第10話「盟友の覚悟」
銀色の機体「シルバーフェニックス」が戦場に乱入し、状況は一気に変化した。ライアン・クロスの操縦技術は健在で、オブシディアンの攻撃を巧みにかわしつつ、サポート部隊の敵機を次々と撃破していく。
「ライアン、何でここに?」
小春が通信を開くと、ライアンの表情がモニター越しに映った。
「お前がナイト・オルドに狙われてるって聞いたら、黙ってられるわけないだろ!」
彼の声には迷いがなかった。
「それに、俺もあいつらに恩を売ってやる理由があるんだ!」
彼が言う「あいつら」とは、かつての大会で共に競い合った仲間たちのことだろう。それを聞いて小春の心にも僅かな安心感が広がる。
だが、敵の猛攻が止むことはなかった。
「話してる暇はないぞ、小春!」
悠真が叫び、スカイランサーがオブシディアンに向かって突撃する。悠真の機体は軽量型であり、直接戦闘では不利だが、その機動力を活かしてクラウディアの注意を引きつけていた。
◇
オブシディアンのコクピット内で、クラウディアの表情には焦りが見える。
(こんなはずじゃない…!)
彼女はナイト・オルドの指令のもと、この作戦を指揮していた。しかし予想以上の抵抗に加え、旧友である小春やライアンと対峙することが彼女の心をかき乱していた。
「クラウディア、戻ってきて!」
小春の声が通信越しに響く。
「あなたと争う理由なんてない。こんな戦い、やめよう!」
一瞬だけクラウディアの手が止まる。しかし、次の瞬間には再び彼女の顔が険しくなった。
「小春、甘いことを言わないで!」
クラウディアは感情を押し殺し、オブシディアンを再び突撃させた。その攻撃は先ほどまでの冷静さを欠いており、小春はそれを見逃さなかった。
「彼女も迷ってる…」
◇
「小春、そろそろ機体のエネルギーが限界だ!」
悠真の警告に、小春は思わずモニターに目をやる。サクラノヴァのバッテリーユニットの出力が赤いラインに近づいていた。
「まだだ…ここで止まるわけにはいかない!」
小春は覚悟を決めた。
「エネルギー管理システム、オーバーライド!」
サクラノヴァのバッテリーユニットが活性化し、機体全体が青白い光を放つ。その姿は新たな進化を遂げた証だった。しかしこの決断にはリスクが伴う。限界を超えたエネルギー出力は、機体の寿命を縮めることを意味していた。
「これで終わりにする…!」
サクラノヴァの新武装「ヴァリアブルアーク」が展開される。空間を切り裂くような光の刃がオブシディアンに向かって放たれた。
クラウディアはその攻撃を受け止めようとしたが、オブシディアンの防御システムも限界を迎え、機体が制御を失う。
「クラウディア!」
小春は急いで機体を降下させ、オブシディアンのコクピット付近に接近する。
「大丈夫、クラウディア!」
小春が声をかけると、コクピットが開き、クラウディアが姿を現した。彼女の顔には疲労と葛藤の色が濃く浮かんでいた。
「小春…私…」
クラウディアが何かを言おうとしたその時、遠方からナイト・オルドの増援部隊が迫ってきた。
「くそ、まだ来るのかよ!」
悠真が歯ぎしりする中、ライアンが通信を開いた。
「撤退するぞ!ここで全員捕まったら元も子もない!」
「でも…!」
小春はクラウディアを見つめた。
「大丈夫、私も行くわ。」
クラウディアのその言葉に、小春は驚きながらも手を差し伸べた。
◇
全員が撤退の準備を進める中、小春たちはクラウディアの告白を聞く。
「ナイト・オルドは『オーロラ計画』というものを進めている。それは、ロボット技術を極限まで軍事転用する計画…。止めないと、世界が…」
その言葉に小春たちは再び決意を固めた。
「私たちで止めるんだ、絶対に!」
◇
小春たち一行は、ナイト・オルドの増援が迫る中、機体の状態を確認しながら撤退を開始した。サクラノヴァ、スカイランサー、シルバーフェニックス、そして損傷を受けたオブシディアン。戦闘の余波で荒れた地形を抜け、安全な場所を目指して進む。
「小春、急げ!敵が追いつくぞ!」
悠真がスカイランサーのスラスターを全開にしつつ叫ぶ。その声に、小春も焦りを感じながらサクラノヴァを操縦していた。
「エネルギー残量がギリギリだ…!」
サクラノヴァのメインモニターには、警告表示が点滅している。オーバーライドを解除したものの、システムへの負荷は大きく、機体全体が悲鳴を上げているようだった。
「私も手伝うわ。」
不意にクラウディアが口を開いた。損傷したオブシディアンを操る彼女は、冷静さを取り戻した表情をしていた。
「クラウディア、本当にいいの?」
「ここで何もしない方が後悔する。」
彼女の短い言葉には決意が込められていた。
◇
一行は、地図にあった小さな廃工場にたどり着いた。ここはかつてロボットの試作機を製造していた施設らしい。荒れ果てているものの、隠れ家としては十分な場所だった。
「ここなら敵の追跡を一時的にかわすことができるはずだ。」
ライアンがシルバーフェニックスを工場の一角に停め、警戒を続けながら言った。
「みんな、まずは機体の修理を優先しよう。」
小春が指示を出し、全員が動き始める。
小春はサクラノヴァを点検しながら、今回の戦闘で受けた被害の大きさを痛感していた。
「エネルギー制御モジュールが完全に焼き切れてる…これじゃ次は戦えない。」
彼女はため息をつき、悠真に視線を向けた。
「悠真、補給品はどれくらいある?」
「正直、ほとんどない。でもこの工場にある廃材を使えば、何とかなるかもな。」
悠真がそう言いながら、近くに積み上げられた古い機械部品を指した。
「時間との勝負だな。」
ライアンが腕を組んで言葉を挟む。
◇
一方で、クラウディアは静かにオブシディアンを降り、小春たちの元に歩み寄った。
「…今さらだけど、話しておきたいことがある。」
その声に全員の視線が集まる。
「ナイト・オルドの『オーロラ計画』は、ただの軍事計画じゃない。」
「どういうことだ?」
悠真が問い返すと、クラウディアは苦しげに目を伏せた。
「オーロラ計画は、AIを搭載した自律型ロボットを大量生産し、兵器として世界にばらまく計画。今はまだ試作段階だけど、それが完成すれば、どんな国家も対抗できない。」
「自律型ロボット…そんなものを制御しきれるの?」
小春が疑問を口にすると、クラウディアは首を振った。
「ナイト・オルドにとって、それは問題じゃない。彼らは『制御』じゃなく、『支配』を求めているのよ。」
その言葉に、一同の表情が険しくなる。
「なら、俺たちも黙って見ているわけにはいかないな。」
ライアンがシルバーフェニックスのコクピットから降りながら言った。
「だけど、今のままじゃ勝てない。小春、何かアイデアはないか?」
小春は少し考え込み、やがて顔を上げた。
「エネルギー効率をもっと高める新しいシステムを試す必要があるわ。でも、そのためにはこの工場の設備を使わせてもらいたい。」
悠真が驚いたように言った。
「ここって、かなり古い設備ばかりだぞ?」
「そうね。でも、基礎技術には応用が効く。廃材も使えるし、やってみる価値はある。」
小春の言葉に全員がうなずき、即座に作業を開始した。
◇
夜が明ける頃には、機体の修理と改造が順調に進んでいた。廃工場の中で、サクラノヴァは新たなエネルギーシステムを搭載し、スカイランサーも軽量化と機動力の強化が施された。
「これで次の戦いも戦える。」
小春がサクラノヴァを見上げながらつぶやく。
「でも、まだ始まったばかりだよな。」
悠真が苦笑しながら言うと、小春も頷いた。
「ナイト・オルドを止めるためには、もっと強くならなきゃ。」
クラウディアも静かに言葉を重ねた。
「私も協力する。ナイト・オルドのやり方にはもう従えない。」
全員が同じ方向を見据えたその瞬間、新たな絆が生まれた。
◇
廃工場での準備を整えた小春たちは、ナイト・オルドの陰謀を阻止すべく、次の作戦に移ることを決意する。彼らの目的地は、ナイト・オルドの中核拠点とされる「オーロラ計画」の主要施設。しかし、施設の場所は厳重に秘匿されており、手がかりはわずかだ。
小春は、メカ・アスリート杯のデータからヒントを探ろうとしていた。大会を通じて使われたシステムの一部に、ナイト・オルドの通信プロトコルが紛れ込んでいることに気づいたのだ。
「これが、ナイト・オルドの拠点へつながる鍵になるはず。」
小春は、自作の解析プログラムを起動し、データを深く掘り下げていく。悠真とライアンもそれを見守りながら、サクラノヴァと仲間たちのロボットの最終チェックを進めていた。
「小春、見つけたのか?」
悠真が声をかけると、小春は目を輝かせた。
「うん!ここ、北部の山岳地帯にある施設が怪しい。データ通信が集中してる場所だよ。」
「それって、かなり人里離れた場所だな。」
ライアンが地図を確認しながら眉をひそめる。
「だからこそ、ナイト・オルドにとって都合がいい場所なんだと思う。」
「行くしかないな。」
悠真が決意を込めて言う。
目的地が決まった小春たちは、潜入作戦の詳細を詰めていく。
「施設の外周は警備が厳重だろうから、正面突破は無理だね。」
小春は、施設の構造を推測しながら言った。
「なら、サクラノヴァを囮にして、警備を引き付けるのはどうだ?」
悠真が提案する。
「それじゃ、サクラノヴァが危険すぎるよ。」
小春は即座に否定するが、クラウディアが冷静に口を挟んだ。
「囮役は私が引き受ける。オブシディアンはまだ完全じゃないけど、十分戦える。」
その言葉に、全員が一瞬驚いた表情を見せた。
「クラウディア、無理しなくていいんだよ。」
小春が優しく言うが、クラウディアは首を振る。
「これは私の償いでもある。ナイト・オルドのために技術を使った過去を、そのままにはできない。」
その真摯な態度に、小春たちは反論できなかった。
◇
作戦決行の日、小春たちは北部山岳地帯の施設へと向かった。霧が立ち込める夜明け前、緊張感が漂う中、全員が持ち場についた。
「行くよ。みんな、気をつけて。」
小春の声が通信機を通じて響く。
クラウディアのオブシディアンが先陣を切り、施設の外周に近づいた。
「侵入者発見!排除せよ!」
警備用の小型ロボットが次々と現れるが、オブシディアンの高機動性がそれをかわし、攻撃を封じ込めていく。
「警備を引きつけた!今のうちに!」
クラウディアの声に応じて、小春たちは施設の裏手から侵入を開始した。
施設内部は巨大な迷路のように入り組んでいた。小春は端末を操作し、内部システムへのアクセスを試みる。
「セキュリティが強固だ…でも、突破できるはず!」
彼女の指がキーボードを叩くたびに、次々とロックが解除されていく。だが、進むにつれて罠が仕掛けられていることに気づいた。
「ここは罠だ!退避して!」
悠真が叫ぶと同時に、天井から無数のドローンが出現し、小春たちを取り囲んだ。
「仕方ない、戦うしかない!」
ライアンがシルバーフェニックスで応戦する。ドローンの攻撃を回避しつつ、一つずつ撃ち落としていく。その間、小春はサクラノヴァを盾にして仲間を守りながら、ドローンの制御信号をハッキングし始めた。
「あと少し…制御を奪えれば!」
◇
ようやく警備を突破し、施設の奥深くへと進んだ小春たち。しかし、そこに待っていたのは一機の黒いロボットだった。
「オブシディアン…でも、クラウディアは別の場所にいるはず。」
黒いロボットから響く声が、小春たちを凍りつかせる。
「久しぶりだな、小春。」
その声には、どこか聞き覚えがあった。
「まさか…操縦者が…あなたなの?」
衝撃を受けた小春の顔が硬直する中、黒いロボットはゆっくりと姿勢を低くし、戦闘態勢を取った。
「今度こそ終わらせてもらう。」
その言葉を最後に、戦いが始まった。