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六「魂の居所」

 「私たちの中で個体差、と言うよりも性格のようなものを指すとしたらチップの違いでしょうね」

修繕の依頼をしに、1WMの居住区へやって来たが、途中でいきなり降り出した豪雨(スコール)により、身体が濡れてしまい外殻を外し細部に入り込んだ水分をエアーコンプレッサーで除去して貰っていた。

「単為生殖でも個体差がある。その文語発音、変だぞ」

「文字文化から雌個体を模してみているの」

コンプレッサーの吹き付ける音で少し聞き取りづらいため、雑音除去機能を作動させると1WMの声がより鮮明に聞こえてきた。それに違和感を覚え機能を切ると、丁度コンプレッサーの音が止み、水分の除去作業が終了した。

「この部品、旧モデルね。フォーカスレンズが連動しないから視界がぼやけるのも当たり前」

実は全く問題のない左目のセンシングをわざと旧モデルにし、元々開発機関にいたこの機体にマイクロ基板の修繕を依頼しに来ていた。外では激しい雨とは反対にやわらかい風が吹き、雨は雨どいを伝い、滴り落ちる。部屋の中では基盤がジリジリと静かに焼け、煙が昇る。O1Tは雨音と作業音を聞きながら自身の部品が直っていくのを見ていた。

「リペア申請書のアクセス希望欄に機関別アクセスネットワークを付け足してストレージ容量をごまかせば前職のデータを引き継げる」

「発覚したらクリアリセットだ。告発する機体がいたらどうする」

1WMが修繕された左目をはめてくれている。視界には機体の半身が映り、顔はもう半分の方にあるのか、見えない。完全にはめ込まれると、真暗な半分の視界に文字が浮かび上がる。

《…………ット確認_起動開始》

視界レベルが一気に通常の画素に戻ると、眼球カメラはもう半分に隠れていた、見つめてくる()()を、捉えた。

「そう。だから、貴方にしか伝えてない」

 大粒の雫が地面に激しくぶつかり、雨風が巻き上げた(ちり)で空気が(よど)む。雨音の中には工場からの鈍重な金属音が混じっていた。(にび)色の雲の奥に滲む夕陽によって、オレンジがかった薄紫色が人形たちの世界を包み込んでいた。


 エルンストの魂が宿った人形は故郷と変わらぬ美しい世界で大空に輝く星々を見上げ、認識し、データ化された景色を見つめていた。 


「西暦……すみませんその記録はありません」


 目覚めてから居場所を確認するため小屋のコンピュータをいじると東経九十八度三十分、北緯三十九度四十四分に位置する合衆国の首都からかけ離れた中華大陸にいることが分かった。


「人類。文明時代について詳しくは判りません」


 ――何故だ。ハーマンとの仮説は完成されていた。相対性理論が未来へ行くとするならば観測力理論は過去へ行く理論だったはずだ。進み続ける時の流れを否定することはやはり禁忌《アクセス不可_権限を要求……失敗》……それに問題はもう一つ、この並行世界。瓜二つの地球、瓜二つの宇宙。文明が崩壊しているとなれば並行世界の証明が出来ない。単純に私の記憶原子が長い間電子の海を彷徨っていただけかもしれない。だが何故この時代のこの機体に入った? 私とハーマンの仮説『()()()()()()』では地球上での時間の超越は重力によって地球に引き付けられるはずだから重力付与の計算が間違っていたのか。だが少しでも間違えていれば実験は成功しないはず。この記憶は本当に実験直前の記憶か《アクセス不可_権限を要求……失敗》実験は成功したが何らかの問題が発生した可能性もある。データの更新が出来ない緊急事態でわざと未来に送られた、または自分を電子の世界に投げ込んだ可能性も……私は死んだか? とりあえず……この世界を知る必要がある。

 空を眺めるエルンストの元にW4Yが近寄る。

「1WM。いえ、エルンスト・シュトラ――」

「教授。と、そう呼んでくれないか。それと色々考えたが、思考が制限されることがあるな。アクセス権限ってなんだ?」

「母体です。我々、作業区機体は全て統制部が管理する母体に接続されています。作業内容によって同期します。その同期によってアクセス出来るネットワークが決まっています。教授の機体が同期している母体は――」

「調査母体だ。アクセス数最大の機関。それに1WMはリペア申請をごまかしていたから、アクセス出来るネットワークは他の機体より多いはずだ」小屋で作業していたO1Tは遅れてやってきて言った。 

「そうか……私が人間であること、機械に魂が宿ったこと。可能性や既存の情報を頼りに判断してどう思う?」

「自身が人間でタイムトラベルしてきた。と、()()()()()されていますね」

「その個別形成プログラムはウイルスだ。除去しなければ1WMの記録媒体まで感染される」

エルンストとW4Yの会話にO1Tは無理矢理入り、エルンストの前腕部を掴み持ち上げる。

「O1T、あの改造パソコンに問題がある可能性もある。確認してからにしよう。強制的に不具合修正すればこの機体自体が使い物にならなくなることも視野に入れる。それにお前は生命に興味があったじゃないか。もう少しこのバグ、見届けよう。判断はいつだって出来るだろう」

「ならばさっさと実行しても結果は変わらない。システムは再度確認したから次は問題ない。お前こそ興味が湧いたのだろう。頑なにテツガクにアクセスしなかったはずがいきなりこれだ。あのハシボソガラスに影響され――」

 提案と却下を繰り返す二機の様子は頭の固い人間の話し合いを見ているようであった。エルンストは生命の惑星で繰り広げられる不気味で無機質な知能の殴り合いに呼吸を必要としないこの身体で息を吞む。腕を振りほどき一歩下がると砂の上に転がる小石を(かかと)で踏み潰した。

「二人とも、落ち着い……冷静……どう表現すればいいか判らないが、W4Y君が言うようにとりあえず少し待ってくれないか。試したいことが山ほどあるうえにこの実験データはまだ完璧ではない」

 三機はエネルギー充填をしに居住区へ戻った。エルンストは自分が宿った機体が使っていた活動所と呼ばれる人間の気配を感じないのにも関わらず誰かが使っている痕跡を残す生活感のない作業部屋のような寝床に案内され、ドアを閉めると器具が置かれた机の下にしまわれた椅子を引き出し、腰かけた。心の疲れと体の疲れの差に気味悪さを覚え、ナットを手に取り埃を被った作りかけの基盤に目線を移す。机の端から延びる可動アームに取り付けられたルーペを顔の前に調整しその基盤をじっくり観察した。

 時折部屋に入る隙間風の音が意識を引き戻し、自分の身体から鳴る軋む音が不気味に頭の中に響く。未知の出来事を思い起こしてみると、機械たちの合成音声が妙に脳裏にこびりついている。そこでふと気付き、声を出してみる。

「あ。あ……」

自分の声が自分の声ではない。まるで他の誰かが喋っているよう。机の上に置かれた傷だらけの薄い鉄板に淡く映る機械の顔と、青い目を見る。ため息すらつけないこの身体で、毎朝見ていたしわだらけで髭ずらの醜い顔を思い浮かべるが、それはどこかへ遠のいてゆくようで、視界と世界の全部が歪んでしまうような感覚を覚えた。暗く沈む部屋の中で外から聞こえる金属音だけが現実だった。着実に息を潜め、忍び寄るこの恐怖を必死に抑え込み、多くの謎が残る世界で彼はただ一人、孤独に思考を巡らせていた。

 

 朝日が上り始めた頃、視野に映るウィンドウのエネルギー残量を見てから二機が待つ集合場所へ向う。

「自分の記憶を削除すると宣言していたが、その様子だとしてないみたいだな」

「あいつを1WMの体から追い出してからな」

 エルンストは居住区を興味津々で観察する。部屋から出てくる作業機体たちは皆、中央に建てられた工場へ向かっていた。画面が割れ、傾く電光掲示板、均等な高さのビル、機体たちが通るにはゆとりがない人間サイズの路地裏へ続く通路。錆びれ閑散(かんさん)とした街並みはどこか人の痕跡を残している。遠くからブザーが鳴り中央に建設された工場から鈍い音が聞こえた。集合場所につくと表情が出るはずのないO1Tはどこか不機嫌なように見えた。二機から話を聞くと、どうやらこの世界全てがネットワークで支配されているような便利で近未来的な社会ではないことが分かった。端末なども無く検索という行為が出来ないため、アクセスできる情報網がオフライン下で閲覧出来るようになっているとのことであった。二機に自分の身体である、前の持ち主1WMの機体データの保管場所を聞くと、

「体重なら、定期カウンセリングを実施している役所に行けば閲覧可能ですね」

「おいバグ。勝手なことするなら削除するぞ」

全長二・四三メートル、本体重量百八十五・五キログラム。個体差はあるが、作業機体の規格サイズはある程度同じである。登録してあった記録と現時点の重量の差を調べると五グラム増えていた。

「その差が、魂が宿った証拠ですか。そんなもの誤差の範疇ですし隙間に挟まった砂利かもしれませんよ」

「おい不具合。帰れ。並行世界とやらに」

次に機体内部の処理速度。人間の複雑な感情を処理しているならば決定的な変化があると考えた。結果は他の機体より少し遅いが動作に問題は全くなく、O1T、W4Yと同じ程度の速度であった。おそらくアクセス数最大の調査機体がその情報網を保存するために接続した外付けハードドライブが原因であると結論付けた。その後、仮説、試験を繰り返したがどれも全て良い結果は得られなかった。

 「おいコンピュータ・ウイルス。バグ。不具合。聞こえているだろ」

路地裏で座り込むエルンストの頭をO1Tがコツコツと叩き、顔の側部の外部音取り込み口に向かい音量を下げて(ささや)く。

「お前機械工学の心得があるとか言っていたな。ウイルスの害は俺ら機械は一番知ってんぞ。ウイルスはな、ネチっこくシステムにしがみついて最後の最後まで余計な事する。この調べたいこととかいう悪あがき、何かによく似ていると思わないか」

いじけるエルンストの脚部をつつき、見上げ顔をかしげるハシボソガラスを撫でながら持ち上げ立ち上がった。この子には名前が無かったのでジェイクと名付けた。ユニークな名前をつけようと考えたが子供の頃に家へやって来たボーダーコリーにスパルタと名付けたことを思い出して考えるのをやめた。

「削除される決心が――」

エルンストはO1Tを無視しW4Yに質問する。

「まさか、機械に人間だと証明しろと言われると思ってなくてな。こんな簡単なことで証明出来るなら苦労しない。言うなれば、この口調も人間であることの示唆だと言える。君たちの口調は少し堅いというか、定型的のような。感情の直訳と言うべきか。私達の世界では冷たく聞こえるね。いつか君たちの喋り方に寄ってきたら私は魂を失ったということだ。屁理屈かもしれないが、早く証拠を見つけないと」

「体重にシステムの処理速度、パーツを外した際の痛覚、ハシボソガラスとの動物実験。最終的には言論での言いくるめ。個の認識やテツガクは説明しても無駄ですよ。ただでさえ我々の本質は鋼と「0」と「1」で構成されているのですから」

 エルンストは実験だけではなく、会話の中での彼らの特徴も探っていた。自身の世界での人工知能より物事を知らないが彼らは人間に近い言動をしていた。人間を作り上げるうえでの最大の壁は、人間の規格に人間の能力を詰め込むこと。いくらナノテクノロジーが発展してようと、多少大きいとはいえど、このサイズで可能とする人工知能の限界を優に超えている。未知の技術が彼らには詰まっている。だがなぜか知能が制限され可能性、選択判断、提示を基本に行動している。この世界を知るため、隙あらばケーブルの剥き出しの断面を押し付けようとしてくるO1Tを説得し少しばかりの旅へ出た。

 出発の日は心が洗われるような清々しい快晴であった。外部調査用の大荷物は、忘れていた身体の衰えを再度身に沁みさせる。そこで何故、太陽光や歩いているだけで発電出来るような半永久的なバッテリーを開発しないのか問うと、判らないと言われた。彼らは毎日充電しているようだが、純粋な消費電力からして約二十日は持つ計算だった。


「一か月間の長旅だ。歩行限界まで楽しもう」

「時間の示唆……ものが落ちるのは重力、鉄が溶けるのは熱、我々が動き思考するのは電気によって動いているから。時間が経ったからではありません」

彼らには時間の概念がない。


 出発から約十二日、エルンストの魂が宿る1WMが回収された森付近までやって来た。ここに来るまで多くの都市の残骸を目の当たりにした。使える物は回収されきっていたが、残った物は何かがぶつかった跡、コンクリートが焦げた跡だった。人類はおそらく戦争によって滅んだ。何十年、何百年が経ったのか推測が出来ないが、その歴史の爪痕は未だ草木に潜み、少し掘り返せばゴロゴロと出てくるはずであった。

「森は、危ないのだろう? 多少迂回しても歩行限界にはまだだ。ところで、どうして君たちは喋るんだ? わざわざ通信機を持ち出して調査に出る。元々内部通信でいいじゃないか」

彼らの生活に対する謎は深まるばかり。よく考えればこの社会には電波塔が無かった。地下ケーブルでも這わせれば近未来的な機械の生活に近付くのにもかかわらず、居住所にしてもイミテーションチップにしても人間に寄せた生活をしている。


「宇宙開発を支えるために鉄を作っているのに、生産性のない鉄塔や電気ケーブルを作って、しかも管理なんかしない。何故、我々が動き続けるのか。誰が作ったのか。誰がそう命じたのか聞いてもそうプログラムされているからと答えるほか無い」

彼らには疑問がない。ただ言われたことを永遠と繰り返し、制限された思考、制限された身体能力によって活動区と呼ばれる街に囚われているようであった。


 「どうして、哲学を学ばせるんだろうな。更新やカウンセリングも反乱因子を発生させない規則まで用意して……一体母体は何がしたい……」

雨が降り出し。あらかじめ鋼装に切り替えていた三機は灰色になる世界を進む。

 通信機の点滅が頭部外殻の中で光り、長方形に切り取られガラスがはめ込まれた視界に雨粒が当たり滴る、低くなる内部の温度は視野に映るウィンドウでしか把握できない。拾われた森から東へ約五百キロメートル。今から行く場所はO1Tが確認したと言う、大陸衝突の全貌。情報が確かならば、この先にはもとの世界には無かった山脈がある。

〈機嫌を直してくれないかO1T_かれこれ四日も喋ってないじゃないか〉

〈――――〉

〈しっかり着いてきてるよな〉振り返るが雨と霧によって見えない。

〈GPSで確認しているので問題ありません〉

激しい雨で下半身が霞み、幽霊のようなW4Yが見えた。

 その後、雨が止み霧が晴れると、流れてゆく雲の端から太陽の光が差し、無数の光の柱が現れた。やがてそれはカーテンのように繋がり、大陸の最東端にそびえる六千メートル級の山々を神々しく照らす。一気に広がった視界に、捉えきれぬほどの、まるで世界の端まで連なっているような巨大な壁が飛び込んできた。その峰の中でも一際高く切り立つ山の頂上は流れる雲を掴み取り未だその全貌を隠していた。

 荘厳(そうごん)たる峻嶺(しゅんれい)は確かにこの世界に根付き、存在している。

「これは……祖国では……私の世界では見られない。みんなにも見せてやりたいよ……」

無かったはずの景色に見とれるエルンストの背中を押したO1Tは、喋らなかったのではなく通信機に障害が発生していたことを知らせた。

「これ修理してなかったからな。この光景、1WMと発見したんだ。次の外部調査で登頂しようと計画していた。帰ろう、もういいだろ教授」

 

 ――出発の少し前。

「これ以上悪あがきするなら統制部に報告する。俺もクリアリセットされても構わない。1WMを元に戻すためなら、それが一番正しい方法だ」

調査に猛反対だったO1Tを調査終了後の記憶データ削除を約束し、納得させた。


 エルンストは現象の原因究明が出来ないことと実験が成功したのか失敗なのか分からずにこの世界から出ていくことを噛み締めながら、後悔の終末旅行を楽しんでいた。頂上を確認できなかった山を身長が高いレオナルドにちなみ、アルカ山、その山脈をジョーハーマン山脈と命名した。振り返るその間際まで大陸衝突による神秘的な光景を目に焼き付け帰路に着いた。エルンストはその後、二機の通信に答えなかった。三日間三機は一言も発さず、四百三十キロメートルの距離を一定の速度で進んだ。

 ――大陸衝突なんて百年単位で起こるものじゃない。一体何千万年経った世界なんだ。だとしたら活動区の外に人工物が残っているのはおかしい。戦争によるもの? 大陸を押し流す衝撃は爆発などでは考えにくい。それに……活動区まであと二週間、歩くだけの中で導き出すには時間が足りない。この世界は一体何なんだ。時間に関しても……時間は次元を移動できるか。分裂か? それとも全て平等に、そうするとニュートンが正しかったことに……タケヤマ教授の論文は絶対的時間を示唆するものだった。移動間に時間が発生するなら、ワープで次元の壁を越え、量子ひも理論により構築される過去は、観測地点から過去へ時間が流れることに……空間域グラフは間違いか。この観測データを持ち帰ればフィロンツの夢は叶うかもしれない。帰る……無理だ。タイムマシンは重力付与装置が無いと……この世界、確かにある世界で俺はたった一人。この世界で俺は……だがもういいか。元の世界の自分が夢を叶えてくれるはず。みんなもういないんだ。俺だって、このデータの自分を存在すると仮定するには……あまりにも現実的ではないじゃないか。

この身体では、生物らしい反応は何も出来ない。この感情が正しいかどうか、自身の内側にある何かを信じることでしか、自分を自分であると感じられない。

「俺はいま、どこにいるんだ……」

 どこか遠くで列車の音が聞こえる。鉄と鉱物がぶつかり合う重いはずの音が空気と混ざり軽やかにテンポよく響いている。青空に貼り付けられた雲が気流で少しずつ削られてゆく。惑星が織りなすその光景の中で崩れかけの心とは裏腹に鋼の背中は陽に照らされ硬く輝いていた。


 「長く黙り込んですまなかったね。どうすればこの世界でもう少し君たちと話し合えるか考えていたよ。私としても1WMを戻してあげたい。記憶データを他の使わなくなった機体に移せれば何の問題もないのだが」

「教授。我々はそうするつもりですよ」

振り返ると二機の姿は見えなかった。考えごとに夢中になりいつの間にか両隣に来ていたことに気付いていなかった。

 1WMを目覚めさせたいO1Tは記憶データの移行を考え、小屋に有り余っていたパーツを組み立て新しい機体を準備していたがエルンストが外部調査を提案した時にはまだ完成しておらず、出来上がっても正常に稼働するのか可能性が低かったため、敢えては言っていなかった。しかし条件付きでの旅に了承した後、W4Yが小屋に訪れ、新規機体の作成を提案してきた。意見が合った二機は同時に作成に取り掛かり、出発の前日には調整済みだった。

「なんで早く言わなかった」

「直前でもいいので言わなかっただけです。隠そうとしたわけではありませんよ。ですが個別で調整した機体なので――」

 十九日目、三機は外部電池式の自動走行に切り替え、残りの帰路を辿っていた。三十四日目、活動区まで残り五キロメートルとなり三機は再び内部電源で歩行していた。太陽は沈みかけ、空の半分が紫色の夕闇に染まる頃、中央鉄鋼場の一番高い煙突から黒い煙が天に向かい高く吹き上がっているのが見えた。

 

 《外部電源_起動_通信システムアップデート申請_許可……プロセス解凍_新規記憶データ解凍_再起動開始》

目を開けると、小さな円を描くよう揺れる電球が見え、横に佇む二機と目が合った。

「ここはどこかな。私はエルンスト・S・ノーバート。タイムトラベラーだ」

「――――」

開発部が調整した機体ではないため、失敗の可能性は十二分にあった。W4Yはただ立ちすくみO1Tは何も発さずにシステムの確認に急いだ。

「……なんてね。冗談だよ二人とも。隠していた仕返しだ」

断ち切った極太のケーブルを持ち上げるO1Tを抑え込むW4Yは安心した様子を見せ、新しい身体となったエルンストが高笑いする姿を不思議そうに見つめた。

「その連続する『h』と促音の文語発音は()()()()()

「驚いた……疑問を持つのはO1Tが先だと思っていたが」



 観測地点から過去へ行く場合、亜空間(ワームホール)を通り、を移動する。

観測した世界、すなわち過去には可能性の海が存在せず(Ⅳ3D空間域グラフ参照)事実しか存在しない為、無理矢理分岐点を発生させた時、要因と結果の関係性が崩れ移動地点から過去までの並行世界が構築される。この時異なる世界のO、Rのf_nが観測地点に収束され時空同士の接続現象が発生すると推測される。

        ――タイムマシン学タイムトラベル理論『Ⅶ 次元接続』

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