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第2話「目覚めの兆し」

日曜日の朝、桜庭小春は早々に目を覚ました。工房のカーテンを開けると、冬の澄んだ光が差し込んでくる。今日は、サクラノヴァの動力系統の初テストを行う日だ。これが成功すれば、いよいよ全身の可動試験へと進めることになる。

「よし、準備万端!今日こそ動いてもらうからね!」

彼女は工具箱を持つと、早速工房へ向かった。そこには桜色のフレームに覆われたサクラノヴァが静かに佇んでいた。まだ完全には仕上がっていないものの、その姿は既に愛らしさと力強さを併せ持っている。

工房の奥にあるデスクには、昨日遅くまで考案していた動力制御プログラムが映し出されたノートパソコンが置かれている。小春は椅子に腰掛けると、キーボードを叩き始めた。

「このラインのコードを最適化して……バッテリーの負荷を少しでも減らさないと!」

彼女の手元には、サクラノヴァに組み込む予定の試作バッテリーユニットが置かれている。それは父の設計図を元に、小春が独自に改良を加えたものだった。効率的なエネルギー供給を実現するため、試行錯誤の末に作り上げた自信作だ。

昼過ぎ、小春はサクラノヴァのコクピットへと乗り込んだ。背面ハッチを開け、狭い座席に身を収めると、前方のモニターが起動し始める。制御システムが次々とチェックを完了していく。

「よし、準備オッケー!じゃあ、いくよサクラノヴァ!」

小春がスイッチを入れると、機体全体が低い振動音を発し始めた。試作バッテリーから供給されたエネルギーが、フレームの各部に組み込まれたモーターを駆動させているのだ。

「左脚、テスト開始!」

彼女がコントローラーを操作すると、サクラノヴァの左脚がゆっくりと持ち上がり、再び床に戻る。その動きはぎこちなかったが、確かに命を宿したかのように見えた。

「動いた!やった、ちゃんと動いたよ!」

小春は思わずガッツポーズを取った。その声が工房に響き渡る。次に右脚、両腕と順番にテストを繰り返し、すべてが正常に動作することを確認した。

だが、小春の目はすぐに次の課題を捉えていた。

「まだまだ反応が遅いな……動作遅延をもっと減らさないと。」

彼女はコクピットから降りると、新たな調整に取り掛かった。

昼休憩を取るため、一息ついた小春は工房の奥にある棚から古いファイルを取り出した。それは父が残した設計図の束だ。その中には、サクラノヴァの基礎となるアイデアが詰まっていた。

「お父さん、これを作るとき、どんな気持ちだったんだろう……」

小春は設計図を眺めながら、父との記憶を思い返す。彼が亡くなる前、楽しそうにロボットの話をしていたこと。彼の研究室で見た、今と似たようなフレームの試作品。すべてが小春の原点となっていた。

「きっと、お父さんも完成を見たいと思ってるよね。」

彼女は再び気合を入れ直し、作業に戻った。

その夜、小春が作業を終えた頃、工房の外にひっそりと佇む影があった。黒いコートを着た男が、遠くからサクラノヴァの姿をじっと見つめている。

「……予想以上の進展だな。」

男はポケットから小型の通信端末を取り出し、誰かに報告を始めた。

「桜庭小春、父親譲りの才能だ。ロボットもほぼ完成に近い。」

「計画通りに進めろ。完成を見届けた後で行動を起こす。まだ騒ぎを起こすな。」

端末の向こう側から冷たい声が響く。それは「ナイト・オルド」の幹部からの指示だった。

男は一言だけ「了解」と答えると、闇に紛れるようにその場を去った。

翌朝、小春は新たな目標を掲げていた。次に取り掛かるのは「歩行シミュレーション」のプログラムだ。全身の動きを調整するためには、精密な制御が必要不可欠だ。

「よーし、次はもっと滑らかに動いてもらうからね!」

彼女の目は輝いている。完成が近づいている手応えを感じつつも、まだまだ道半ばだと知っている。

冬の空はどこか冷たく、朝の空気は澄み渡っている。桜庭小春は、工房のデスクに広げたノートパソコンを前に、軽く伸びをした。画面には、サクラノヴァの歩行制御プログラムのコードがびっしりと並んでいる。

「これでシミュレーションの精度は完璧……のはず!」

彼女は満足げに頷きながら、プログラムを保存する。今日は、いよいよサクラノヴァの自律歩行テストを行う日だった。

工房の中央にあるサクラノヴァは、まるで準備万端とでも言いたげに、整然とした佇まいを見せている。桜色のフレームは陽光を反射し、どこか誇らしげだ。

「サクラノヴァ、今日は君の一歩を見せてね!」

小春は工具箱を片手に、機体の調整を再確認する。動力系統の接続、センサーの位置、モーターの反応速度……すべてが完璧であることを確認した。

午後になり、準備が整った。小春はコクピットに乗り込むと、心臓が高鳴るのを感じた。前方のモニターには、サクラノヴァの視界が映し出され、すべてのシステムが正常に稼働していることを示している。

「いくよ、サクラノヴァ……!」

小春が操作パネルのスイッチを押すと、機体がわずかに揺れる。続いて、左脚がゆっくりと持ち上がり、前方へと踏み出した。

――ガシャン。

金属が地面を踏みしめる音が、工房内に響く。

「動いた……本当に動いた!」

次に右脚が動き、さらにもう一歩。ぎこちないながらも、サクラノヴァは確かに自分の力で歩き始めた。その姿に、小春は思わず歓声を上げた。

「やったよ!君は本当にすごい!」

彼女の目には涙が浮かんでいる。これまでの努力が報われた瞬間だった。

だが、喜びも束の間だった。サクラノヴァの動きが突然ぎこちなくなり、左脚が急に止まったかと思うと、機体全体が揺れた。

「えっ、どうしたの!?」

小春がモニターを確認すると、動力系統の異常を示す警告が表示されている。彼女はすぐに手動で機体を停止させ、コクピットから飛び出した。

「これは……バッテリーの消耗が早すぎる?」

動力系統を確認すると、試作バッテリーが限界近くまで稼働していることが判明した。小春は歯を食いしばりながら、すぐに原因を探り始めた。

「エネルギー効率の問題かな……いや、制御プログラムの一部が負荷をかけてるのかも。」

彼女は冷静に分析を進め、改良の方針を練った。

父の声を聞くかのように

その夜、工房の隅に座り込んだ小春は、父の古い設計図を再び手に取った。そこには、エネルギー効率を最大化するためのメカニズムが記されていた。小春がこれまで見落としていた部分だ。

「お父さん……私、まだまだだね。でも、もう少しだけ頑張るから。」

彼女は設計図を見つめながら、父が一緒にいるかのような感覚を覚えた。そして、頭の中に浮かんだアイデアを元に、すぐさま動き出した。

翌朝、小春は改良した動力システムをサクラノヴァに組み込んだ。効率を上げるための新しいエネルギー配分プログラムを導入し、テストを開始する。

結果は上々だった。サクラノヴァの動きは前日よりも滑らかで、バッテリーの消耗も抑えられている。小春は大きく息を吐き、満足そうに笑みを浮かべた。

「これで次のステップに進めるね!」

だが、その様子を遠くから双眼鏡で観察している男がいた。黒いコートを羽織り、無表情のままサクラノヴァの動きを見つめている。

「予想以上の進展だな……やはり放っておくべきではない。」

男は小型通信機を手に取り、低い声で指示を飛ばした。

「計画を前倒しする。次の接触は近日中に行う。」

その言葉は、これから起こる波乱を予感させるものだった。

朝陽が差し込む工房の窓辺、小春はパソコンに向かい、サクラノヴァの制御プログラムを調整していた。前回のテストで判明した課題は主に二つ。動力の効率化と歩行の安定性の向上だ。

「サクラノヴァ、君はまだ進化できる。私がその手助けをするからね。」

小春は画面に表示された仮想空間のシミュレーションを注視した。サクラノヴァが歩くたびにセンサーのデータがリアルタイムでフィードバックされ、そのたびに修正プログラムが自動的に適用されていく。

「これなら……完璧!」

パソコン上のシミュレーションでエラーがゼロになるのを確認すると、小春は満足げに頷いた。そして彼女は、サクラノヴァに新しいプログラムをインストールするために立ち上がった。

プログラムのインストールが終わり、昼食の準備でもしようかと考えていたとき、不意に工房の扉がノックされた。訪問者の気配に小春は驚きつつも、警戒しながら扉を開けた。

「こんにちは、桜庭小春さん。」

そこには、スーツを着た中年の男性が立っていた。厳格ながらもどこか柔らかさを感じさせる表情を浮かべている。

「えっと、どちら様ですか?」

「私はナイト・オルドの一員です。ロボット競技の普及を目指して活動している団体です。」

その名を聞いた瞬間、小春の胸の奥で警戒心が一気に膨れ上がった。

(ナイト・オルド……?どこかで聞いたことがあるような……)

「実は、あなたの作ったサクラノヴァについてお話がありましてね。」

男性は冷静な口調で話を続けた。

「あなたのロボット設計技術には目を見張るものがあります。我々は今度開催される“メカ・アスリート杯”で、あなたにぜひ参加していただきたいと思っております。」

「メカ・アスリート杯?」小春は眉をひそめた。ロボット競技の大会だという話は知っていたが、なぜ自分がそこに誘われるのかがわからなかった。

「この大会は、世界中の優れたロボット技術者たちが集まり、互いに競い合う場です。あなたのサクラノヴァは、その中でも十分に輝ける存在だと確信しています。」

そう言いながら、男性は小春に分厚い封筒を手渡した。その中には参加申し込み書と、大会の詳細が記されたパンフレットが入っていた。

「ご検討ください。我々はいつでもお待ちしています。」

そう言い残すと、男性は工房を後にした。

封筒を手に取ったまま、小春はその場に立ち尽くしていた。

(大会に参加すれば、サクラノヴァの性能をもっと試すことができる……でも、あの人たち、本当に信用していいの?)

彼女の脳裏に浮かんだのは、父が遺した言葉だった。

「技術は人を幸せにするために使うものだ。だけど、それが間違った手に渡れば……。」

ナイト・オルドの申し出には魅力を感じつつも、その裏に潜む意図が見えないことに小春は不安を覚えた。

「どうしよう……」

その夜、小春が工房で作業を続けていると、不意に工房の外から物音が聞こえた。金属が擦れるような音に、小春は息を飲んだ。外を覗くと、そこには漆黒の影があった。

「なに……あれ?」

窓の外に見えたのは、黒く光るロボットの姿だった。オブシディアンだ。

「まさか……!」

小春が驚きの声を上げる間もなく、オブシディアンは静かに動き始めた。その瞬間、小春の心臓は激しく鼓動を打った。

「サクラノヴァ、守らなくちゃ!」

小春は咄嗟にサクラノヴァのコクピットへ飛び込み、システムを起動させた。モニターに表示されるシステムチェックが完了すると同時に、オブシディアンが工房のガラス窓を破って侵入してきた。

「来るなら来なさい!」

小春は震える手で操縦桿を握り、サクラノヴァを動かした。初めての実戦に、全身が緊張で硬直する。

オブシディアンの動きは、まるで生き物のように滑らかだった。サクラノヴァに向かって一直線に突進してくるその姿に、小春は思わず操縦桿を引き、ペタル・シールドを展開した。

――ガキィン!

鋭い音を立てて、オブシディアンの攻撃がシールドに弾かれる。

「やるしかない……やらなきゃ!」

小春はブロッサム・ブラスターを構え、オブシディアンに向けてエネルギー弾を放った。桜の花びらを模した輝きが夜空を切り裂く。

オブシディアンはエネルギー弾を巧みに避けると、不意に動きを止めた。そして、小春に何かを伝えるように、その場を後にした。

「逃げた……?」

小春は息を切らしながら、モニターに映るオブシディアンの背中を見つめた。その姿は夜の闇に溶け込むように消えていった。

「一体、何が目的なの……?」


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