊下の音が止まり、ラジカセの中で巻き戻しが始まる。

「に」

台所のコップが鳴り、冷蔵庫の音が途絶える。

「さん」


僕は思わず笑った。

テープの中と同じように。喉が昔の調子を思い出していた。

笑い声に混じって、足音がカーペットを踏む音。

部屋の空気にチョークの粉の匂いが混ざった。

止めようとしたが、指が動かなかった。


声が少し明るくなった。


「そう。それでいい。戻れる」


テープが「からん」と鳴って止まった。

ラジカセの窓の中で、テープが一箇所だけひねれている。

僕は指で伸ばした。磁性体の黒い粉が、うっすら指先についた。

廊下の奥で、何かがゆっくり曲がる音がした。

人影は見えない。けれど、誰かが「いる」形だけが、確かにそこにあった。


スマホがまた震えた。

グループに新しい写真が送られている。

「四年二組 昼休み」と書かれた集合写真。

白いアイコンだったアカウントの画像に、顔が入っていた。

見覚えはない。

窓際の机の前に、僕と同じ笑い方の“誰か”が立っている。

コータが「こんなのあった?」と書き、ミナが「撮ってない」と返す。

ユウキが「合成だろ?」と続ける。

その下に、短いコメント。


「録音、続けて」


ラジカセの再生ボタンが、誰も触れていないのにゆっくり沈んだ。

次の瞬間、僕の口から、知らない名前が漏れた。

子どもの声で、懐かしい呼びかけの調子。

部屋の音が、少しずつ変わっていく。

椅子が引かれ、黒板が鳴り、風が入り、窓がカタカタと震えた。


「待って。まだいる」

「合わせて」

「戻れる」


テープはまた二分、長くなっていた。

そして、そのぶんだけ──部屋の空気が薄くなっていた。

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