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次善策

【連絡】

ここでストック切れましたので、またストックたまったら投稿再開します。

ご承知おきお願いします。また代わりに "灰色の空、かすかな光"の第1.5部~2部を投稿します(._.)。

できればですが、ここで本作の感想をいただけるとうれしいです。参考にしたく(^_^;)。


以下前書きです。本作中のSBUおよび右派系武装組織の関係は、この世界線独自のIF設定であり、現実の組織・人物をそのまま反映するものではありません。

その夜、リヴォフの石畳は、NATOパトロールのブーツの音と、若者たちの陽気な笑い声が響いていた。ミハイルは、その日常の風景に溶け込みながら、聖域の光が届かない裏路地を選んだ。 街角の、監視が薄いエリアでだ。


彼は、コートの襟を立て、周囲に人の気配がないことを確認すると、あの黒い通信機を取り出した。 傍受されるのは覚悟の上で、限界までスクランブル暗号をかけた無線を起動させる。


それでも足がつく懸念はある。 ミハイルは、この街の秩序を司る者たちを侮っていなかった。


(SBUは…)


彼は、ウクライナ東部での苦い経験を思い出す。


(旧KGBの血筋を分けたかつての同胞は、無能とはほど遠い。たとえ清廉ではなくても、だ)


ノイズ混じりの回線が、モスクワのウプラーヴニクに繋がった。 ミハイルは、猟犬の低い声で報告を始めた。


「…確保、失敗」


通信の向こうで、上官のわずかな苛立ちが伝わってくる。だが、ミハイルはそれを遮った。


「対象はなんなんだ」


彼は、訓練された冷静さを失い、純粋な疑問の声を投げかける。


「カテゴリ・ゼロどころじゃない。あれは、我々が想定している『学者』や『工作員』の類じゃ、なかった」


ミハイルは、コートの胸ポケットに仕込んでいた超小型カメラのデータを、通信機に接続されたエンコーダー(暗号化装置)に流し込んだ。


「詳細は画像を見てくれ。小型カメラでとった不鮮明なものだが、わかるだろう」


彼は、あの図書館で、エレナと対峙しながらなんとか仕込んだカメラで記録した、あの光景を送信する。


「ロボット、ロボットだ」


ミハイルの声には、彼自身の混乱が滲んでいた。


「現代のおもちゃじゃない。米国の連中が自慢してるような、あの不格好な鉄の犬でもない。継ぎ目のない、完全な、ロボットだ」



数日後、モスクワ、クレムリン。 国家防衛管理センター(NDTS)

ミハイルから送られてきたその写真、そしてエレナの言動――「確保」への絶対的な拒絶、NATOの要塞リヴォフへの逃避、そして物理的な脅威(ロボット)。 それら全てを収めた報告書が、テーブルの中央に置かれていた。


会議の参加者たちは沈黙していた。 この部屋にいるのは、ロシアという国家の「地図」を握る、ヴォルコフ、ソクーロフ、ペトロフ、シェスタコフ、そして書記としてのパーヴェル、この五人だけだ。


ペトロフは、執務室の空気が灰色になるほどたばこにふけり、濃い煙の向こう側で、この事態の重さを測っていた。 ソクーロフは、理解を超えた事象に直面し、疲れたように額をもんでいる。


そして、ヴォルコフは、パーヴェルが印刷した写真を、ただ一点、凝視していた。 ミハイルが胸ポケットのカメラで撮った、不鮮明な画像。リヴォフ大学図書館の書架を背景に、ぼんやりと映り込む、あの護衛(ロボット)の姿。


現代の技術水準を遙かに超えた異質なもの。 液体金属のような滑らかな装甲。人間の骨格とは似て非なる、機能美の塊。 それは、エレナに対する情報を鮮明化していた。


(そうだ、いくつかの想定があった)


ヴォルコフは内心で苦くつぶやく。


(未来メールの送信者は、ロシア人であり、ただの未来の人間である。素直に読めば、そうなるだろう)


エレナ・ソロキナ提督。地球統合防衛軍。その名前と階級は、我々が理解できる範囲のものだ。


(だが、メールの内容は、異常だった)


この写真の「ロボット」は、その異常さの、最初の物理的な証拠に過ぎない。 本当の異常は、ヴォルコフが18年間、技術者としての理性で蓋をしてきた、根本的な矛盾にある。


(まずメールが時間を跳躍したこと。)


ヴォルコフの思考が、物理法則の壁に突き当たる。


(たかだか、60年で相対性理論が覆され、情報を過去に渡せるようになる?、それも総力戦で敗北寸前だった人類が、特定の過去の時間帯に、詳細に送り込むだと?。)


ヴォルコフは、ロスコスモスの長官として、技術進歩の現実的な速度を知り尽くしている。


(それが無理だろうということは、薄々察しがついていたのだ。)


このエレナ・ソロキナという女は、あるいは彼女が使う技術は、 まっとうな技術進歩ではない。 「未来のロシア人」というカテゴリーには、収まらない。


次に、メールに書かれていた人類の歴史。 文字化けによる破損やぼかされた情報を除くと、その記述はあまりにも奇妙だった。


21世紀前半の人類の宇宙技術は、停滞していた。加速収穫の法則ですらない、線形的な(あるいは停滞的な)進歩しか描かれていなかった。


だが、来訪者への対応が始まった瞬間、歴史の記述は一変する。 まるでダムが決壊したかのように、人類が、火星圏や月面に基地を設けたという記述が、何の前提も脈絡もなく、一足飛びでいきなり現れたのだ。


(それは、歴史的矛盾だ)


ヴォルコフは確信していた。


(しかも技術的な助言内容とも矛盾していた)


メールはOD-2やヴォストーク級の建造を推奨した。だが、その建造方法や生命維持装置、宇宙金属精錬の解決策は、何も教えてくれなかった。 未来メールの技術的な助言は、確かに文字数の限界はあれど、あまりにも核心的な情報が欠落していたのだ。


(過去、ヴォストークを製造するときにも思っていたことだ)


あの地図は、目的地(ヴォストーク級)は示していたが、そこに至る航路(設計図)は、空白だった。


(人類は、己の足で、おそらく…火星に人を送り込むことができていなかった。あの世界では2050年代になっても、だ)


では、どうやって彼らは一足飛びに火星に到達したのか? 自力ではない。 ヴォルコフは、目の前の写真――あの異質なロボットの姿に、その答えを見た。


あの未来の人類は、このロボットの技術を、あるいはこのロボットそのものを、どこかで手に入れたのだ。そして、エレナ・ソロキナは、その技術の「源泉」そのものだ。


「つまり、人類は来訪者との戦いで、誰かの手を借りた…ということか」


静寂を破ったのは、ペトロフだった。 彼は、ヴォルコフがたった今たどり着いた結論と同じ回答に、政治家としての理詰めでたどり着いたのだろう。葉巻の煙が彼の表情を隠しているが、声が乾いていた。


その言葉の重みに、ソクーロフも無言で、同意の頷きを返す。 彼にとって、人類の法が及ばない外部の介入者の存在は、最も忌むべき変数だった。


「その可能性が高いとは、私も思います。議長」


ヴォルコフは、ペトロフの推論を固い声で肯定した。


「メールの記述は、人類の独力による技術進歩としては、あまりにも矛盾が多すぎた。あれは『進歩』ではなく、外部からの『強制進化』だったと考えるべきです」


場の空気が重く沈んだ。


「…しかしまあ…とんでもないことだな、これは」


声の主は、シェスタコフだった。彼は、どこかあきれたように言った。 彼は現実的な舵取りで、未来メールについては戦略的優位として飲み込んでいた。 だが、ここでおそらくは、異星人――それも高度先進文明の協力者――が出てくるとは、想定していなかったのだ。 彼のリアリズムが、このSFのような現実に軋む音がした。


だが、彼はすぐに元軍人としての思考に戻った。過去の分析より、現在の脅威だ。


「セルゲイ、君はこの女が何をしたいか、想定がつくか?」


シェスタコフはヴォルコフに話を振った。 ミハイルの報告書は、あまりにも不可解だった。


「意図的にその存在をちらつかせたのは彼女だ。一方で、協力は否定的。だが敵対もしない、まるで謎かけだ。君の意見を聞かせてくれ」


シェスタコフの問いは、この部屋にいる全員の疑問でもあった。 だが、ヴォルコフは首を振った。


「分かりません。いくつかの仮定はある。だが、それは仮定に過ぎない」


彼は、あの異質なロボットの写真を、頭の中で反芻する。


「少なくとも、我々は彼女との接触を続けるべきです」


ヴォルコフは会議の参加者に告げる。


「カテゴリ・ゼロは維持せざるを得ないですが、敵対行為ととられかねない状態は――ミハイルが報告したような、物理的な『確保』をちらつかせることは、避けるべきかと」


ヴォルコフの脳裏には、焦燥感があった。


これがロシア国内、あるいはベラルーシのような影響圏なら、話は早かった。もっと荒っぽい手段で強引にでも対象を拘束し、このNDTS(国家防衛管理センター)の地下で対話する。あるいは、ペトロフがリアン・フーにしたように、ヴォルコフが自ら誠意を持って出向くことも一つだった。


(だがそうではない、状況はそれを許さない)


ヴォルコフは、目の前の電子マップに映る、ウクライナ西部、赤く塗られた敵性地域を睨みつけた。


(あそこはNATOの聖域だ。ロシアのロスコスモス長官として出向くことも、またFSBやGRUの特殊部隊スペツナズを工作員として多量に送り込んで戦うこともできない。それは、我々が慎重に進めてきた欧州ドイツ・フランスとの関係を破壊し、ポーランドとアメリカを刺激し、情勢を致命的に悪化させかねない)


「手詰まり、ということか」


ペトロフが、短く呟いた。


「つまり」


ソクーロフは、ヴォルコフの言葉の裏にある、その絶望的なまでの手詰まり感を引き取り、話をまとめる。彼の眉間は、情勢の険しさを反映した深いしわが現れている。


「申し訳ないが、現地の工作員ミハイルには、あの『羊のマルティン・ヘスラー』を被ったまま、なお努力して接触してもらうしかない。我々には、それ以外のカードがない」


ソクーロフは、ヴォルコフを見た。


「そういうことか」


ヴォルコフは、ただ、重く頷くことしかできなかった。

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