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パリの決断

パリ、エリゼ宮。

金の装飾が施された大統領執務室の空気は、ベルリンのそれとはまた違う。

冷たい怒りと、怜悧な計算で満ちていた。


その日のうちに、シュタイナー将軍の報告の概要は、極秘のチャンネルを通じて、フランス大統領エマニュエル・デュヴァルの元へ届けられていた。

対外治安総局(DGSE)が独自に掴んでいた、アメリカのNPOを介した資金提供の証拠と、シュタイナーの証言。

それらが、パズルの最後のピースのように組み合わさる。


「許しがたい」


デュヴァルは、執務机に置かれた報告書の束を指でなぞりながら、低く言った。

彼の正面には、DGSE長官のアラン・ド・モンフォールが、彫像のように静かに立っている。


「これはドイツだけの問題ではない。欧州の主権そのものに対する、アメリカによる正面攻撃だ」

「その通りです、大統領閣下」


モンフォールは、感情のこもらない声で応じた。


「そして、この危機は、我々にとって一つの“好機”でもあります」


デュヴァルが、訝しげに眉を上げる。

モンフォールは続けた。


「アメリカがドイツの力を削いでくれるというのなら、それは結果的に、欧州連合(EU)内におけるフランスの発言力を、相対的に高めることにも繋がります。

我々はドイツに支援を約束しつつも、事態の推移を静観する。

混乱が極まった段階で、我々が『欧州の調停者』として乗り出す。

その時、弱体化したドイツは、我々の主導権を受け入れざるを得なくなるでしょう。

ドイツを、我々のための『駒』として使う道も、選択肢の一つです」


それは、マキャベリズムの極致とも言える、冷徹な戦略だった。

DGSEという組織の、そしてフランスという国家が持つ、リアリストとしての一面がそこにはあった。

だが、デュヴァルは静かに首を振った。


「アラン、君の分析は常に正しい。だが、私はその道を選ばない」


彼は立ち上がり、窓の外に広がるパリの街並みを見下ろした。


「第一に、私は主権国家の内政に、このような形で介入するやり方を、断じて容認しない。

これは、私が信じる人権と民主主義の理念に反する。

我々は、アメリカと同じ土俵に下りるべきではない」


そして、彼の視線は、大西洋の遥か彼方、ワシントンに向けられた。


「第二に、より重要なことだ。

今のアメリカは、もはや我々が信頼できる同盟国ではない。

彼らの国内政治は、左右の対立で引き裂かれ、もはや『政治内戦』と呼ぶべき様相を呈している。

今日の友が、明日の敵になるやもしれん。

そんな不安定な国家に、欧州の未来を委ねることなど、断じてできない」


デュヴァルは、モンフォールに向き直った。

その瞳には、理想主義者としての情熱と、冷徹な戦略家としての決意が、同時に宿っていた。


「ドイツの安定こそが、欧州がアメリカから自立するための、最後の砦だ。

我々はドイツを駒として使うのではない。

我々の体の一部として、全力で守り抜く」


モンフォールは静かに頷いた。

彼はこの理想主義肌だが、決してリアリズムを忘れない大統領に敬意を表したのだ。


デュヴァルは片手をあげて、そこにいるように指示しながら執務机の、受話器を取った。


「ベルリンのヴェルナー首相に、ホットラインを繋いでくれ。今すぐにだ」


数分後、彼は受話器越しのヴェルナーに対し、揺るぎない声で語りかけた。


「首相、フランスは、ドイツの民主主義に対するいかなる攻撃も、自国への攻撃と見なすことを宣言したい。これは同盟国に対する仕打ちではない」


「我々はあなたと共に戦う。

我が国の諜報機関が持つ、アメリカの違法な工作に関する全ての情報を、即時共有しよう。

欧州の心臓が攻撃されている時に、我々が黙って見ていることはない。

あなたの安定は、我々の安定だ」


ローマからも、同様の支援の申し出が届いた。

アメリカが仕掛けた分断工作は、皮肉にも、欧州の指導者たちに「第三極」としての結束を、初めて本気で意識させるきっかけとなった。


モスクワ、ロスコスモス本部。

ヴォルコフは、欧州で起きている全ての混乱を、巨大なスクリーンで静かに眺めていた。

ドイツの苦悩、フランスの怒り、そしてアメリカの傲慢さ。

全てが、彼の計算通りだった。


だが、彼は欧州が自力でこの袋小路から脱出できないことも、正確に読んでいた。


「パーヴェル、ミュンヘンのディートリッヒ会長経由で、ベルリンに“処方箋”を送れ」

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