出会い
チェーロは王と出会った日両親になぜあんなに話せるようになっているのかと詰め寄られたが、聖女の力で成長が早いのだと誤魔化すとあっさり納得されていた。
本人はそんなんでいいのかと思ったと同時に今世の親も天然のようだという考えに至ったみたいだ。
「ちょっと走ってくるー!」
「あんまり遠くへ行っちゃだめよ〜」
「はーい!」
今では親の前でもハキハキと元気いっぱいに話すようになっている。あの日からはもう一年。チェーロが聖女として動いて欲しいと言われている日まであと一年だ。
その日がくるまで彼女は鍛えることにした。聖女として動くようになったとしても更に鍛える心づもりのようだが。
体力作りのために走り込みをするようになり日々走る距離も伸ばしている。
(腕立て百回と腹筋三百回……それと走り込み。うーん、全然足りないよなあ。もう少し増やすか?前みたいに戦闘訓練もしときたいんだが使える物が何かないかな)
走りながら鍛える方法を模索し、自分が強くなるための努力を惜しまない。組長をしている時だってトレーニングを欠かさなかった。
他の人に強くなれと言って自分がやらないのは逃げだと思っていたからだ。組長になってからは何からも逃げなかった。それが彼の覚悟だったのだ。
今世の聖女という仕事は一ヶ月に一度することがあるだけだからとそれ以外は逃げようとしているのだが。
チェーロの鍛える理由が仕事以外を逃げ切るためだと言っても過言ではない。
(ん、あれは……?)
その時彼女は何かを見つけた。
人の通りが少ないところに出たと思っていたのに店のようなものがある。入ってもいいものなのかとチェーロが悩んでいると彼女と同じくらいの歳の子が店の中から出てきた。
「お客さんか?入るんだぞ!」
そう促されるままチェーロは建物の中に入っていった。
「リオ!お客さんか?また無理矢理連れてきたわけではないな⁈」
店に入るとカウンターのようなところに男がいて男の子の名を呼んだ。
(男の子はリオと言うのか。黒髪で緑色の瞳。おそらく年齢は同じか一つ下。少し細身で改善中といったところか?あとは、男性は白銀の髪にひまわりのような色の瞳。歳は二十代前半?筋肉はつけているようで格闘技でもしていたのではないかと予想できる。っと、初対面の人たちに危険がないかどんな人なのかを考える癖が出てしまった。この人たちは危害は加えないだろうから安心できる)
チェーロは前の人生で初対面の人に狙われることが多かったためか、その人が危害を加える存在かどうかを自然と判断するようになっている。
そして危険はないと判断したので男に話しかける。
「無理矢理ではなく私の意思で入りましたからお気になさらないでください。それにしてもこのお店はなんでもあるのですね」
「む、そうか!俺は店主のソル・ヒューマだ。この店はなんでも屋だからな!!」
店主のソルが営むのはなんでも屋。
その名の通り、植物や小ぶりの武器といった様々なものが置かれている。
(武器もあるのか。少し見せてもらおうかな)
「私はチェーロ・アーランです。武器を見せていただいても?」
「構わないが……チェーロはまだ幼いようだが、武器を扱うことがあるのか?」
「あー……まぁ、護身用です。できれば拳に着けられるものでお願いします」
チェーロは自分が鍛えるために普段から使う予定だというのを隠して言う。
何故鍛えようとしているのか疑問に思われるのを防ぐためだ。
「そういったことなら……少し待っていてくれ!」
そう言ってソルは店の奥へと行った。
すると、リオがチェーロの隣に立ち話し始めた。
「オレっちはリオなんだぞ!話し相手になってやる!」
「ありがとう。よろしくね、リオ」
「よろしくなんだぞ!チェーロはなんで手袋してんだ?そんなに寒くないんだぞ!」
確かに彼女は手袋をつけている。それをしているのは他人に自分が聖女だという証を見せないため。
見られるも道ゆく人に話しかけられ面倒なことになるだろうと察知したのだ。
しかし、リオになら……万が一ソルに見られたとしても言いふらすことはないはずだと手袋を外した。
「これを隠していただけなんだ」
彼女は露わになった右手をリオに見せる。
その手には産まれた瞬間から変わらない聖女の証が刻まれている。
「きれいなんだぞ!なんで隠してるんだ?」
リオは聖女の証のことを知らないようで気軽に聞く。チェーロが質問に答えようとしたその時
「え、せ、聖女様⁈」
奥から戻ってきたソルが彼女の手を見て驚いた。
ソルは知っていたのだ。聖女の証も、代々変わっていくとしてもその存在が一人だということを。
(この反応はただ驚いただけといったところか?平気だと思ったのだがソルさんに見せるのは早かったから……様付けされるとか嫌なのにな)
チェーロは聖女の肩書とか自分には似合わないものだと思っているので、気軽に接してくれる人を求めている。
ソルが最初にチェーロと呼んだ時にも彼女は喜んでいたのだ。
「ソルさん、私はチェーロと名前で呼んでほしいです。確かに私は聖女と……そう呼ばれる存在に産まれたのでしょう。ですが、せめてその役割をしていない時には名前で呼ばれたいです。口調だって砕けていていいです」
チェーロは自分の思ったことを素直に話す。
して欲しいことを言う時には真剣に、相手の目を見て言う。それも教育係に教わったことであった。
不平不満を目を見て言ったら怒られたこともあったのだが。
「本人がそう言うのなら俺もそれに従おう!」
「そうしてくださると助かります」
「せいじょとかよく分かんないんだぞ!それよりソル!持ってきたんなら早くチェーロに渡すんだぞ!」
リオはソルが持っていた物を指差した。
それは黒い手袋に似たグローブのようなものでチェーロの手に合いそうな大きさの物。
「おお!これは先日仕入れたばかりのグローブでな!ちょうどいい物があって良かった!!リオにも感謝せねばならんな!」
ソルはそう言いながらチェーロにグローブを手渡す。どうにも彼女はそのグローブに見覚えがあった。
(これって俺が使ってたやつ⁈自分にとっては拳が扱いやすくてグローブはめて戦ってたんだけど……こんな似てることある⁈)
チェーロは動揺を顔に出さないように内心で騒いでいた。自分の使っていたものによく似た物がこの世界にあるということは、彼女を驚かせるには十分すぎる情報であった。
「オレっちに感謝するってどういうことなんだぞ?」
「ああ、リオを見つけた場所のそばにそれが落ちていたんだ。落ちていた、というか箱に入っていたんだがな!」
「そーだったのか⁈すごいんだぞ!」
ソルとリオが二人で会話をしているのを聞きチェーロは情報を整理した。
(このグローブは箱に入っていた……誰がなんの目的で入れたのかは不明。その箱はリオを見つけた場所の近くにあった……ん?)
チェーロは一つ引っかかったことがあった。
「あの、お二人の関係って?」
「オレっちはソルに拾われたんだぞ!親の顔はおぼえてないからソルだけが家族なんだぞ」
「木の下にいるリオを拾ったのは……三年前だから俺が二十二の時か!リオも大きくなったものだなあ!」
「まだ四さいだからまだまだ大きくなるんだぞ!!」
だから家名を名乗らなかったのだとチェーロは勝手に納得していた。
ソルに拾われなかったとしたらリオは今こんなに元気ではなかったかもしれないと彼女は想像して悲しくなった。
(前での仲間に似ているからかどうにも情が湧いてしまうな……ソルさんもソルさんで似ている人がいたから懐かしい気持ちになるし)
チェーロはリオとソルが自分の知っている者に似ているので同情しているのである。
相手に同情すれば危険な目に遭いやすいと前で学んだというのに懲りていないのだ。
(にしても、このグローブ試しにつけてみたけど今の俺のためかってほど合ってるんだよなあ。これも運命みたいなものなのだろうか。よしっ、決めた)
「ソルさん、これいただきます。いくらですか?」
「それは元々拾ってきたやつだし店頭に出すのも迷っていたものだからお代はいらんぞ!箱ごと持っていってくれ!」
ソルはグローブが入っていた箱もチェーロに渡した。
彼女は一瞬の戸惑いを見せたが
「分かりました。ありがとうございます」
と、平常心を装いお礼をした。
「うむ。護身用として十分か分からんが気をつけるんだぞ!」
「なんかあったら…なんかなくても来るんだぞ!オレっちと話に来るんだぞ!」
チェーロが店を出る前に二人がそう言って笑う。
その顔はまるで本当の親子のように似ている物だとチェーロは思ったのだった。
「また来ますね」
そうして彼女は店をあとにする。
箱に描かれた紋章に疑念を抱きながら再び家まで走って帰ることにしたのだ。
(この紋章は絶対そうなんだ。だから、確かめるためにも、家まで帰ってからしっかり見なければならない)
誰にもとられないように箱を抱えて走る。
そうして、家へと着いた。