クラウの怒り
僕はクラウという名前がある。けれど、別の名前もあった記憶がある。
僕は紫雲稜だった。街のことを誇りに思っていて、秩序を乱すやつには容赦しない。それが前世の僕だった。
その記憶を思い出したと同時に僕はものすごく腹が立つことを思い出した。僕を散々振り回した挙げ句勝手にいなくなった弱いあの子のこと。
あの子は、本当は弱いくせに一人で全部を抱え込もうとして、誰にも頼らない。右腕だと自称する鬱陶しいのも、親友だと言ってそばを離れないのもいたくせに一切頼ろうとしないんだ。組長になるのすら嫌がっていたくせに頼ろうともしないあの子に僕は苛立っていた。
あの子......田宮空にね。田宮空のことは中学の時から知っていた。
毎日遅刻寸前で来るし、運動も苦手でよくドジをして傷を作っている弱者。それなのに時折見せる強者の風格。それだけでも興味は持っていた。
でも、ついていきたいと思わせられたのはあの時かな。
あの子が、自分よりも遥かに強い相手だと認識しながらも立ち向かっていった時。それと、組長になると決意を固めた時。あの子は巻き込みたくないからと幹部になる必要はないって選ばれていた者たちにそう言った。ついてきたいなら、俺を捕まえろっておにごっこをしたんだ。学校だけっていう条件でね。
馬鹿だと思ったよ。僕たちがいないと弱いって自分でも言っていたくせに遠ざけようとするんだから。なにより馬鹿らしいと思ったのがそんな彼の言葉に乗った自分。
一人が楽だったし、弱者は嫌いだった。それなのに、あの子を必死に探す自分を馬鹿だと思った。
まあ、いつのまにか絆されていたんだ。田宮空の願いなら聞き入れようと思うほどにはね。だから見つけた時にあの子が言ったことを僕は最後まで守ったのだろう。
『俺についてきても今までの気まぐれな貴方でいてください。自由に動いて俺の背中を押してください。俺がいなくなっても組からいなくなろうとしないでください。怪我を作りすぎないでください』
そんな言葉を律儀に守った。あの子が抗争でなくなったって聞いてからもね。
あの子の右腕を名乗る男はあの子がいなくなってからは随分と鬱陶しかったし、親友だと言っていつもあの子のそばにいた男も口数が少なくなっていた。いつもうるさいあいつも静かだったし、あの子を兄と言っていたのも一人で泣いてるのをよく見た。あの面倒くさいナス頭もやけに遠くを見ることが多くなってたしナス頭の近くにいる子も同様に遠くを見て泣きそうな顔をしていたのを覚えている。
僕らを置いていなくなったあの子のことは許せなかった。
死ぬ間際だってわすれることはなかった。それがまさかの転生?という形になってからも覚えているとは思わなかったけどね。
自分に紫雲稜としての記憶があると気づいてからというもの、今の自分の地位がどうでも良くなった。なにが王子だって。僕はあの子に戦闘狂とまで言われたのに大人しくしていられるわけがないじゃないかって。だから僕は騎士団を作った。僕の満足する者たちを集めた騎士団をね。
その過程で覚えている人に会うかと思ったけどそんなことはなかった。
代わりにすごく笑える出会いはあったけどね。隣国の王子があのナス頭の記憶を持っていたんだ。
前世では互いに気が合わなくて喧嘩してよくあの子に怒られて......そんなやつが僕と同じように王子になっているものだから思わず笑ってしまった。
そして僕たちは空を探すことにした。僕たちが覚えているのだとしたら彼もきっといるだろうと。
婚約者の話も出たけど、ただ一人を探しているからいらないと断った。
父には心配されたけどどうでも良かった。それはあいつもそうだった。
空はどれだけ探しても見つからない。もしかしたらあの子は転生していないのではないかって思った。
そんな時だったよ。父が新しい聖女に会ってほしいと言ってきたのは。五歳の少女で、僕とあいつに会いたがっているからって。
正直気は乗らなかったけど、気分転換だと思って会ってみた。
ひと目見たときにどこかあの子に似ている雰囲気だと感じたんだ。ずっと探し続けていて、忘れることはなかったあの子に。そう思っていたらチェーロと名乗った子が僕の探しているあの子の特徴を言ってきて......しかも空という名前ではないかとまで聞いてきたんだ。その時は状況が掴めなかった。
チェーロはあの子がするような表情で僕に関することを言った。
その瞬間が空を見つけた瞬間だった。
柄にもなく泣いてしまいそうだったしほうけた顔をしていたと思う。それも全部あの子が急に僕の前にいると分かったから。
あの子が女性で、幼くなっているだなんて思いつきもしなかったことだから。
でも、会えたという事実は変わらない。これからはまた話ができるし戦いもできる。
また一緒にいるって約束もしたからね。
あの子と一緒にいるのは嫌じゃなかったからその約束は破ることはない。
そう思っていたのにまさかあの子の方から破られかけているとはね......あの子は国を出て一人で何処かにいこうとしているのだと父から聞いた。
どうせまた僕たちを巻き込みたくないからとかそんなのだ。相談しろと言ってもあの子がそれを聞いた試しがない。
そういう時には無理矢理にでも聞くしかない。
僕との戦いの約束もまだ果たしてもらってないからちょうどいい。
今度こそ、最後まで共にあるから。
今度こそ、全部背負わせないから。
今度こそ、手を離さないから。
だから、一人でどうにかしようとするなあの馬鹿......




