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運命の二時間前

2001年9月11日、モスクワ時間午後二時。

クレムリン、大統領執務室。


窓の外には、穏やかな初秋の陽光が降り注いでいた。

ペトロフ大統領は、欧州との関係改善によってもたらされた経済指標の報告書を横に置きながら、ヴォルコフとシェスタコフに発言を促した。


シェスタコフ将軍が、重々しく口を開く。


「大統領閣下、本日お持ちした報告は、進めていた秘密計画に関するものです」


その言葉に、ペトロフの表情から笑みが消えた。

彼はヴォルコフに視線を移す。


「……『プロメテウス』か」


ヴォルコフは頷き、机の上に薄い報告書を置いた。


「はい。プロジェクト『プロメテウス』、最終報告です」


彼は立ち上がり、簡潔に、しかし揺るぎない口調で説明を始めた。


「未来メールに記載されていた化学触媒の設計図は、完全に本物でした。シベリアの実証プラントにおいて、天然ガス精製効率は、九〇年代の標準技術に対し二・三倍を記録。これは我が国のエネルギー産業を根底から変える、革命的な技術です」


ペトロフは報告書を手に取り、その数字を食い入るように見つめた。

国家予算に匹敵する利益が、この数枚の紙に記されている。


「……素晴らしい成果だ。君は国に大きな貢献をしてくれた」


「しかし、大統領」

ヴォルコフは言葉を続けた。


「この報告の真の価値は、経済効果ではありません」


彼は執務室の壁にかけられた世界地図を指差した。


「この技術が本物であったということは、あのメールに書かれていた他の『予測』も、もはや単なる可能性ではなく、ほぼ確定した未来であるということを意味します」


ヴォルコフのその言葉に、部屋の温度が数度下がったように感じられた。

彼は、ペトロフの目を真っ直ぐに見つめて言った。


「そして、その『未来』が、今日、訪れます」


彼は報告書の最終ページをめくった。

そこには、ただ一行だけが記されていた。


『2001年9月11日:アメリカ本土にて、大規模同時多発テロ発生』


ペトロフは、その文字を指でなぞり、長い沈黙の後、ヴォルコフに尋ねた。


「……今、ニューヨークは何時だ?」


「午前七時です」


ペトロフは目を閉じ、何かを計算するように指を折った。

そして目を開けた時、彼の瞳には、もはや一欠片の楽観も残ってはいなかった。


「シェスタコフ」


「はっ」


「GRUとSVRに、最高レベルの警戒態勢を発令させろ。ただし、目的は介入ではない。『観測』だ。何が起きるのか、その一部始終を記録しろ。我々は、この悲劇の、最初の観客になる」


ペトロフは椅子に深く座り直した。


「ヴォルコフ、君の言う通りだ。この触媒は、我々の未来を占う試金石だった。そして、我々はそのテストに合格してしまった」


彼は窓の外に目を向けた。

その先にある、まだ何も知らずに平和な午後を過ごしているであろう、アメリカ大陸を見透かすように。


「……あと、二時間か。世界が変わるまで、あと二時間だ」

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