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餌だったという事実

オリガルヒから国家が吸い上げた富は濁流となり、二つの川に分かれて流れた。

一つは、長年の疲弊で枯渇しかけた国庫を満たすために。

そしてもう一つは――セルゲイ・ヴォルコフが率いるロスコスモスの口座へと、静かに注ぎ込まれていった。


不透明な国家会計の奥深くで、本来ならば政権の周辺に落ちるはずだった数十億ドルもの資金が、大統領の意志によってプロジェクト「ソコル」へ振り向けられていく。

その一部は、日本や欧州との共同経済政策を円滑に進めるための資金として表向きに使われたが、大部分は国内の新設工場群へと流れ込み、部材、試験設備、そして人材を着々と揃えていった。


2005年2月、パリのESA(欧州宇宙機関)本部。

ロスコスモスとESAの定例技術協力会議で、ヴォルコフは一枚のカードを切る。


背後のスクリーンに映し出されたのは、再使用型液体燃料ロケットの精緻なCG映像だった。


「皆様」

穏やかな口調でヴォルコフが語りかける。

「これは、我が国のソユーズ後継機として開発を進めている次世代輸送システム『ソコル』のコンセプトモデルです」


会議室に、小さなどよめきが走る。

ロシアが旧式のソユーズ改良を超える開発計画を持っているとは、誰も予想していなかった。


ヴォルコフは続けた。

「この構想は、平和的宇宙協力の精神に基づいています。特にアビオニクス分野でのESAとの共同研究がなければ、ここまでの発想には辿り着けなかったでしょう」


その言葉に、理事たちは互いに目を見交わす。

スクリーンに映る『ソコル』の管制システムには、彼らがかつて科学探査衛星向けに提供した民生技術やセンサー思想が見て取れた。

また、大気シミュレーションアルゴリズムを基礎とする制御技術――それは、過去の共同研究から着想を得たであろうことが、専門家なら直感できるものだった。


そこに裏切りの色はなかった。

ただ、同じ資源と知見を共有してきた結果、それぞれの立場で異なる目標に結実した――その事実だけが、重く残った。


(私たちは、いつの間にか鷹を育てていたのかもしれない)


そう思った誰かの視線を、ヴォルコフは静かに受け止めていた。

彼の瞳は、何も語らなかった。

だがその沈黙は――パートナーシップの複雑さと、そこから生まれる力の現実を、雄弁に物語っていた。

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