猶予がない
あと一ヶ月。後一ヶ月でチェーロは聖女として動き出すようになる。本人にはそんな自覚はないようなのだが。
「チェーロも強くなったな!吸収が早くて驚いた!!」
今日もソルと共に鍛えている。習うことを決めてから何度も通っているのだ。なのでソルとリオとも自然に話すようになってきた。
「ありがとうございます。ソルさんの教えがいいんですよ」
「オレっちもすごいんだぞ!」
リオは褒めて欲しいと二人の間に割って入る。
そんなリオを見てソルが
「うむ!リオも成長したな!すごいぞ!!」
そう言って頭を撫でた。リオだけでなくチェーロの頭もだ。
(人に頭撫でられるのとか久しぶりだな。それこそあの人に撫でられた時以来?まあ、今の両親を抜かしての話だけど。少し照れくさいけど大きな手だから落ち着くな)
彼女は子供扱いされたことに少々照れているようだが対抗しようとはしなかった。太陽のように明るいソルは手も温かくてその手に撫でられていると落ち着けたからだ。
「ふふん!満足したんだぞ!」
リオは飛び跳ねて喜んだ。
そのあとすぐに鍛錬に戻ったので本当にただ褒めてもらいたかったのだろうとチェーロは思っていた。
(リオが弟みたいに見えてきて仕方ない……うちの組にいた弟みたいな子にそっくりだからなあ。ソルさん含めて、異世界で似てる人に会うとか驚くけど忘れることなくていいな。どのみち忘れられないんだけどさ)
彼女は二人を見るたびに仲間を思い出す回数が増えていた。忘れたくても忘れられない巻き込んでしまった友人たちのこと。思い出すたびに胸が締め付けられるというのに、思い出さずにはいられない。
「チェーロも早くするんだぞ!」
リオに呼ばれてチェーロはハッとした。前に浸ってるわけにはいかないと。今に集中して生きなければならない、と。
(俺はもう田宮空じゃない。チェーロ・アーランなんだ。だったら今を生きよ、う……あれ、あと一ヶ月後に誕生日?五歳になるじゃん?それで、王が言ったのが二年後で五歳になったら呼ぶみたいなもんだから……)
「時間ないじゃん!」
チェーロはやっと気がついた。
王が言ったことがすぐそこに迫っているということに。
「時間がない?今日は何か用事でもあるのか?」
急に叫んだチェーロを心配してソルが首を傾げる。
「いえ、来月五歳になって聖女の活動が始まるのを思い出しただけですよ。あはは……」
「チェーロの誕生日がくるのか!めでたいな!!しかし君の声色が暗いようだが聖女として動きたくないのか?」
「動きたくないというか……うーん、月に一度らしいので全然いいんですけどね」
ソルの言葉はチェーロにとって図星であった。
聖女なんて柄じゃないとずっと思っているのだ。産まれた時に証がついていたことも何かの間違いではないかと疑っている。それでも証は取れないし王と顔も合わせた。
(本当に、動きたくないわけではない。役割があるのならする。しかし、何か禁止されることがあったり無理やり何かをさせられることがあったりしたら嫌だというぐらいだ。無理やりで何かを頼まれそうだったら全力で逃げるつもりなのだが)
しなくてもいいものを引き受けないために彼女は力をつける。そんな彼女に向かってソルが言った。
「月に一度というのは魔獣が入ってこないようにするためのバリア張りか。それ以外にもあるはずだが……」
「ソルさん聖女について詳しいんですか?」
「一度護衛騎士を目指していたことがあってな、聖女のことは少し知っているのだ。まあ、別にしたいことがあってやめたんだが。今は何でも屋をすることとリオといることが一番大事だ!!」
ソルは護衛の騎士という職を目指していたから聖女について知っていることがあった。結局は他のことをするためにやめたらしいのだが。
「そうなんですね。ソルさんが強かったのも納得です」
「自己流だがな!それでもチェーロに教えることができて嬉しかったぞ!!」
ソルがそう言った瞬間チェーロの長年の勘が働いた。
(この人もう会わないつもりなんだ。忙しくなるなら自分とは会わなくなるだろうって?でも、まだまだ鍛えるつもり満々なんだよね)
「私はまた来ますよソルさん。なんなら隠れ家とかで貸してください」
「そうか!疲れたらいつでも来てくれ!疲れていなくてもな!!」
チェーロがまた来ると言うとソルはいつもの笑顔を浮かべた。彼女が思ったことは間違っていなかったようだ。
「ソル!チェーロ!早くするんだぞ!!」
二人が話して自分と鍛錬しないのに痺れを切らしてリオは大声を出した。
それを聞いて
「うむ!」
「強くなるために今日も頑張ろう!」
と、二人は答えた。
時間がないのは変わらない。残り一ヶ月なのは変わらないのだ。
(今度こそ流されたくない。前でも流されたわけじゃないけど……外堀を埋められる前に逃げてやる!)
そんな決意を固めて強くなるための鍛錬を今日もひたすらするのだった。