閑話 ネビアの選択
僕はネビア・フォグ。第二の生を受けて過ごしている者です。
記憶が戻ってきたのは随分と前のことでした。
あのムカつく隣国の王子よりも先に戻ってきたのは良かったですね。まあ、肝心のいてほしい人はいなかったわけですが。
田宮空。僕が唯一下についてもいいと思った男です。
人の嫌がることをしない、困らせたくないからと一人で全てなんとかしようとする、敵対している組の人にも優しい言葉をかけ懐に入れようとする。そんな馬鹿でお人好しな男。正直僕自身も、あの男のどこに惹かれていたのかは一切分からない。
けれど、そばにいることを決めたのは僕自身だった。
襲撃した時に先代に弱みは握られたが、それだけが理由なら僕はすぐにでも組から出ていっていたでしょう。そうしなかった理由。
それこそが僕が久しぶりに会った田宮空......チェーロに言わなかった僕がした選択というもの。
長くもない、どうでもいいような選択。その話は彼女にはしたくないですけれどね。
その選択をしたのは前の時のことです。
田宮空が組長になることを覚悟するより少し前の出来事でしたね。
彼は街を見ていた。これから組を変えて自分が守っていくことになる街を。
僕がいることに気がついていたが気にせずに街を歩いて回っていた。
人々の笑い声、笑い声の中に混ざるすすり泣く声、全体が見える山の上からの景色。
彼は全てを把握するために歩き回っていたのだ。
そんな彼は最後に僕に問いた。
『あのさ、俺が組長になることってどう思う?』
『なんで最後に僕に意見を求めるんですか。それの答えを出すために歩いていたのでは?』
『そうなんだけどさ、せっかくついてきてくれたみたいだから考えを聞こうかなって。それと、一番裏の世界を嫌っている弥一に聞きたかったんだ』
もう覚悟は決まっているような目で彼は僕にそんなことを聞いてきたんです。
嫌っている。それは事実でした。過去形なのは彼と共に過ごす中でそんな気持ちがなくなっていたから。
『そうですね......君が組長になったら退屈しなさそうですね。お人好しで馬鹿な君が変えていくなら僕も少しは考えが変わりそうですよ』
『そっか......よっし、俺あとを継ぐよ。ダメダメだし馬鹿だけどさ、みんなを守りたいって思うから。だからさ弥一、俺がお前の嫌な奴になりそうだったらぶっ飛ばしてよ。その権利が弥一にはあるよ。ああ、でもついてくるのは強制しないから』
『その時が来たら組ごと乗っ取りますよ。それと、ついてはいきますよ。さっきも言いましたけど君がいれば退屈しないですからね』
『その時がこないようにするけどね』
彼はそう言って笑っていた。
僕はその時の彼の表情で選択を決めた。
僕の選択とは、このまま彼についていくか抜けるのかの選択でした。
そしてもう一つ、彼の抱え込むものを背負うかどうか。
どちらも、僕は彼に合わせることにしたんです。
彼が背負うものも背負い、彼がこの先進んでいく道にもついていこう、と。
それが僕の言わなかったこと。大して面白くもなかったでしょう。
チェーロに言うつもりは今後もありませんがね。
僕だけが知っていればそれでいいんです。
彼女に言った時の反応は容易に想像できますから。
もし言うことがあるとするならば......最後、ですね。




