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囁きと疑念

2003年10月29日、ドイツ・ダルムシュタット。欧州宇宙運用センター。


ESAのミッションコントロール室は、静かなパニックに包まれていた。

壁一面の巨大スクリーンには、次々と「SIGNAL LOST(信号喪失)」や「CRITICAL VOLTAGE DROP(重大な電圧降下)」といった赤い警告表示が点滅している。


観測史上最大級の太陽嵐が、何の慈悲もなく、人類が宇宙に築いた脆いインフラを鞭打っていた。


「ダメだ! 探査機『マーズ・エクスプレス』との通信が途絶!」

「気象衛星『メテオサット』もセーフモードに移行! 被害甚大だ!」


管制官たちの悲鳴にも似た報告が飛び交う中、ミッション・ディレクターのクラウスは、苦い顔でコーヒーをすすっていた。

彼らの誇る最新鋭の衛星たちが、なすすべもなく沈黙していく。


その時、一人の若いオペレーターが、信じられないといった顔で声を上げた。


「ディレクター! ロシアの衛星網を監視しているのですが…」


「どうした? 彼らの『グロナス』も落ちたか?」


「いえ…それが…」

オペレーターは言葉を続けた。

「彼らの衛星は…一基も、被害を受けていないように見えます。全ての信号が、正常です」


その報告に、コントロール室は水を打ったように静まり返った。


クラウスは席を立ち、ロシア衛星のテレメトリデータが並ぶモニターを食い入るように見つめた。

ありえない。ロシアの衛星は、西側のものより旧式で、放射線への耐性も低いはずだ。

それなのに、なぜ。


「…偶然か?」

誰かが呟いた。


「偶然でこんなことが起きるものか」

クラウスは吐き捨てるように言った。

「まるで、嵐が来ることを事前に知っていて、全ての衛星のソーラーパネルを最も影響の少ない角度に向け、重要回路を事前にシャットダウンしていたかのようだ」


――その日の午後。


クラウスはワシントンのNASAの技術部長と、極秘のテレビ会議を行った。

NASAもまた、壊滅的な被害を受けていた。


「…それで、クラウス。君のところもか」

NASAの技術部長の疲弊しきった顔が、画面に映る。


「ああ。そして、奇妙なことに、我々の共同プロジェクトに参加しているロシア人科学者たちが、数週間前から『太陽活動の活発化に備え、機器の追加シールドを検討すべきだ』と、妙に執拗に提案してきていた」


「我々のところも同じだ」

NASAの技術部長は頷いた。

「彼らは、何かを知っている。我々の知らない、何かを。彼らの予知能力じみた『幸運』は、これで二度目だ。9.11の時も、彼らは妙な動きを見せていた…」


二人の宇宙機関のエリートは、画面越しに互いの顔を見合わせた。


彼らの心の中に、同じ疑念が、黒いインクのようにゆっくりと広がっていく。

ロシアは、何かを持っている。

我々の理解を超えた、予測技術か、あるいは別の何かを。


そして、彼らはその事実を、巧妙に隠している。


――ヴォルコフの未来からの警告は、敵を欺くだけでなく、味方であるはずのパートナーたちの心にも、静かに、しかし確実に、疑念という名の楔を打ち込み始めていた。



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