街案内
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シルヴェストロが浴室から出てきて、少し休んだ後、彼らは外に出た。
子供達は学校へ、勤め人は職場にいる、そんな時間帯故にか、通りを歩く人々はそこまで多くなく、その足並みもゆったりとしたものだ。マイロとシルヴェストロも歩き出す。その際に、マイロが口を開いた。
「忘れているかもしれないからもう一度言うけれど、この街には大きな図書館と、偉大な聖人の墓がある。どちらも観光名所として広く知られているんだ」
「確かに、道中で聞いたことがある」
「だろうね。それでさ、興味はあるかい? 一応この二つ以外にも、おすすめの場所はあるのだけど」
「どんな所だ?」
えっとね、と言いながら、マイロはシルヴェストロ以外の他者の視線を感じていた。顔を向ければ一瞬でなくなるだろうが、目を逸らせばまたすぐに見られることになるだろう。
シルヴェストロも感じ取っているはずだ。いやむしろ、視線はどれも彼に向けられている。今は獣耳と尻尾を引っ込めていても、マイロの元にいる客人は人狼であると伝わっているだろうから、彼の横にいる男がそうなのだろうと、じろじろ見られるのだ。
すれ違う際に、いつも通りマイロに挨拶する者もいたが、どことなく顔が引きつっていたりと、見るからに緊張しているようだった。
好奇心・怯え・若干の嫌悪。
それらの視線を肌に感じながら、無視して彼と彼は歩いていく。
「あ、ここ」
とある店の前を通り掛かると、マイロは足を止めて説明した。
「姉妹でやっている洋裁店なんだ。男性用女性用、子供用問わず、どんな服でも仕立ててくれるのだけど、小物も色々置いてあるんだ。万年筆入れや本のカバー、ネクタイにバッグとかね。他にも希望すれば何でも作ってくれる」
「そうなのか」
「姉妹揃って朗らかな人達でね、かなり慕われているんだ。たくさんのお針子を抱えていて、きちんと指導もしているから、どの方も腕が良い」
「なるほど」
「君は風呂敷を使っているようだが、ここで新調する気はないかい? 値段も良心的だよ」
シルヴェストロは顎に手を添えて考え込み、マイロは笑みを浮かべて静かに待った。
「……是非とも頼みたいが、今は他の所も見てみたい」
「じゃあ、後で戻ってこようか。日が沈むまで営業しているからね」
そんな会話をして、彼らは再び歩き出した。
「そこは文具店。インクの種類がたくさんあって、ペンや紙も選び放題」
「そうか」
「この街は文具好きの紳士淑女の多い所でね、よく人が集まっては、文具について語らうんだ。店員はもちろんとして、常連客も文具についてくわしい人ばかりだから、あの店で何かを選ぶ時は相談するのも手だ」
「頼もしいな」
ちなみに、そのように説明するマイロ自身も、そんな常連客の一人だったりする。
「あっちはパン屋。まあ、説明しなくてもにおいで分かるね」
「さっき食べたばかりだが、腹の空くにおいだな」
「同感だよ。あのロールパン、その店で買ったんだ。材料からこだわっている所でね、どのパンも美味しいけれど、僕はやっぱりロールパンが好きかな」
「……本当に美味しいロールパンだったな」
「でしょう?」
基本的には歩きながら、たまに足を止めて、おすすめの場所について語っていくマイロ。その口は滑らかに、楽しそうに言葉を紡いでいく。
聞き役に徹するシルヴェストロの青い瞳も、心なしか輝いているように見え、マイロの気分はいつもより、いやいつも以上に、良くなってきた。
そんな上機嫌なものだったから──その場所について語る気になったらしい。
街の奥まった所、教会の前にある噴水の広場に着いた時、声をひそめてマイロは言う。
「──街を出て西に歩いていくと、素敵な所があるんだ」
首を傾げるシルヴェストロに、マイロはとびっきりの甘い笑みを浮かべる。
「あまり人が立ち寄らない所みたいでね、そこで誰かに遭遇したことは一度もない。危険な所ではないよ、僕はそこで何度か昼寝をしたことがあるが、この通り無事だ」
「みたいだな」
「静かな所だ。静かで、素晴らしい場所だ。君がもし良ければ、行ってみないか?」
「……」
「今から行ったとしても、日が沈む前には余裕で街に戻ってこられる距離だし、今日が無理でも明日以降……まあ、君の都合もあるか」
とにかく、無理強いはしないよ。
でも、行って後悔はさせない。
そんな風に笑みを浮かべて語るマイロをじっと眺めた後、シルヴェストロは頷いてみせた。
「行ってみたい」
「そうこなくっちゃ」
かくして、彼と彼はその場所に向かう。
街を出て、舗装された道をしばらく進み、森が見えた所でそこに向かう。目的の場所は森の中にあるようで、でこぼことした道に変わっても、マイロの足取りは軽やかだった。耳を澄ませば小さく歌も聴こえてくる。
シルヴェストロはマイロの後ろで黙々と歩いていた。あまりにも静かなものだから、マイロは時折振り返り、シルヴェストロがついてきているか確認した。
鳥の鳴き声、風に揺れる木々、マイロの歌。
それらの音が重なりあった道中にも、終わりが来る。
「そら──ここだよ」
「……ああ、確かに」
素晴らしいな。
心からそう思っているかのようなシルヴェストロの声に、マイロは満足げに頷き、足を止めずに進んでいく。
森の中の開けた場所。木々の葉に遮られることなく陽光を浴びるそこには、一面に──花が咲いていた。
赤色・桃色・橙色・黄色。
明るく暖かな色に染まった花のカーペット。その中を進んでいくマイロの姿は、えらく様になっていた。