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歴史の亡霊

ちょっとこの話でSF歴史改変が入ってますので補足です。


史実ロシアでは 統一+祖国→統一ロシア

この世界 我が家ロシア+統一→統一ロシア


で設定してます。

2008年12月 モスクワ。


雪が、音もなく街を白く染めていく。


ロスコスモス本部の最上階にある執務室で、セルゲイ・ヴォルコフは一人、机に広げた分厚いファイルのページを、ゆっくりとめくっていた。


未来から届いたメールをプリントアウトし、製本した、この世に二つとない極秘文書だ。


金融危機の回避、南オセチアでの迅速な勝利――その一行一行は、これまで驚くほど正確に現実をなぞり、彼とペトロフに絶対的な優位をもたらしてきた。


彼は、成功した作戦のリストを指でなぞり、安堵のため息をついた。

その流れで、改めて全ての原点である最初のページに目を通した。


その時だった。

今まで気にも留めていなかった、ページの隅に走り書きのように記された政治年表の、ある記述が、彼の目に突き刺さった。


(…妙だ)


2000年から2008年までのロシア連邦大統領の名として、キリル文字でこう記されている。


『Президент: Вла...』


文字化けで最後まで読めないが、文脈から判断すれば、おそらく「ウラジーミル」だろう。


だが、現実には――ペトロフ大統領が政権を握った2000年当時、統一ロシア党(当時は結党前で"我が家ロシア"ほか複数政党の寄り合いだったが…)の首班候補にそんな名前の有力者は存在しなかった。


ペトロフの最大のライバルは、彼の師であり同時に最終的に敵対した、ボリスだった。

ウラジーミルという名の政治家など、取るに足らない存在だったはずだ。


一つの違和感が、次の違和感を呼び覚ます。

視線が、年表の別の記述に吸い寄せられた。


このメールの世界では、大統領の任期が「4年制」として扱われ、定期的に選挙を実施しているように書かれているのだ。


ヴォルコフの背筋を、冷たいものが走った。


実際のロシア連邦は、憲法制定時からポルトガル共和国の憲法制度をモデルとした「任期5年・連続2期まで」を国体の基本としてきた。


現大統領ペトロフも、2000年の就任以来、その揺るぎないカリスマで政権を築き、あと2年はその座にあることが確定している。


(これは、単なる誤記か? あるいは、60年後の未来人が、我々の時代の些細な政治制度を不正確に記憶していただけのことか…?)


そう考えようとした。


だが、秒単位で自然災害を予測し、他国の衛星の特定の部品がショートすることまで正確に言い当てた情報源が、自国の国家元首の名前や、憲法の根幹をなす任期を間違えるなど、あり得るだろうか。


ヴォルコフは、弾かれたように椅子から立ち上がり、窓辺へと歩いた。


ガラスの向こうには、雪化粧をまとったクレムリンの赤い城壁と、黄金のクーポラが静まり返っている。

この国の、揺るぎない権力の象徴だ。


だが、その見慣れた光景が、今、まるで違う世界の風景のように見え始めていた。


彼は、ある恐ろしい可能性に行き着いた。


このメールは、「未来の予言書」などではない。


これは――我々が警告を受け取らなかった場合に起こった、ある一つの歴史の記録ログ)に過ぎないのではないか。


だとすれば、我々がメールの情報を使って回避した数々の災害、アメリカに仕掛けた情報戦、そして何より、ヴィクトル・ペトロフという男が大統領になったこと自体が、すでに元の歴史タイムラインを大きく捻じ曲げてしまった結果なのではないか。


自分たちが歩いているこの道は、もはやメールが示す未来へと続いてはいない。

羅針盤だと思っていたものは、とうの昔に壊れていたのだ。


ヴォルコフは、窓ガラスに映る自分の顔を見た。

そこには、未来を知る者の傲慢さではなく、未知の海にたった一人で漂い始めた船乗りの、静かな戦慄が浮かんでいた。


歴史には、殺されたはずの亡霊がいた。

そして自分たちは今、その亡霊が彷徨う、誰も知らない航路を進んでいる。



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