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超大国の驕り

ワシントンD.C. ホワイトハウス、シチュエーション・ルーム。


その地下室には、窓も、時間も、そして希望も存在しなかった。

壁一面に広がるスクリーンだけが、合成樹脂のテーブルを囲む男たちの顔を、青白い光で無感情に照らし出している。

空気は、煮詰まったコーヒーの匂いと、抑えきれない怒りで澱んでいた。


中央のスクリーンに、CIAベルリン支局長からの最終報告が大写しになっている。

その末尾で、無慈悲な一文が点滅していた。


《最後通牒を確認。脅威レベル最大。ドイツ連邦情報局(BND)より、バックアップデータがフランス対外治安総局(DGSE)およびイタリア対外情報・保安庁(AISE)に共有されたことを確認。48時間のカウントダウンが進行中》


「ふざけるな!」


最初に沈黙を破ったのは、CIA長官だった。

彼はテーブルを拳で叩きつけ、その衝撃で冷え切ったコーヒーがカップから溢れた。


「我々が、ベルリンの官僚風情に脅迫されるだと? 断じてあり得ん!

“ウェットワーク”のチームを動かせ。

首相とその首席軍事顧問、BND長官。

この三人の首を、週末の狩猟中に起きる“悲劇的な事故”に見せかけて、同時に消せ。

証拠など残すな。

首をすげ替えれば、脅迫状などただの紙切れになる!」


その血の気の多い提案を、国防長官が引き継いだ。

軍服の胸に並んだ勲章が、冷たい光を反射する。


「いや、首だけでは足りん。

シュタイナー将軍という駒は失ったが、ドイツ連邦軍にはまだ我々の『教唆』を理解できる、真の愛国者がいる。

野心と、そしてロシアへの健全な恐怖心を併せ持った大佐クラスの『資産』がな。

今度こそ、確実に軍を動かす。

首相官邸の口が、戦車の前でどうなるか、見てやろうではないか」


暗殺、クーデター。

友好国の首都を舞台にした、あまりにも暴力的な選択肢が、何の躊躇もなくテーブルの上に並べられていく。


大統領首席補佐官が、より洗練された、しかし悪意においては劣らない第三の案を提示した。


「もっと静かな手もあります、大統領。

銃弾も戦車も不要です。

”ドイツ愛国党”と”未来の緑”へ繋がる我々の“非公式な”資金ルートを、今すぐ三倍に増強する。

48時間以内に、彼らに内閣不信任案を動議させるのです。

ドイツ政界は完全に麻痺し、首相はリークする前にその座を追われることになる。

我々は、その混乱の灰の中から、より従順な親米政権を拾い上げるだけでいい」


シチュエーション・ルームは、アメリカという超大国が持つ、剥き出しの力の誇示の場と化していた。

彼らは、自分たちが脅迫されているという事実そのものが許せなかった。

選択肢は、全て報復と、より強硬な支配の再確立を目的としていた。


大統領は、その怒りの嵐の中心で、固く唇を結んでいた。

どの選択肢も、あまりにも危険な、戻れない橋を渡ることに思えた。

だが、ここで引き下がれば、アメリカの威信は地に落ちる。

彼は、決断を迫られていた。


CIA長官と国防長官が提示した暴力的な選択肢は、

シチュエーション・ルームの空気に、硝煙と血の匂いをかすかに漂わせる。


報復への期待感が、強硬派の将軍たちの目をギラつかせた。

大統領が、そのいずれかに頷きさえすれば、西側同盟の歴史は、取り返しのつかない流血のページをめくることになる。


その狂騒的な熱狂に、静かに、しかしきっぱりと冷や水を浴びせたのは、国務長官だった。

彼は、外交という名の、血を流さない戦争の現実を知り尽くしている男だった。


「諸君、少し頭を冷やしたらどうだ」


その声は、怒号が飛び交うこの部屋で、場違いなほどに冷静だった。

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