第37話 エアロバイク
澤田先生がクリスマスオンラインセミナーを察知したからくりは単純だった。佐倉さんとヒガシさんの指導教官の伊藤先生は扶桑の卒業生だったのである。大先輩であったことを今日の今日まで気づいていなかった。専門が違うからノーチェックだったのだ。
澤田先生は若干名になるかもしれないが扶桑からも参加者を出すとおしゃった。
どっと疲れを覚えながらも榊原先生のところでも説明した。実験棟の制御室でである。
「若手限定のセミナーね、いいと思うよ」
「それでですね、お菓子とかケーキを頂きながら気楽なセミナーにしようと思うんです」
「いいと思うよ、クリスマス会」
「はあ」
榊原先生は一発でこのセミナーの趣旨を理解してくれた。
「ぼくのほうで会議室、抑えるよ。食事の許可も出ると思うよ」
「お手数おかけします」
「ま、聖女様はサンタ役ね」
「へ」
「去年の衣装があるでしょう」
「あれ、ちょっと恥ずかしいです」
「ま、いいじゃん、それくらいくだけたほうが」
「はあ、善処します」
突然眼の前の電話が鳴った。この電話はチョッパー分光器のグループに割り当てられているものである。榊原先生がぱっととった。
「あ、菅野先生、なんですか」
それからしばらく榊原先生の「ハイ、ハイ」とか「わかりました」とか言う声だけが制御室に響いていた。先生の顔は、ちょっときびしい顔になり、あきらめたような顔にもなった。
立って電話をうけていた榊原先生は、電話をきると疲れ果てたように椅子にどかっと座った。
「どうしたんですか」
ほぼわかっていたけれど、一応聞いた。
「もう知ってたよ、菅野先生」
「やっぱり。宮崎先生が予言されてました」
どうせ澤田先生が情報を流したのだろう。
「ははは、それで許可は出る。だけど条件を出された」
先程の先生の表情の原因はその「条件」にあることは明白である。
「その条件とは?」
「まず、女子大と扶桑の出席者の名簿をちゃんとつくること、そしてSHEL側で用意するセミナーの資料は、出席者数分プラスアルファ、セミナー前日までに確実に両校にとどけること、だそうだ」
「え、今どき紙ですか」
この時代、資料なんてデータで送って向こうでプリントアウトしてもらえば送料もかからないし、資料作りの時間も少しだが稼げる。
「資料だけ送るわけ無いだろう」
「そうなんですか?」
「ああ、資料は1人分ずつ袋詰めして、大学院大学のパンフレットと就活生向けのSHELのパンフレット同封するよう厳命された」
そう言われれば2年前修二くんがここで実験したとき、修二くんは私宛の大学院大学のパンフレットを持たされていた。
なんか参加者が多くなってしまいそうでげんなりしたが、SHELで研究する一員として、この作業には精を出さざるを得ない。チョッパー分光器関連で常駐している院生は私と修二くんの二人だけだから、私達二人だけでやるしかない。
これほどロマンチックでない「ふたりだけ」という言葉もそうそう無い気がした。
情報は結局物理学校にも流れ、柏にも流れた。参加者が増えるのは悪くないが、パンフレットの袋詰め作業を考えると気が重い。挙句の果てに新発田先生が、
「一般参加はだめなの?」
と言ってきた。
「ぼくも復帰に向けて勉強したいしさ、ルドルフくんも勉強したいんだって」
ルドルフはこの世のものでない学習能力をもっているし、両親の仕事もみたいのだろう。
「ルドルフくんが出たいと言ったら、申し訳ない、まほもみほも言うこと聞かなくてね」
「とするとあかねちゃんも参加するでしょうね」
「うん、新発田家も会場に加えてよ」
「大丈夫だと思います」
それでなくても忙しい年末がさらに忙しくなってきた。バタバタと家でも資料作りをやっていたらルドルフが聞いてきた。
「ママ、ぼくはトナカイなの?」
「あ、トナカイから名前もらった」
私はルドルフにトナカイのクリスマスソングと、名前にこめた願いをルドルフに教えてあげた。
「そっか、ぼくにノルトラントを導いてほしかったんだ」
「そうよ、その期待には応えてくれたわ」
「そっか、よかった。ぼく、トナカイの角つけてセミナー出るよ」
「うん、かわいいよ、ぜったい」
「ママはサンタさんね」
「あ、そうね、衣装、見てみる?」
私は押し入れからセクシーサンタコスを探し出した。
「ふ~ん、意外とこの服ちっちゃいんだね」
我が子ながらひどいことを言う。
「大丈夫よ、のびるから、ママ、ちゃんと入るのよ」
私は1年ぶりにセクシーサンタコスを着てみた。オヘソが出るやつである。
オヘソはでた。だけどスカートの上にお肉もちょっと出た。
ルドルフの視線が痛かった。
私はネットでエアロバイクと腹筋を電気できたえるパッドを注文した。




