顔合わせ
チェーロが生まれた時から三年が経った。
三年も経てば動けるようになり、喋るようにもなってくるものだ。
チェーロは走り回るようになっていた。前のことを思い出すとジッと止まったいることなどできない。
力をつけたい。小さな身体でそう思うようになっていた。
また、喋ることができるようになったことでチェーロにとって面倒なことが起こっている。
「その子が今代の聖女か……」
今置かれている状況というのが顔合わせというものだ。それがただの顔合わせであったのなら面倒だと思うことはなかっただろう。
しかし、今チェーロが顔を合わせている相手はこの国で一番偉い人物。場所だって煌びやかな王城で警備の者も大勢いる。
(煌びやかなとこは慣れないんだよなあ。自分が常に裏みたいなところにいたからだけど。生まれ変わってからもそんな広いとこで暮らしてたわけじゃないし。それより、俺やっぱり聖女という存在なんだな。何をさせられるのかよく分からないのだが)
チェーロは緊張はしていない。
場所の明るさなどに慣れていなくて驚いているだけだ。
そんなことに気づかず王は言った。
「聖女には魔獣が国に入ってこれないように結界をしてほしい。前の代の制御が張った簡易結界があるから当分は大丈夫なのだがな」
魔獣。それは、この世界において危険とされているもの。結界がなければどこにでも入って暴れてしまうためだ。
王は三歳の子にそんな説明をしても分からないと思いチェーロを連れてきた親にも聞こえるように伝えた。
中身は四十五なので当然理解しているようではあるが。
(魔獣、か。やはりここは異世界というものみたいだ。聖女というものの役割も分かった)
「一つお聞きしたいのですが、結界を張るのは毎日なのか数週間に一度とかなのかどちらでしょうか」
チェーロは疑問を聞いてからさっさと帰りたかったのでなるだけ丁寧に聞いた。
自分の仕事の頻度について正しいことを知っておく必要があると考えたからだ。
「結界は一ヶ月に一度だ。言い忘れていたのだが聖女には魔獣を探索しにいく騎士団への回復薬も作ってもらいたい。結界を作るために情報がいるだろうからと何度か探索してもらっているのでな」
王はチェーロに新たな業務内容を付け足して答える。三歳にしては聡明な子だと思いながらも自分が伝えなければならないことを間違いなく伝えた。
(一ヶ月に一度……意外と少ない頻度だ。しかし、回復薬というのをどれだけ作るのかによって変わってくるか?前に比べたら全然仕事しなくていいな。というか、ついスラスラ喋ってしまっていた……変な子だと思われると今後が厄介になるのにな)
チェーロは王に伝えられた業務をしかと受け止め自分の行動を考えている。どうするかを決めることですぐに行動に移せるようになるからだ。
考える暇もないときは瞬間的に最適解を選んできた。今世もそうして進んでいくつもりなのである。
いくら業務内容を把握したかったとはいえ前と同様にスラスラ喋ってしまっていたことは反省しているようなのだが。また、今後自分が平穏に暮らしていけるかを案じていたとも言える。
王はやけに喋りが上手な子供だと思っただけだったのでチェーロの今後に支障がないはずだ。
「君に動いてもらいたいのは二年後だ。それまでは本格的な話はしない。難しい話をしても分からぬだろうからな」
「承知しました。二年後お願いします」
チェーロは王にお辞儀をした。親は王の前で緊張した様子で足を震わせながら話を聞き、チェーロがお辞儀をしたのを見ると同様に頭を下げた。
親は三歳の娘が王と対等に話をしていたことに動揺している。彼女は今まで親の前では年相応な話し方をしていたのだ。それなのに王と話を始めた瞬間に喋り方が変わった。
王に失礼のないのに話をしなければと思っていたのに、娘が全て答えて話をしていたという事実に脳が追いついていない。
「うむ。その時はまた呼び出しをしよう。今日はもう帰ってよいぞ」
「はい。ありがとうございました」
チェーロと王の声を聞き親は娘を連れて帰るため、一度考えることをやめ娘と手を繋いでその場を去った。
チェーロはそんな様子の親を見て
(あーやはり疑問を持たれたか。前のように天然な親なら適当に言えば良かったのだけれどな。今世だとそうもいかないか……まぁ、それはあとで誤魔化すとして……二年後、か。鍛えておこう。結界張るのと回復薬作るぐらいならすぐにできれば他は何しててもいいだろうし。俺だって魔獣見てみたいしな)
こんなことを思っていた。
前は適当に言いくるめて誤魔化すことで通用したのだが、今世はどうしたらこの先も平穏に生きられるのかを考えている。
平穏に生きる気があるのだろうかと思うことも考えているようなのだが。
鍛えて魔獣と会おうとしている。平穏に生きることが願いだというのに、それとは真逆なようなものだ。
(身体が強くなれば会っても対処できるだろう。それに、たまには戦わないと弱くなってしまう。弱くなったらみんなに合わせる顔がないからな)
今もなお仲間のことが忘れられない。
会えるかなど分からないのに、彼女の根底にあるのはいつだって仲間のことだ。
弱くなりたくない。いつかまた出会った時に弱い姿を見られたくないから。そのために鍛えて強くなる。
その思いがすでに平穏から遠ざかっていることを知らないままに、チェーロは進んでいくのであった。