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第43話 工業大の後輩

 冬のうちに予約していた上高地に行く日が来た。4月末に新宿から夜行バスで上高地入りする。昨日私達一家は東京の修二くんの実家に泊まり、今日の夕方に新宿から上高地に直行するバスに乗る。大学4年のとき「実験物理若手の学校」で上高地に行ったときも利用した。それはそうと昨日の晩は、修二くんのお母様の手料理をいただいた。ルドルフが大食漢であるのはバレていたのか、大量に肉が用意されたすき焼きだった。おそらく肉の半分はルドルフが食べてしまったと思う。お義父さまお義母さまは私の買ってきたコロッケ・メンチカツを半分ずつお食べになり、余った分はルドルフに食べさせてくれた。お義父さまはとてもおいしいワインを用意されていて、不思議とすき焼きによく合った。

「これ、おいしいです」

と素直に言ったら、

「そうでしょう、今度そっちに送っとくね」

と言っていただいた。なんとか飲む量を抑制し、寝る前スマホで調べてみたらびっくりするくらいの値段だった。とても我が家の家計では買えない。酔が冷めた気がした。

 朝食は昨日のすき焼きの残りと温泉卵をあわせてご飯にかけて食べた。こんどうちでもやろうと思う。


 午前中にお義父さまの案内で、多摩川まで散歩することにした。団地の階段を降りている間は肌寒かったが日向にでた途端陽光が眩しく、正確には紫外線が皮膚に刺さる。お義母さまから薄いパーカーを借りてきてよかった。


 駅につながる通りに出ると、学生たちの姿が多い。

「工業大の学生だね」

 お義父さまがおっしゃる。物理学校と同じく、男子ばっかりである。これが女子大だったら修二くんは私なんかに興味を持たなかったのかもしれない。真面目そうな学生が多いなと思っていたら、

「もしかして、聖女様ですか?」

という女性の声がした。振り返ると白いブラウスにワイドパンツをあわせた若い女性だった。ぶっちゃけ私より数段おしゃれである。重そうなトートバッグを背負い直しながら、その女性は話を続けた。

「あの、私、樋口恵といいます。扶桑からこの春、ここの院に進学したんです」

「そうなんだ、で、専門は?」

「はい、有機伝導体を扱ってます。高圧下で超電導になったりするんですよ」


 そういう物質があることは、もちろん私も知っていた。

 多くの有機物は電気を通さない、いわゆる絶縁体である。しかし物質によっては電気伝導性を示すし、光を当てると電気を通すようになる物質もありレーザープリンターなどで利用されている。さらに一部の物質では高圧下で超電導になる。私はつい言ってしまった。

「有機超電導って、駅伝で有名な大学でやってると思ってた」

「あ、聖女様、サンプルの作成はそっちが得意で、うちは高圧下での電気抵抗とかが得意なんです」

「あ、そうか、分業なのね」

「そんなことより、さっきからそのお子さん、気になっているんですけど?」

「ルドルフです! パパとママの子供だよ!」

「え、ちょっと早すぎませんか?」

「ははは、養子なのよ」

「うん、僕が生まれたとき、本当のお母さんが死んじゃってね、ママに育ててもらってるんだ!」

「あとね、こちら夫の修二くんと、修二くんのお父さん」

「唐沢と申します」

「恵さんの研究、詳しく聞かせてよ?」

「聖女様、後輩なんだから呼び捨てでいいですよ」

「はは」

「聖女様には申し訳ないですけど、私の扱ってるサンプルは圧をかけても超電導にならないんですよね」

「そうなんだ」

「でも、圧力によって反強磁性転移はするんです」

 すると珍しく修二くんが横から口を出した。

「樋口さん、反強磁性相の、ミクロな測定はされてるんですか?」

「いえ、比較的新しい物質なので、全然まだですね」

「なるほど……」

 修二くんの考えていることはわかる。私の大好きな超伝導相では、いろいろなミクロな性質が超電導状態の電子によって覆い隠されてしまいがちだ。しかし反強磁性相ならば、中性子による測定が得意な分野だ。私もつい、中性子での磁気励起の測定や、結晶構造、格子振動について考えてしまった。


「お二人共、お子さんほっといて何考えてるんですか」

 恵さんの声で、私は我に返った。

「あのね、パパとママは、いつもこんなだよ」

 ルドルフの説明に、修二くんと顔を見合わせてしまった。

「なるほど、お似合いの二人ってことなんですね」

「うん、そういうことだよ!」

 ルドルフは楽しそうである。

「聖女様、修二さん、いいお子さんですね」

 すると私より先に修二くんが言った。

「そうでしょう、杏とルドルフに囲まれて、僕は幸せですよ」

 さらにお義父様も、

「最初子供をひきとったと聞いたときはびっくりしましたが、今はもう、大事な孫なんです」

「いいなあ、私もそんな彼氏、できないかしら」

 それに対しては私が答える。

「工業大でしょ、よりどりみどりなんじゃない?」

「う~ん、ですけど、研究室のメンバーとか、私を女扱いしてないですよ。研究者としてはうれしいですけど」

「はは、わかる」


 恵さんとは後日研究室を見学させてもらうことを約束し、私達家族は散歩にもどった。

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