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ベルリンの春

タイトルは某小説への尊敬を込めてつけてます。

2017年、春。


ベルリンのシュプレー川は、長く厳しい冬の氷を割り、再生の光をきらめかせながら、穏やかに流れていた。数ヶ月前、この国を覆っていた政治の熱病が嘘のように、街には静かな日常が戻ってきていた。


首相官邸の執務室。

その庭に面した大きな窓から、若葉が芽吹き始めた樫の木が見える。

その穏やかな光景を背に、ドイツ首相 ヴェルナーは、来訪者であるセルゲイ・ヴォルコフと紅茶を共にしていた。


「嵐は、家を頑丈にするものですな」


ヴェルナーは、カップを置きながら、わずかに笑みを浮かべて言った。

その顔には、数ヶ月前の苦悩の色はなく、激烈な政治闘争を勝ち抜いた指導者としての、静かな自信が宿っていた。


「我々の足元をかき乱していたいくつかの勢力は、幸いにも、嵐と共に去っていきました」


その言葉通り、彼はアメリカの脅迫に屈しなかっただけでなく、その危機を巧みに利用し、政権内の親米派や、アメリカの資金で動いていた過激派勢力を合法的に一掃していた。

ドイツの舵は、今や完全に彼の手の中にある。


「見事な手腕でした、首相閣下」


ヴォルコフは、心からの敬意を込めて言った。


「そして、嵐の後の最初の仕事が、我々との未来を築くことであることに、深く感謝します」


二人の会話は、具体的な協力案件へと、よどみなく移っていった。

シーメンス社が中核を担う、核融合炉『オグネヴィークI』の共同開発スケジュール。

そのための最初の技術者チームが、来週にもモスクワ郊外の研究所へ派遣されることが確認された。


「それと、『ナジェージダ』の件」


ヴェルナーは、楽しそうに目を細めた。


「次の月周回飛行に搭乗する、我が国の宇宙飛行士の人選ですがね。候補者たちの熱意が凄まじくて、連邦軍と科学省の間で、嬉しい悲鳴が上がっていますよ」


「最高の宇宙飛行士をお迎えする準備を、我々は進めています」


ヴォルコフも応じた。


「そして、彼らが帰還する場所となる、月面基地『ルナ・ゲート』構想も。ESAとの共同設計チームは、すでに最初の青写真を描き始めています」


協力関係は、もはや後戻りできないレベルで深まっていた。

それは、アメリカへの当てつけなどという次元ではない。

欧州とロシアが、自らの意志で、新しい未来を共に創造し始めた、確かな証だった。

会話が途切れた一瞬、首相はふと窓の外に視線を向け、独り言のようにつぶやいた。


「人間、いつかは全てを次世代に託さねばなりません。私の役目も、あと数年でしょう。…そのあとは、アルプスの山荘で、孫たちと静かに隠居でもするとしますかな」


彼は、紅茶の最後の一口をゆっくりと味わい、そして付け加えた。


「もっとも、その静寂が、永遠に続く保証はどこにもありませんがね」


その言葉は、穏やかながら、聞く者の背筋を凍らせるほどの、冷たい覚悟を滲ませていた。


ヴォルコフは、この男が、首相の座を降りた後、アメリカの報復によって自らの命が狙われる可能性さえも、完全に織り込み済みでこの道を選んだのだと、痛いほど理解した。


彼は、安易な慰めの言葉を口にしなかった。

それは、目の前の男に対する最大の侮辱になるだろう。

ヴォルコフはただ、深く、そして最大限の敬意を込めて、無言で頷いた。


執務室に、春の穏やかな日差しが差し込んでいる。

だが、二人の間には、静かな勝利の代償として、互いが背負うことになるであろう、黒い影の存在が、確かに共有されていた。

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