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【 人類大躍進!! F・フィロンツ代表、研究開発保護同盟(RDPA;Research and Development Protection Alliance)発足。 今月一二日に発表された『タイムマシン学タイムトラベル理論』は全世界に激震を走らせた。フィロンツ氏は世界が注目するその自身の理論と世界の学者の研究を保護すべく、自らが台頭する保護団体を設立。これに各国首脳陣は自国の重要機密とお抱え学者がこぞって流れ出てしまうことを懸念していると政治関係者は語る。さっそく動き出したRDPAは欧州での総合学会の開催を決定。全世界の頭脳を一ヶ所にまとめ、技術や発見の公開こそが平和への第一歩だ。とフィロンツ氏は参加制限を設けない方針だ。発表からすぐ猛抗議を続ける合衆国工科大の教授陣もこの学会に参加するが、アダムスタイムズの取材によると、「しばらくすれば世界は落胆するだろう。私達の顔にクソを塗りたくった張本人の真赤な顔が容易に想像できる。そうなればフィロンツ氏は人生の汚点を消すためにタイムトラベルせざるをおえないだろう」と強気の姿勢だという。まさに青天の霹靂であったこの大スクープに《待った》がかけられてしまうのか。今後も期待が高まる。 】

 

 

 タイムマシン理論構築から翌年の二〇六一年五月、国際連盟は全戦闘地域へ戦闘行為の即時停止令を通達。国連軍を派遣し、同時に宇宙開発総動員を宣言する。激しい反発にあうかに思えたこの処置だったが以外にも迅速に収まっていった。理由は多岐にわたるが大きな影響は戦争という商売が金にならなくなったことと、現地で灰燼かいじんを被る兵士達が平和を切に願ったことであった。


 

 太平洋、小国の領地である小島。

「えー、ニューシュタインθ(シータ)及びEKKロケット弐号機の打ち上げ結果をご報告させていただきます。本日一一時二四分〇〇秒にニューシュタインθを搭載したEKKロケット弐号機を打ち上げ、約十九分二三秒後に分離を確認しました。六ヶ国が主体となった本計画に際しまして無人探査機の整備、運用を行った各国の関係者並びに技術整備者方に心より御礼申し上げます。二〇六一年から八年をかけたブラックホールの撮影を目的とするスクルド計画におきまして、最重要であるニューシュタインθの打ち上げという大役を我が大東大和だいとうやまと国が担うことが出来て誇りに思います。続きまして来賓者席の――」

 ロケット打ち上げの式典に際して発射場に向かって並べられたパイプ椅子に座る男は革靴のつま先に張り付いた紙吹雪を払おうと足を振るが上手く取れず手で取り地面に放った。姿勢を正しネクタイをもう一度しっかりと締めると、青空に残るロケットの白煙を見つめた。

「話が長いんだよ。この国の人間は」

「感情をお堅い言葉で隠す種族なのさ。太古の昔に大陸の人類に侵略されてから物静かがDNAに染み付いちまった。敗戦の文字が刻まれた首輪を自分達から磨くような奴らだ」

「あれはどうなった?」

「ああ。それ、トーワの方から相談がきてな。コヨイのことは隠して今回も空間圧縮で進む」

 宇宙航空研究開発機構理事長の小笠原はハンカチで汗をぬぐいながら三列目の記者を指差した。

「大東取材部の丸山です。公式に出されているニューシュタインθの映像と設計図について、指摘の声があがっていることについてですが、機体の左右下部の二点に素粒子増幅射出ノズルのようなものが搭載されているのではと噂されていますが、そのことについて何か見解はありますでしょうか」

「設計図に記載されています通り、円柱型の姿勢制御装置の予備装置になります。運用時、ですから今現在は格納された状態です。撮影時は初期の動作点検を――」

「ん。じゃあ、RDPAに反する訳だ」

「新進気鋭を気取った団体は飼いならしてからゆっくり潰す。この国のおかげでそんなもんは世界の常識だ。そうだろう?」

膝に留まった黄色い蝶々を摘まみ上げ言葉が解らなくとも伝わるほどせわしなく動く六本の脚を見ていると、雲を避けて差し込んだ太陽の光が視界を奪った。目を細めると、ぼやけた蝶々の奥にはどこまでも広がる青空が見え、いつの間にかロケットの白煙は跡形も無く消え去ってしまっていた。手の甲にやさしく乗せた黄色いはねは最初の戸惑いが嘘かのように動き出しひらひらと何処かへ羽ばたいていった。

 

 

 【 号外 『ニューシュタインθ』二十年に及ぶ任務達成。事象の地平線に散る。 撮影不可能と言われていたブラックホール内の映像を人類の英知が集結し特殊技術によりついに入手した。物体も光も電波さえも飲み込む内部の撮影を可能にしたのは音が響かないはずの宇宙空間を走る特殊超音波だ。我々取材班はその音波の秘密を探るべく、とある有識者のもとへ向かった。特集ページ〈超音波の正体は備長炭だった!?〉からお読みください。 】

 

 

 午後一時十五分、合衆国の東沿岸部。

「スクルド計画の要であるブラックホール内の映像が公開されないとの噂が飛び交っていますが事実なのですか? 事実であれば、国連所属のRDPAの規約第一項『人類にける、発見、発明、開発は等しく全人類に平等に分け与えられるべきものであり、等しくこれを独占、または秘匿し先駆する研究を行わない。』の文言を否定する行為ではありませんか? それに加え、平和制定令――国連が新たに制定した、国家が守るべきとする地球上の国家権力に対する憲章――に順じていないとの指摘があがっていますが、国連宇宙局としての見解をお聞かせください」

「当局の代表として答えさせていただきます。公開については、もちろんします――老眼鏡を外し、記者陣全体を見渡し一人ずつ順番に目線を合わせる――しかしながら、ニューシュタインθ、彼が文字通り全てを賭け人類に捧げた映像は皆さんがはめているようなコンタクト型のカメラとは訳が違う。超音波によって組織される極めて微弱で複雑な信号を解析し、特別な処理を行い、初めて映像加工が施せるものになる。“撮ってきました。ハイどーぞ”なんて単純明快な技術ではない。そんな噂を流しているのがどこのどいつか知らんが、その誰かは我々の夢見る少年心をいたずらに刺激し、混乱を画策する不届き者だ」

発言途中にも関わらず言葉尻をしつこく捕らえひねくれた質問を続ける記者をあしらい、再び話し始める。

「人類史に永久に残るであろう晴れ晴れしい日に、理論構築の祖である、偉大な学者F《フロリアン》・フィロンツ氏が立ち会えないことが残念でなりません。彼が大宇宙の果てから我々の活躍を見守っていると信じ、ここに再び哀悼の意を捧げます」

 二〇六〇年を皮切りに数段飛ばしで駆け上がる人類の進歩だが人々や街並みは、着実に時代に馴染んでゆく。資源の回収と再利用が徹底され、採掘技術はエネルギー効率を上げ海底資源の発掘が主となる。一大勢力となり覇権を握るかに思われた国連だったが各国の財閥の周到な根回しにより財源の分散が図られ、権力の一極化が避けられた。これにより政治分野では多国間の経済同盟が活発化する。二十二世紀を目前に控える現代社会は宇宙産業を要に好景気の高波が人々を潤し、惑星規模の資本主義と国際的な公共事業により貧富の差が縮まりつつあった。しかしこの暗闇から垂れる黄金の糸はどこまで続くか誰も知らない。将来性の無い開発事業は徐々に人類に黒い影を落とし、資本家達は真新しい技術を求め暗躍していた。



 「研究の調子はどう。発表するかもって話だったけど」

「いやあ、途中の数式が間違ってた。光子の可逆性はどうも……何か、次元を超えた力があるはずなんだ。科学者らしくないけどね」

「教授はなんて?」

「言える訳ない。いまさら意義を唱えるなんて……だいたい物理だ何だってのはいきなり進んじゃダメなんだ。辻褄合わせに躍起になると歪みに鈍感になる……開発部はいまなにを」

「バレル式のプラズマ伝導体。誰のための開発か分からなくなってくるわ。学会もまた軍人が増えてたでしょ。それじゃ、もう諦めるの?」

「いいや、今日で俄然がぜんやる気が出た。あの人と同じ、この大世紀時代の空気を吸っていることを誇りに思うよ」

「もう仕事の話は終わり。ジェイク、もう一度近くに来て。一ヶ月ぶりでしょ」

「君から話し始めただろ?」

「そう。何でもかんでもいつも私から」

「今日は違ったろ――」

 八時間前。合衆国工科大、α棟二階大会議室。

「ジジイ、いい加減にしろ。人の話を――」

「誰がジジイだ、このボンクラめ。君は自分が何を言っているのか分かっているのか。私の師にも謝罪したまえ」

飛び出た唾が弧を描き下へと消える。

 二〇九一年、第八回を迎えたタイムマシン理論総合学会は回を追うごとに利権の巣窟となっていた。第一回の初開催から顔を出す物理学の重鎮に加え、宇宙産業に迎合する形で製薬、航空、重工業が参入し、ついには軍人までもが名を連ねるようになっていた。人類のための研究とは名ばかりの、金と権力闘争が横行する退屈な学会で声を荒げていたのは先月合衆国の地を踏んだばかりの理工学者であった。

 豪勢に構えられた発表台の周りには十五列の半楕円状の席が設けられ、まばらに座られた人影の奥から伸びる3Dプロジェクターの青が混じった赤白い投射光がゆらゆらと頭上に留まる。発表台を照らす四つの照明は、白熱する総合学会でより一層、白さを増した。

「エルンスト、並行世界の否定すなわち理論の否定になる。この大世紀時代の崩壊を招く悪魔め」

激昂する老教授が力任せに机を叩くと、汗をかいた珈琲は無力に倒れた。

「宇宙開発産業、君の発表はなんだ――老教授の遮る声を無視しエルンストは質問する――圧縮空間のトンネル化か……宇宙航空重工は原子重力場加工を利用した亜空間突入防壁加工。国連宇宙軍技術開発部は反重力電磁砲の開発……少し顔を出さない間に学会は腐りましたな。この大世紀時代にうつつを抜かすルシファーはそちらの方だ。“傲慢は転落の前に来る”全員がマシンの開発にかこつけ、別の技術に夢中なのは明白……いいか。問題は相似時空学だ。量子力学と流体力学を無理くりねじ込み次元解釈した4Dグラフが並行世界だって? 馬鹿馬鹿しい。ループ量子重力理論の引き伸ばしじゃないか」

「ふざけるなよ。相似時空学こそが並行世界の存在を証明する確固たる学問だ。君が提示するこの論文、時間変数がないではないか。理論の根幹である時間の連続性が表せなければ時間変数tも作れない。となれば空間域グラフが作れず……すなわち、鼻っから並行世界云々の話すら出来ない」

「いつの時代も否定から入る人間は鼻を明かされると決まっていますよ先生。この論文は時間の解釈を変え並行世界の新しい理解を示すものです」

「君は観測出来ない原子レベルの運動や可能性を求めることが出来ると言っているのか? ラプラスが聞いたら鼻の下を伸ばすな」

「このクソジジイ、そんな簡単な話ではない事ぐらい分かっているだろ。量子力学の一等星が聴いて呆れますな。ケツにできた電荷量子を庇って肩まで椅子に沈み込んでいるから考え方が更新されんのですよ」

老教授は怒り任せに立ち上がり、小枝のような人差し指をエルンストに向け、震わす。

「何だとクソガキが。お前はっ、だいたいお前は学生の頃から生意気だったんだ。私の授業でも卒業生の論文を持ち出して間違いを指摘し始め――」

入れ歯がずれてもなお顔を真赤にし、批判を続ける量子力学の権威は肩に手を置かれ、下に力をかけられ渋々座り込むと、こぼれた珈琲にいまさら気付き、最新型の自立型思考人形に顎で指示した後ゆっくりと葉巻に火をつけた。

「それで、しっかりと聞こうじゃないか。大世紀時代を築いた理論への指摘とやらを。頭ごなしに否定しているだけでは科学は進歩しない。そうだろ?」

老教授を座らせた男は冷静に話しだし会場内の視線をエルンストに戻した。

「……理論二章の現在を示す変数は時間の連続性から常に変動し続けています。しかしこの論文では時間の捉え方が根本から異なり、時間は移動間に生まれるものとしていますので、移動というものを連続性の中で変動する時間変数tとするならば、時間自体を定める必要がないと主張しています」

「定めないとなるとさっき言っていたよう、3D空間域グラフや時空方程式はどうなる」

「ないということになります。すなわちグラフの並行世界を示す、可能性の海さえあり得ないということです」

「意味が分からない。可能性も無ければ、変動もしない。世界をたった一本の線で示すというのか」

 この男の登場により今回の学会は荒れに荒れた。老教授の一人は過呼吸で倒れこみ、知識のないセールスマン達は茫然ぼうぜんとし、照明の当たらない暗がりで研究員達は夢中になりメモ用紙を黒く塗り潰した。輝きを失った利権と策略に満ちた人類の光は、汚い手を払いのけ再び手の届かぬ場所で孤高の輝きを取り戻そうとしていた。

 数人に腕を掴まれ、摘み出された白髪交じりの男は悪態をつきながら体を起こした。九時から始まったはずの学会の外はもう薄暗くなっていた。僅か十メートル頭上でドローン機が行き交っている。空輸送用の航路確保のために建造物の高さが制限され、各国の都市づくりは地下都市の建造が主流となった。どこからともなく聞こえては消えるサイレン音と人々の行き交う音。霧がかったこの街の喧騒けんそうは未だ自由の国を象徴するような場所であった。血圧低下作用のあるガムの空箱を投げ捨て、肘の擦り傷を気にしながら歩いていると視界の端に時代遅れのネオンが見えた。若者が集う薄暗い店に入り、香りの強いウイスキーを数杯飲んだ後、化粧室で絡まれた若者に流行りの違法神経ハードウェアを高額で売り付けられそうになり居心地が悪くなったので出ることにした。

「じいさん、キャッシュじゃねぇのか?」

いま時、光彩認識決済に対応していないらしく会計にてこずり、酵素分解用の錠剤を摂取することなく酔いが醒めた。普段は絶対に使わない地下鉄で半分以上残った瓶ビールを片手に、急に襲ってきた眠気で遠のく意識を必死に保ちながら帰宅した。地下都市の郊外に構えたこれから我が家となる家の玄関の取手に手首を押し当て、認証不可音に苛立ちながら腰にぶら下げた鍵を力任せに鍵穴にねじ込み、こじ開けた。作動した人感感知器が足元を照らし、覚束ない足取りでリビングへ進む。

《過剰なアルコール量を検知しました》

「そういう日もあるだろ。ちゃんと学習しておけ」

しつこく健康状態を報告してくる自考家電の大元を殴りつけ、電源が断ち切られた暗い部屋で頭をかきむしる。

 二週間まえから開け放しのカーテン、事前に用意された愛着のない家具、趣味を受け付けない庶民向けの内装。外から聞こえるプロペラ音がリビングにこもる。煙草の煙を吐き、売り払ってしまった自身の書斎を思い浮かべ目を閉じた。

 窓から時折入る有人ドローン機のフロントライトがソファーに座る男の顔の影を濃くした――

《……スト様……エルンスト様。おはようございます》

かすむ視界に映るのは白い光を眼に宿したプラスチックで覆われた顔の試作品の独立自走家電人形。

 少し前まで宇宙局にいた知り合いの工学部出身のエンジニアが趣味で制作し、研究室から追い出されたと伝えたら無理矢理こちらの家によこしてきた物で、工科大に用意されたこの家の自考家電とは連携していないため、昨日家中の電源を落としたが、律儀に家事をこなし、ベッドに行かずにソファーで寝てしまった私を八時丁度に起こしてくれたのだった。

「ありがとう。シズカ」

目の前に差し出された昔ながらの紅茶を受け取り、懐かしさのある匂いを嗅ぎ、軽く息を吹きかける。自律神経調整効果のある培養加工茶葉で淹れられた紅茶に、レモンを付け足してくれた彼女には音声認識機能がない。組み立ての際に後付けした最新の状態スキャナーが発する電磁波が音声認識の回路を焼き切ってしまったそう。送りつけて来たエンジニアは有名なmangaが好きで、そこに登場するキャラクターの名前をつけたらしい。彼女が私の様子を観測した後、台所に戻り二杯目を淹れている間に自考家電の電源を入れると、案の定、精神波長の乱れを感知され好みでないリラックスミュージックが流れ始めた。


 十一時頃。

《申し訳ございません。右手にございます、認証パネルに手首をかざしてください。正面上部の撮影機に顔が映るよう、お立ちになるようお願い致します。尚、この映像は一時的に保存されたのち、削除されますが、個人情報保護法の観点から問題が生じた場合のみ一部管理局に――》

身なりを整えた若い男はエルンスト宅の玄関先で少年の頃から待ち望んでいた憧れの人物との初対面に緊張していたが、いま彼の額に張り付いた汗は説明書の端から端までを読み上げる融通の利かない警備システムに対し、頭に上った血を冷やすためのものである。

 ついに嫌気がさし庭へ回ると真白な木製の椅子に寝そべるように座る、あの人がいた。

 エルンストは地上の青空と遜色ない景色を映し出す天井がふかした煙草の渦を巻く煙に浸食されてゆく光景を見上げていた。

 いつの日か、本当の空を見ずにこの街で死んでいく人間も出てくるのだろうか……と、物憂げ浸っていると、柵を越そうな勢いでこちらに話しかけてくる若者がいた。

「すみません。合衆国工科大学素粒子物理学研究員ジェイク・モーリーです。昨日の学会の件でお時間よろしいでしょうか」

「狸共の使いだな? 私の脳の回路を焼き切りに来たか。お生憎様、私は反機械融合派でね。だからこの右手とは反りが合わないんだ」

事故の後遺症で矯正器具を付けた右手で帰れとジェスチャーをした。

「僕がジョン・ウィックに見えますか。血ではなくブルーライトしか浴びませんよ。今日は昨日の学会の話の続きを聞きたく失礼を承知で参りました」

「冗談だ。まあ、入りなさい。家主を気取るほど、この家に愛着はないがね」

顎ひげを触りながら目線を少し上にやった教授は照れくさそうに招き入れてくださった。

 エルンスト・S《シュトラウス》・ノーバート、欧州の工科大学で理工学の理論物理の教授をしていたが先月、タイムマシン理論の研究を名目に合衆国に送られてしまった。

「だからその……ちょっとカマしてやったんだよ。それはまあいい、今日の目的は」

ジェイクは先日の学会の暗がりでエルンスト達の討論に夢中になっていた研究員の一人であった。彼は討論の最中に提唱された仮説が自身の専門分野であったこと、そして私情によりやって来た。エルンストは久々に自分に質問をしてくる学者の卵との話し合いに胸が高まりジェイクが話始める前に棚から瓶ビールを取り出し嬉しそうに話を聞いた。

「こんな早くからアルコールですか?」

「今日は休日だからね」

 

 数時間後。

「……つまり、多世界解釈やコペンハーゲン解釈――量子力学の観測問題。干渉性の喪失が異なる世界へ分岐していく解釈――あたりの量子の世界についても時間の発生原理を仮定すればより可能性を深く探れると……シュレティンガーはなんと言うでしょうか」

「猫がライオンになることはない。ウサギにもだ。あり得ない可能性を省いていき残ったものが現在になる。仮説に過ぎないがな」

 外はいつの間にか暗くなり部屋は参考文献が散乱し、空中に投影されたデータグラフがところかしこに浮かんでいた。溜まった空の瓶と灰皿をシズカがせっせと片す。

「そろそろ食事にするか」

疲れたようにみえる二人は食事中も少年のような眼差しで楽しそうに話を続けた。

 

 過去、現在、未来に於いて、我々が今観測している時間は現在しかない。そこで変動し続ける現在を時間変数tとし、そこから導き出される過去を『起=O』とし未来『結=R』としたことから(Ⅱ 観測時間変数参照)、ここではバタフライエフェクト効果が及ぼす、または及ぼされる限界の範囲を時間変数tを用いて、O、Rで範囲を定め、範囲から示す空間域グラフを作成する。

     ――タイムマシン学タイムトラベル理論『Ⅲ 空間域グラフ』

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