第12話「希望の脱出」
施設全体が警報音と激しい振動に包まれていた。壁や天井から火花が散り、金属の破片が飛び交う中、小春はサクラノヴァの操縦席で気を失いかけていた。
「小春!応答してくれ!」
悠真の焦る声が通信機から響く。小春は意識を取り戻し、ぼんやりとした視界の中でモニターを確認した。サクラノヴァのエネルギーレベルは限界を超えた状態にあり、動作は極端に不安定だ。
「ごめん、ちょっと寝ちゃったみたい…。」
小春は弱々しく笑いながら答えるが、その声には疲労と痛みが滲んでいた。
「寝てる場合か!施設が崩壊するぞ!ここから脱出しなきゃ全員巻き込まれる!」
悠真は必死だった。仲間たちも次々と通信に加わり、それぞれの脱出手段を模索している。
「小春!私がそっちに向かうから、少しでも動けるようにして!」
クラウディアが自分の機体「バルメリア」で小春の救援に向かうと告げた。
「でも、クラウディアまで危険に巻き込むわけには…!」
小春が言いかけるが、クラウディアは強い口調で遮った。
「あなたがいなきゃ、この戦いは終わらない。だから必ず助け出すわ!」
その言葉に小春は小さく頷き、サクラノヴァの緊急修復システムを起動した。動作は鈍いが、辛うじて立ち上がることができる状態に戻る。
◇
脱出の準備が整う中、モニターに黒い影が映し出される。
「まさか…!」
現れたのは、以前戦った黒いロボット「オブシディアン」だった。だが、今回は戦闘態勢ではなく、損傷した状態でフラフラと漂っている。通信が接続され、機体の操縦者の姿が映し出された。
「…お兄ちゃん?」
小春の目が見開かれる。そこにいたのは、行方不明だった兄・桜庭 一真だったのだ。
「小春…すまない。お前を巻き込むつもりじゃなかった…。」
一真の声には苦悩が滲んでいた。
「どうして…どうしてまたオブシディアンに乗ってるの?お兄ちゃんがナイト・オルドの手先だなんて信じられない!」
小春の声は震えていた。一真は静かに答える。
「俺は…ナイト・オルドに囚われていた。だが、お前に助けられるとは思わなかったよ。」
その言葉に、小春は複雑な感情を抱えたまま動けなくなる。だが、悠真の声が通信を割り込んだ。
「感動の再会は後だ!このままだと全員生き残れないぞ!」
一真はオブシディアンの動力を利用して、施設の崩壊を一時的に遅らせる作戦を提案した。
「俺が時間を稼ぐ。その間にお前たちはここから脱出しろ。」
「そんなのダメ!一緒に逃げよう!」
小春は必死に止めようとするが、一一真首を振る。
「お前には未来がある。俺はその未来を守りたいんだ。」
一真の決意を前に、小春は涙を堪えることしかできなかった。
◇
一真のサポートで施設の崩壊速度が遅れる中、クラウディアが到着し、サクラノヴァを牽引して脱出ルートを進む。仲間たちもそれぞれの機体で脱出を試みる。
「小春、振り返るな!今は前に進むだけだ!」
悠真が叫ぶ。小春は涙を拭い、前を向いて操縦桿を握りしめた。
やがて、施設全体が崩壊する轟音とともに、巨大な爆発が背後で起こる。仲間たちは間一髪で施設外へ脱出することに成功した。
◇
施設崩壊から数時間後、小春たちは近くの廃工場に身を寄せていた。負傷者の手当てや機体の修復が行われる中、小春はサクラノヴァの操縦席でじっと座り込んでいた。兄・一真の言葉が頭の中で何度も反響している。
「俺が時間を稼ぐ。その間にお前たちは逃げろ。」
一真が崩壊する施設に取り残された瞬間、小春の中には強烈な喪失感と怒りが渦巻いていた。だが、今はそれを抑え、現状を整理しなければならない。
通信端末が振動し、悠真の声が聞こえた。
「小春、そろそろ話そう。兄さんが残してくれたデータのこともあるし、全員で状況を整理しなきゃ。」
廃工場の中央にある簡易モニターに、一真の残したデータが映し出された。それは彼自身がオブシディアンの操縦席から送信した映像記録だった。
「小春、もしこれを見ているなら、俺はもうそっちには戻れないかもしれない。でも伝えなきゃいけないことがある。」
映像の中で、一真は疲れた表情ながらも真剣な眼差しを向けていた。
「ナイト・オルドの目的は『オーロラ計画』にある。この計画は、すべてのロボット技術を一つに統合し、完全無敵の支配システムを作り上げることだ。その中核となるのが、お前が作った技術だよ、小春。」
小春は息を呑んだ。自分の技術が敵の計画に利用される可能性があるという現実に、恐怖と責任感が押し寄せる。
「俺はナイト・オルドに囚われ、彼らのために働かされていた。でも、最後の最後でお前が立ち向かう姿を見て、俺も戦おうと決意したんだ。」
一真の声は次第に弱々しくなる。
「オーロラ計画を止められるのはお前たちだけだ。仲間たちと力を合わせて、必ず…。」
映像が途切れる瞬間、一真の姿がかすかに笑ったように見えた。
映像を見終わった小春は立ち上がり、震える手で拳を握りしめた。
「お兄ちゃんが命を懸けて残してくれた情報を無駄にしない。絶対にナイト・オルドを止める。」
悠真が穏やかな口調で語りかける。
「俺たちは小春を守るためだけじゃなく、この技術を正しい方向に進めるために戦うんだ。兄さんもそれを願ってるはずだよ。」
クラウディアが鋭い声で続けた。
「そのためには、まず私たち全員が生き残らなきゃね。次の作戦では、もっと綿密に計画を立てましょう。」
仲間たちはそれぞれうなずき、これからの戦いへの意志を新たにする。
◇
夜の間、小春はサクラノヴァに向き合っていた。一真の残したデータには、ナイト・オルドの技術に関する詳細な情報だけでなく、サクラノヴァのさらなる進化に役立つ設計図が含まれていた。
「お兄ちゃん、あなたの想いを形にするから。」
小春は新しい武装「エターナルフレーム」の開発に着手した。これは一真が設計したもので、エネルギー効率を飛躍的に向上させるシステムだ。
「これなら、ナイト・オルドの最終兵器に対抗できる…!」
仲間たちもそれぞれの機体に改良を加え、次の決戦に備えた。
夜明け前、小春は仲間たちを前にして宣言した。
「オーロラ計画を止めるために、ナイト・オルドの本部に潜入する。これが最後の戦いになるかもしれないけど、絶対に勝つ。」
仲間たちは一斉に声を上げた。
「もちろんだ!」「ここまで来たんだ、やるしかない!」
こうして、小春たちは最終決戦への準備を整え、ナイト・オルドの本部へ向けて出発するのだった。
◇
明かりが差し込む廃工場。小春たちは、ナイト・オルドの本部「オーロラの砦」に向けて最後の準備を進めていた。工房から持ち出した機材や、一真が残したデータを基にした最新の装備が、彼らのロボットに組み込まれている。
サクラノヴァは、漆黒の外装をまといながらも、肩部から光る青いエネルギーラインが新たに加わり、これまで以上に威圧感と美しさを醸し出していた。
「エターナルフレームの調整は完了。エネルギー出力も安定してる。」
小春が最後の点検を終え、拳を軽く握りしめた。隣では悠真が彼の機体 スカイランサーの整備を終え、笑みを浮かべる。
「俺たち、ここまで来たんだな。あとは突き進むだけだ。」
クラウディア、リー、そして他の仲間たちもそれぞれの機体に乗り込み、全員の視線が一点に集まる。目的地はただ一つ――オーロラの砦。そして、その中心にいる宿敵・ナイト・オルドを打倒する。
◇
ナイト・オルドの本部は、山岳地帯の奥深くに位置する、巨大な地下要塞だった。周囲には厳重な防御網が張り巡らされ、無数の無人機が待ち構えている。
作戦は二段階に分かれていた。まず、小春たちの仲間であるクラウディアとリーが、奇襲部隊として防御網を突破。その隙に小春と悠真、そして主力部隊が地下施設への侵入を試みる。
「準備はいい?時間は限られてるわよ。」
クラウディアが通信越しに声をかける。
「大丈夫。こっちはいつでもいける。」
小春は深呼吸をして答えた。
クラウディアとリーの機体が一斉に加速し、砦の防御線へ突撃を開始。爆発と光の嵐が広がり、敵の無人機が次々と迎撃に向かう。
その隙を突いて、小春たちは砦の地下への隠された通路へと滑り込む。
地下通路は、狭く入り組んだ構造で、まるで迷路のようだった。しかし、一真の残したデータにより、施設の全体図が把握できている。
「メインコンピューターはこの先の中央制御室。そこを抑えればオーロラ計画の発動を止められる。」
小春が通信で仲間たちに指示を出す。
だが、その時、通路の奥から巨大な影が現れた。それは、ナイト・オルドの最新鋭機「グリムヴァルド」だった。
「ここを通すわけにはいかない。」
無機質な声が響き、グリムヴァルドが攻撃を開始した。
小春はサクラノヴァで攻撃を受け流しつつ、反撃のタイミングをうかがう。
「悠真、左右から挟み込むわよ!」
「了解!」
二人の連携攻撃が炸裂し、グリムヴァルドの装甲が徐々に剥がれていく。だが、敵の抵抗も激しく、戦闘は膠着状態に陥る。
その時、クラウディアの声が通信に割り込んだ。
「援護に入るわ!耐えて!」
クラウディアの機体が駆けつけ、形勢は一気に逆転する。最後は小春がエターナルフレームの新兵器「プラズマスラッシュ」でグリムヴァルドを両断し、戦闘は終了した。
中央制御室に到達した小春たちだったが、そこにはナイト・オルドの幹部と無数の無人機が待ち構えていた。
「ここまで来るとは驚いたよ。しかし、遅かったな。」
幹部の背後にあるモニターが点灯し、オーロラ計画の進行状況を示すバーが90%を超えていた。
「まずい、止めなきゃ!」
小春は焦りながらも冷静さを保ち、制御システムのハッキングを試みる。一真の残したデータがここで役立ち、徐々にシステムに干渉し始めた。
「あと少し…!」
だが、その時、オブシディアンが現れた。
「小春、ここで決着をつけよう。」
操縦席から聞こえた声は、どこか穏やかで、懐かしい響きを持っていた。それは、一真のものであった。