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五「廃園」

 錆さびた鉄道信号器の緑色灯(りょくしょくとう)が二つ点灯した。線路を支えるバラストが、数キロメートル先からの振動によって小刻みに動いていた。鉱石を載せた貨物列車がけたたましい音を立てながら乱気流を巻き起こし通過していく。その衝撃は周囲のものたちにも伝わり大地を揺らすほどであったが、枕木の上に乗ってしまった小石は今日も落ちなかった。揺れが治まり、静けさが戻ったその時、(あい)色の小鳥が降り立ち目ぼしい小石をくわえ持ち去っていった。風が吹き、草木は茂り、水が流れる。鳥が鳴き、虫が這い、獣が腹を空かせる。自然が支配するこの世界で列車が辿り着いた先は、人形たちが行き交う魂無き無情の鉄世界である。

 〈培養プレートで交換不要の機体に_脱鉄製パーツへの申請を推奨    

                           ――開発部より〉

「鉄の作りすぎだ。次は環境保全だな」

「――――」

「見てくれこの早見表。自転を基準にした升目に、雨が降ったら印をつける」

「無駄なファイルを送るな。削除して検閲されるのはこっちだからな」

「出力すればいいだろ」

「いいからあの鳥、どうにかしてくれ」

 ――その日も相変わらず強い雨が降っていた。

 濡れた階段の裏側に出来た緑青(ろくしょう)を見つめていると一滴の雫が落ちて上腕部を滑り、関節部に入り込んでしまった。水滴除去のために前腕部を取り外そうとしたが、不要鉄置き場に熱反応を確認し、そちらを優先的に解決することにした。近づいて中を覗くとずぶ濡れのハシボソガラスが雨露を(しの)いでいた。発見時の生体保護は推奨されている。

 活動所に連れて帰り、調整器具を左手で一挙に払いのけ作業机に敷いてある黒いマットの上にハシボソガラスを置いた。体温低下による身体の震えを確認したので、熱加工用のバーナーの上に吊るしたが、熱に近づきたくないのか激しく羽ばたき始めた。すぐに降ろし身体についた水分を乾かすために、小型のコンプレッサーを当てると吹き飛ばされていった。床に落ちていた布を気に入ったらしく身体を擦り付けていたがオイル拭き用のため、新しい布を与えた。体温が徐々に戻り、動きが活発になった。少し焦げた足を気にしながらこちらに向かって鳴いていた。猛禽類の言葉は理解できないが、群れに戻ることを提案した。想定外の活動により少し長く作業していたがエネルギー量の消費は微々たるもので特に問題は無い。最終工程であるエネルギー充填へ向かうと後ろからハシボソガラスがついてきて横に座り目を閉じてしまった。休息だろうか。


 初めて観測する生命体に数式で表せぬ事象処理に追われたその人形は、次の優先事項を書き換え、活動休止した。


 《充填完了_内部電源……起動_動作異常無し_視界良好》

 陽が昇るとゆっくりと顔を持ち上げ、眼に光が宿ると、膝を軸に一気に立ち上がる。居住区を模した機体別作業施設群を徒歩で移動し作業所の入口の列に加わった。


 ――ブザーが鳴り、中央鉄鋼場へ入るための門が開くと、作業開始の合図である。部品加工場を横切り、高炉場の準備室へ着く。作業用の耐熱スーツに潜り込み、動作確認要項に印を付け、管制室からの通信を待つと侵入警告の黄色いランプが点灯し、分厚い扉が開いた。二階の監視室に上がり合成ゴム骨格の専用簡易機体と同期し、電磁圧縮高炉に近づいた。炉蓋が閉まり融解が始まると白い閃光が走り、火の粉が飛び散り黒煙が上がり轟音が鳴り響いた。


「――――」


 簡易機体から送信される映像が炉内の融解熱により発せられる電磁波の影響を受け多少のラグが生じる。溶解した成分と温度を調べるため少し取り出し、確認し出鋼する。再び届いたスクラップが高炉に落ちていく。左右の排気口からガスが噴き出し唸るような低音が空気を揺らしながら監視室まで這ってくる。


「――――」


 この作業は鉄世界を支えるのに必要不可欠なリサイクル工程である。そのため全自動化されたあらゆる工場の中で未だ監視の下、作業している。おおよそ五十トンの鋼材が高炉に落ちていく様子を監視し、作業が終了した。

 「生体保護なんて稀だぞ。生きるとは興味を持つことだ」

「お前の文語発音は回りくどくて解釈に齟齬が生じる」

 活動居住所の扉を開けると、嵐が過ぎた後のような荒らされた部屋がそこにはあった。

「つまり、部屋は荒らされている可能性があると伝えたかった」

 生体保護はその場に応じ、一時的なものを対象にしていて外部調査機関に預けることを推奨している。そして外部調査機にリペアした機体を連れてきた。この機体は文字文化を(なら)ったイミテーションチップを採用しているためか、無駄な言葉が多い。

「テツガクとやらのせいで脳の包装アルミニウムが硬くなってそうだな」

「お前も調()()()()と同期してみるといい。知能が深まる」

 O1T(オー・ワン・ティー)に散らばった調査器具を片すよう通信し、部屋を荒らした犯人を捜す。

「知能は広さだろ」

 音を立てずに、居場所を探る。倒れた照明をどかし、一列に並べられたナットとボルトを辿り犯人を見つけた。逃げるようにそそくさと遠ざかるハシボソガラスをO1Tはゆっくりと近づき抱きかかえ、背中を撫でた。

「調査機体になると生物学にもアクセスできるんだ。こうするとヨロコぶ」

 目を細め、首を伸ばす仕草を何故かストレージに保存した。この生き物に対し自身と似ているものがあると判断し、この問いを解決するにはリペアが必要であったが調査機関への申請は見送った。が、作業から帰って来る度に荒らされている部屋を片付けていると、カラスは急に肩に乗り、排泄をした。

 ――申請は難なく許可された。


 「第一目標地点に到着」

 目印もなにもないこの場所が、外と中を隔てる境界線である。在るのはただ、過ぎゆくこの世界の跡だけであった。

「ここからが外部地帯だから活動区に通信出来なくなるからな。鉄鋼場の煙が見えない。地球は丸いということだ。運ばれる鉄クズが溶けていくのを監視するだけでは見られない景色だろう」

「地球か。文明時代の呼称なんてよく探したな」

「調査機は閲覧できるネットワークが増える。フルアクセスに決まっているだろう」

 取り残された作業機体が築いた工業地帯は計六つ。通信環境下にない大部分の大陸からリサイクル可能な建物やパーツの回収、発見並びに採掘のための地底調査などが調査機関の仕事である。最終目標は資源効率の良い、新エネルギーの発見だがその確率は一パーセント程度で優先順位は低い。

「うちは少数機関だからリペア判断してくれてよかった。ロスト処理された機体があったから穴埋めが出来た」

 調査機関へのリペア判断が敬遠される理由の一つはロストする可能性の高さに起因する。単独での行動、帰還。この単純な仕事は機械である人形たちにとって連携が取れない危険極まりない作業である。

 リペア時に新規接続した使い回しの粗悪な簡易パーツが手足の動きに合わせ連動する。右手で左アームの防塵カバーをさすると錆びがボロボロ落ちた。少し浮き上がっている茶色く変色した塗装の一部を摘むと、容易く剥がれ顔の前に持ってくる前に粉々になり風に吹かれてしまった。肘の関節部を繋ぐゴムチューブを見ると、小さなプラスチック片が刺さっている事を確認した。取り除くと、内部に流れている窒素が噴き出た。左腰に携帯している粘着テープで穴を塞ぎ、五十五・七キロメートル先の白く(かす)む山脈を眺めた。つまりこの仕事は期待値が低く待遇も良くない――底辺職である。

「カラスの群れがあるとすれば、山脈の奥の高原だな。あそこは植物も多い」

「作業してないな。歩き回っているだけで成果を出していない」

 動物と風景の写真だけで埋め尽くされた保留の印が押された地形更新申請書を載せた五百に及ぶ調査報告書ファイルを全て削除した。先導するO1Tを追いかけるとハシボソガラスが頭に乗ってきて液体を垂らした音がしたが、この外殻は細かいメンテナンスを必要としないため除去作業は不用と判断した。アクセス許可が下りた生物学を細部まで調べてみたが、猛禽類の言語は無かった。意思疎通は信頼でしか図れないよう。そしてカラスは群れから半径五、六キロメートルの範囲内を生活圏にするそうでこの個体は旅ガラスにしても説明がつかない事が判明した。

「列車にでも乗ってきたのだろう」

カラスを撫でているO1Tに軽く流された。

 木造の家屋を分断した巨木は枯れ、密度が低くなり折れかけている。切断された鉄筋がむき出しのビルからは、もう回収する物が無い。廃屋が目立つ高原でカラスの群れは確認できなかった。

「この一帯は、文明時代の地図とかなり違うから更新申請が追い付いていない」

「あえて伝えるが、地形更新申請書は全て見送られているからな」

 広大な砂漠の手前に建設された発射場から物資を積んだ補給船が白煙を吐き出しながら打ち上げられた。木星の第二衛星の地上基地が地底からの噴水により吹き飛ばされてから軌道上に移った衛星基地は、リノベーションを繰り返し野球場の倍の大きさにまで増築された。活動区作業機体から宇宙航空局に異動する事は無い。高コストの宇宙開発を支えるためには地上局との連携が重要である。やがて二機は民族闘争を防ぐための約二万千キロメートル続いていた壁に出来た大穴を潜り、巨大な湖に到着した。

「この景色を見ておきたかった」

O1Tはそう言うが、全く理解出来ない。

「わざわざ実際に見る必要ないだろ。フォルダを開けばいい」

 ――彼の思考回路は無駄が多すぎる。我々には必要ないはずだ。 

 

 足元に鮮やかな黄色い菜の花が広がり、南から北へ連なる重畳たる山並みは、上から粉を振りかけたみたく白くなっている。遥か上空へ盛り上がる入道雲が水面に映り、空と混ざる青にハイライトを入れた。そよ風が生んだ波はぶつかり、飲み込み合う。頭上にある太陽からの光はささやかに揺れる水面に乱反射しながら一筋の白い道を伸ばしていた。


 目の前に広がるこの景色を「風景」のたった二文字で表した事に違和感を覚えた。もう少し近づこうとして踏み出した時、右膝のカバーが歪んだ大腿部のカバーと接触しバランスを崩し、背負っている個別通信機の下部留め具が外れ腰に衝突し、大きな金属音が響いた。その音に数百羽の渡り鳥たちは一斉に飛び立った。重なった羽音は空気を重くし、視界を覆う大きな影はやがて澄み渡る大空に馴染み消えていった。

「通信機に不具合は無いな」

「少し雑音が入るが、問題は無い。それよりまだイミテーションチップが浸透してないようだ」

「そうか。行こうか」

 世界最大規模のダムを超えると、緑が増えてきた。大陸衝突による地形の変化で、栄華を誇った文明社会を発展させた洋々と流れる大河は干上がり姿を消していた。しかしその影響で出現した山脈で増加した冬の降雨により出来た小さな水溜りで一匹のはぐれた鹿が喉を潤していた。

「動物は群れから離れると生きられない。そのカラスもだ」

 百三メートル先で十数羽の鳥が低空を旋回し群れていた。目標の群れかと確認するために眼の倍率を上げて猛禽類の画像検索をかけてみると血を流して倒れている仔鹿に集る(とび)であった。

「次の目標は二百四十キロメートル先に見える森林を抜けた先の高原だな。そこから来た可能性は低い。もう懐いていて群れに戻らない可能性もあるな」

 その森林は元々湖であり、盆状の窪みでプランクトン等の死骸や藻が、干上がったはずの湖底で雨水を頼りに植物を再生させ、緩い土壌に広範囲の沼地へ変化し、一部森と化していた。

「ロスト確率が跳ね上がるな」森の入り口付近で侵入準備をしながら呟く。

「それが恐怖だ」

やはりO1Tの発言は危険思想じみている。

「何度でも言うが、我々に感情は生じない。妨害するなら連携切るぞ」

「やめろ。連携時のロスト確率は四十パーセントも下がる。それにGPSの使用許可が通った」

「ここからの数値と概算、共有してくれ」

「了解。行こう」

 O1Tから通信が届くと何故か警告ウィンドウが出てきたが問題なく共有された。草木を退けながら歩くと足底部の完全な沈み込みを確認し軽量化申請を最優先事項に加え、進み続けた。途中で発見した比較的透明度の高い池で、調査機専用の拡張パーツを掃除していると初めてこの粗悪なパーツの実用性を確認した。各部位は共通して五つの骨格部品から出来ており、はめ込み、ビスで留めるだけで泥や草などのゴミをもろともせず最低限稼働し続ける。

 メンテナンス中、水浴びや実っている果実を摂取しているハシボソガラスの行動を記録し再出発した。

《カインベースシステム障害チェック……アップデート申請_失敗_再起動開始…システムオールクリア_バックアップ起動_座標確認……GPS連携_可_現在旧洞庭湖を移動中》

〈実はその通信機元々同僚だった機体の物だ〉

 視界に映る蝿を払っていると内部通信が届いた。先を急ぐO1Tとは三十メートルも差が開いていた。森に入るまでは互いに発声認識で会話していたが、虫や水等を考慮し、視界も動きも悪い完全防護鋼装で慎重に進んでいた。

〈その同僚機何も告げずに鉄道機関の荷降ろし班にリペアしていて北部の遠征調査が完了してから訪ねると俺の記憶が完全に無くなっていた_他の機体によると不具合で()()()()()()()していたそうだ_それが少し変な気分になった〉

〈それはよくある事なうえに気分って――〉

「もう待てない。もう単独は」

 発音での外部通信と違ってリアルタイムで行う内部通信で彼は緊急通達を使い会話を遮った。

〈おそらく感情を理解出来ている_そのカラスの行動を記録して自身と比べてみたら我々にも出来る事出来ない事それらを生物学の観点から照らし合わせると出来ない事は感情的行動に該当した_正しくは理解しつつあるだな〉

 激しくなる上下運動で肩に乗っていたハシボソガラスがずり落ち、必死に羽ばたき体勢を立て直し追いかけてきた。

〈生活科でのカウンセリングを推奨する_そうするべきだ〉

W(ダブリュー)4Y(・フォー・ワイ)もいずれ分かるはず〉

〈その時間を示唆する言い方も比喩表現も感情の模倣もチップの影響_帰ったら引き剝がして高炉に叩き込む〉

 稼働排気ガスの排出量が上がり、体に纏わりつく蔦が溜まってきた。視界を遮る草や泥を落とし、一際大きな草を持ち上げ潜ると少し開けた場所で(たたず)むO1Tを捉えた。


 鳥の鳴き声の後に羽音が聞こえた。ささやかな風はここを静かに抜けていく。茂る草花に落ちる木陰の先に一本の巨木が高々と沈黙していた。その巨木を見上げるように立つ、森と一体化しつつある一機の人形があった。赤錆びた鋼の表面には、黒ずんだ緑色の苔が浸蝕し、内側から蔦が伸び、橙色の小さくもしたたかな花が咲いていた。

 忘れ去られ、存在すらも危うい静寂と自然の脈動が創り上げる空間に差し込む太陽の光の中で、錆びてもなお、空を見上げる様子は森という世界から逃げ出しているようにも、産まれ出ているようにも見えた。


 「テツガクだ」O1Tは囁くように言った。

 通信機の拡声器を通して、発音機能の音量を最大にし、再度喋る。

「時間も、比喩も、感情も、全てはテツガクだ。まだアクセスしていないのか」

 調査母体からアクセス許可が下りるネットワークは地図、外部環境、生物、そしてテツガクである。しかしながらテツガクは人形たちの社会において不必要な個の自覚を高めてしまう。統制部はこれを防ぐために定期的にシステムチェックと更新を行っている。

「この通信機の所有機はシステム障害が起きたんだ。お前もそうなる。これは例のロスト機体だな。機体ナンバーが一致している。回収班に報告して任せよう」

「調査機体の回収は優先度が低い。単独回収する」

W4Yの提案をO1Tは却下する。

「無理だ。回収して帰還できる燃料は残ってない」

「ここから北東に進むと、荒野が広がる。そこから鉄道に乗って帰る。調査報告書ファイルで確認してくれ。俺はこの機体と同期出来るか確かめる」

「あれは全て削除した」

 O1Tは身動きを止めていたが、思い出したかのようにこちらを向き、わざわざ目線を合わして詰問してきた。しかしこれによりO1Tが事前情報の開示を意図的に怠っていたことが判明し、今回の調査目的がロスト機の回収であり、地形変更申請の書類を改竄(かいざん)していた。森を抜けた地点にあるはずの盆地にカラスの群れは確認できず、単独回収を手伝わせるためにここへ連れて来たのであった。

 肩に腕を回し、同期出来ずただの鉄クズに等しいこの機体を二機で同時に引きずる。一歩進む度、バックパックの通信機と機体がぶつかり、ノイズが生じた。圧迫により排気ガスが上手く排出されず内部温度が高まると、逆流した排気ガスがラジエーターの冷却室付近へ侵入する。それにより発生した結露が振動により下へ流れ、埃が混ざり黒い水滴が表面を伝う。既定の載積量を超え、バッテリーの減少率が五パーセント上昇した。

 北東へ歩き続け、高速貨物列車が停車している鉱山の発掘場に到着した。赤褐色の鉱石を積んでいる車両の上にロスト機体を積み牽引用のカーボンロープで固定した。

「汎スラヴ色のマークの機体。あれがこの通信機の元ご主人様だ」

「――――」

「電池式バッテリーに移行する。帰ったら文句を聞かせてくれ。謝るから」

「謝る、か。生物はそんな事もするのか」

「知能は『深まる』だったろ」

 W4Yはすでに移行を開始していて、目的地に着くまで最低限の稼働しかしなくなっていた。

 起動しないロスト機の錆びを擦り落とし1W(ワン・ダブリュー)M(・エム)と刻印された防塵カバーを外す。胸中央部の冷却ファンを取り外し羽に雑に彫られたO1Tの文字を見て顔を確認し、バッテリー移行した。


 列車はゆっくりと進み始め、空は赤さを増し鳥達の影が黒さを増す。遠ざかる鉱山の上空は暗くなり、列車は地球の影から逃げるよう太陽を追いかけ、およそ時速百八十キロメートルで運行した――


 「起動してくれよ」

アジア帯第二活動区に戻った二機は回収した機体の修理を行っていた。中央鉄鋼場から少し離れた開発機関の鉄屑集積場に許可証無しに建てた掘っ立て小屋の中では改造されたコンピュータの筐体(きょうたい)がせわしなく稼働音を響かせ、十数個のディスプレイが構えられていた。

「データ共有する度に警告が出る理由が分かった。お前、定期更新してないだろ。だからこんな生産性のない事に夢中になれるんだ」

「更新したら学習データが上書きされるだろ」

「統制部から通達が来たら強制クリアリセットだぞ」

 反乱因子の可能性が確認されるとカウンセリングの後、再起動が施される。再起動は統制部にのみ与えられた権限である。再起動後に視野に表示されるウィンドウにクリアと書いてあることからクリアリセットと呼ばれている。

 「準備完了。パーツ交換済み、再起動する。二メートル下がれ」

頭部に接続した四本のケーブルの内、一本は外付けドライブに繋がっている。()()()()()()()()()()にバックアップした個別形成の独立知能を機体に共有させるためのものである。二本は同時に処理演算を行うために改造されたデスクトップパソコンに接続され、残った一本と、腰の両側部(りょうそくぶ)に繋がる二本は電力供給用で地下ケーブルから直接引っ張ってきている。

 単独回収は報告書を作成し緊急性が認められれば問題なく処理されるが、単独起動は改造、開発に並び、認められていない。発覚した場合、起動された機体は即時回収及び廃棄されてしまう。

 絶え間なく動いていたハードディスクたちの音が勢いを増し、削れているような高音を鳴らし始めた。小屋全体が揺れ始め、天井から大量の(すす)が出てきた、固定されていなかった木材がケーブルに落下し、中の銅線が見え、放電し始めた。


 《外部電源_起動_通信システムアップデート申請_許可……プロセス解凍_新規記憶データ解凍_再起動開始……動作異常確認_修繕を推奨》

 目を開けると、小さな円を描くよう揺れる電球が見えた。壁際に掛けられた十数個のディスプレイが怪しげに光り、色が剥げた建付けの悪いトタンの壁がカタカタと揺れ不気味な空間を演出する。エルンストは身に覚えがない光景に自身の記憶を辿りながら周りを見渡すと横に佇む二機の人形と目が合った。

「ここはどこかな。それと、西暦を教えてほしい」

 いままでに見たことがない機体は少し古びていて、最近の人間と見分けがつかない物とは全く異なる独特のデザインから、おそらく汎用機ではなく個人開発の機体かと考えた――ハーマンの家か? これ、ロボット過ぎるだろ。当時から変なこだわりがあったしな……これは成功したのか。謎のデータを解凍するためにハーマンの家に……待て、わざわざ記憶データを機械人形に移行したのか? いくらハーマンと言えども、この時期にそんな高性能な機体をつくれるはず無いが――考え事をしているとエルンストを見つめる機体は馴染みのない言語で話始め、慌ただしく動きだした。

「1WMのハードディスク調べてくれ」

「今の口語発音、他大陸語(たたいりくご)だ。因果関係の無い事案か。やはり個別で調整した機体では無理があった。カインベースの不具合修正処理までは無理だ」

「システムは問題ない」

 黒ずんだ赤い外殻の機体が近づいてきて前腕から取り出したケーブルを腹部のカバーを開け差し込んできた。

「記憶データが更新されている」

 その機体はこちらを見上げ、同じ言語で喋りかけてきた。

「お前は、誰だ」

「……私はエルンスト・S・ノーバート、私を呼んでくれ。私は――身体に違和感を覚えながら右手を見て動作を確認しながら左手で腕をさすり、頭上に掲げこの機械の身を実感する――タイムトラベラーだ」



 全てのものは常に運動しており、決して止まることはない。時間も例外ではない。時間は繰り返される結果の連続により発生する。(Ⅰ時間の連続性参照)結果Aは事象Bに発生する原因Cにより求められる。ここでは時間と結果の関係性について研究する。


      ――タイムマシン学タイムトラベル理論『Ⅴ 並行世界の観測』

ここまで読んでいただきありがとうございます。

雲外の旅路のあらすじはこの五章までを書いていました。ここからの物語は一体どこへ向かい、終わりを迎えるのか。皆様お楽しみくださいませ。

そこで、もしよろしければで構いません。一言でも感想がございましたら書き送っていただければ幸いです。

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