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英雄たちの数分間

このエピソードは史実を基にしていますが、フィクションとして脚色したものです。この事件で犠牲になられた方々に、深く哀悼の意を表します。

2001年9月11日、米国東部時間 午前8時15分。

バージニア州ラングレー、CIAテロ対策センター。


若き分析官リックのモニターには、世界中から集められた脅威情報が滝のように流れ込んでいた。

そのほとんどは、信憑性の低いノイズだ。

その中に、ジュネーブ支局から転送されてきた、一件の奇妙な情報があった。


『ロシアの非公式筋からの噂話』として――

『航空機を利用した金融センターへの大規模テロの兆候』とだけ記されている。


発信源も、具体的な内容も不明。

プロトコル上は「未確認情報」のフォルダに分類され、埋もれていくはずのデータだった。


だが、リックはなぜかその一行に心惹かれた。

彼は、上司に報告できるようなものではないと理解しつつも、職務上の義務として、そして虫の知らせに従い、FAA(連邦航空局)の全国指令センターへ、極めて定型的な注意喚起メッセージを一行だけ送信した。


「件名:参考情報。本文:民間航空機を兵器として利用する可能性に関する未確認情報あり。総合的な状況認識の強化を推奨」


それは、官僚的な責任回避のための、ありふれた一行だった。


同日、午前8時30分。

ニュージャージー州、ニューアーク・リバティー国際空港 管制塔。


管制官のベティは、UA93便の出発準備が整ったことを確認していた。

滑走路は空いている。

彼女が「離陸許可」を出す直前、モニターの隅に、先ほどリックが送った注意喚起がポップアップした。


『……状況認識の強化を推奨』


具体的指示は何もない。

しかし、そのありふれた一文が、ベテランである彼女の意識の片隅に、小さな棘のように引っかかった。

彼女は無意識に、いつもより数秒長く、計器類と滑走路の状況を再確認した。

そして、別の着陸機との間隔を、念のため、ほんの少しだけ余分に取ることにした。


「ユナイテッド93、滑走路4Lにて待機せよ。先行機との間隔を調整する」


この判断により、ユナイテッド93便の離陸は、予定より7分間、遅れることになった。


そして、運命の午前8時46分が訪れる。

世界は炎と衝撃に包まれ、歴史はその進路を大きく変えた。

ヴォルコフの警告は、ワールド・トレード・センターも、ペンタゴンも救えなかった。


だが、その極めて曖昧な警告が生み出した、ほんの数分の遅れは、一つの奇跡を生んだ。


上空のユナイテッド93便の乗客たちは、その7分間の遅れのおかげで、家族からの電話で「他の旅客機がビルに突入した」という事実を知る時間を得た。

自分たちが乗るこの飛行機も、ただのハイジャックではなく、自爆テロの「ミサイル」なのだと理解する時間を得た。


結果、彼らは反撃に転じた。


この「ほんの少しの歴史の変化」により、第四のテロは、ワシントンの連邦議会議事堂でおこなわれることはなかった。ペンシルベニア州シャンクスヴィルの野原に旅客機は墜落した。


ヴォルコフの投資は、数千人の命を救うことはできなかった。

しかし、それは、絶望的な状況下で戦うことを選んだ英雄たちに、運命に抗うための、かけがえのない「数分間」を与えたのである。

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