寄生虫の掃除
インド洋の悲劇を背景にしたロシアの「人道的勝利」は、ペトロフにとって最高の追い風となった。
世界中のメディアがロシアの迅速な行動を称賛し、その国際的地位はかつてないほど高まった。
この「聖人」の仮面を被ったペトロフは、ついに国内の最大の癌であったオリガルヒの徹底的な排除に乗り出した。
津波のニュースがまだトップ記事として扱われているその裏で、ロシア国内では静かで、しかし暴力的な嵐が吹き荒れていた。
モスクワ中心部。黄金の装飾が施された超高級ホテルのペントハウスで、石油王ミハイル・ヴォロシンは震える手で衛星携帯を握りしめていた。
窓の外にはクレムリンの尖塔が見える。かつては自分の庭同然だったその場所が、今は自分を捕らえる檻のように感じられた。
「……頼む、ジョン、助けてくれ」
彼はバスルームに閉じこもり、必死に声を潜めていた。電話の相手はロンドンにいるMI6のエージェントだ。
「ペトロフの犬どもが、すぐそこまで来ている! 資産は全て凍結された! このままでは……!」
『ミハイル、落ち着け。我々も手を尽くしているが、今のロシアは――』
「言い訳は聞きたくない! いくら欲しい! 今までお前たちにいくら渡してきたと思っている!」
その時だった。ガン!という大きな音とともに
バスルームの分厚い扉が、外から蹴破られた。
ヴォロシンが悲鳴を上げて振り返ると、そこには黒い戦闘服に身を包んだFSB(連邦保安庁)の特殊部隊「アルファ」の隊員たちが立っていた。
ヘルメットの黒いバイザーの奥から、無数の銃口が彼に向けられる。
携帯が手から滑り落ちた。
「ミハイル・ヴォロシンだな」
隊員たちの間から、一人の男がゆっくりと歩み出てきた。階級章のないその男は、部隊の指揮官らしかった。
彼はヴォロシンを一瞥すると、その視線をゆっくりと部屋全体に向けた。
金箔の蛇口。イタリア製の大理石。壁一面に飾られた現代アート――。
指揮官は、まるでゴミ溜めを見るかのように、その唾棄したくなるほど贅沢な室内を見渡し、やがて冷たい声で部下たちに命じた。
「国家への反逆と不正蓄財の容疑で身柄を拘束する」
「……壁の裏、金庫の中、そしてこの絵画の裏もだ。徹底的に調べろ」
「この部屋にある全てのものを、一つ残らずひっくり返せ」
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