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第36話 地獄耳

 私は正式にチョッパー分光器のメンバーになった。だから毎日最低1回は実験施設の方に顔を出し、ちょっとした手伝いをしていた。気分だけでも実験屋になっていたかったのである。ただ長居すると修二くんの顔が怖くなるので気をつけている。

 ビジターの皆さんには好評だった。実験中に理論的側面からの議論もできるのが強い。実験にやってくるビジターの先生は高確率で院生や4年生を連れて来るが、彼らは実験自体の勉強に忙しく理論側の勉強が遅れがちである。ビジターの先生からすると、私の勉強につれてきた院生たちをつきあわせることで彼ら自身の勉強になることが期待できる。ときどきは宮崎先生も参加して、いつの間にかそれはチョッパーゼミと言われるようになっていた。


 ゼミといえば千葉県野田市の物理学校でのアルバイトも当然続けていた。午前は修二くんは学生実験、私は演習授業の手伝いで雇われており、本当は私も学生実験に行きたかったがそうもいかない。午後の吉田研のゼミはいつもどおりだ。


 12月になった。札幌基準ではまだまだ秋であるが一年早く来ている修二くんは体がなまってしまったのか「寒い寒い」と言っている。そして日が立つに連れ、チョッパー分光器のシマのあたりには微妙な空気が流れ始めた。

「なんかみんな、私を見る視線が微妙なんだよね」

「まあアンには前科があるからね」

「前科なんてないわよ」

「やった本人は忘れてるんだよね、クリスマス」

「あ、あれか」


 その話は去年の冬にまで遡る。


 榊原先生は私に内緒で聖女効果の定量的測定を企画し、それを知った私は激怒した。まだ聖女効果を克服できていなかったので心が狭かった。その仕返しに私はクリスマスイブの夜食に、安くて小さいクリスマスケーキを人数分用意し、私はセクシーサンタコスを着て修二くんと二人で帰宅してしまった。永遠の新婚気分で幸せいっぱいの私達の姿を、実験に打ち込む否モテ研究者たちに見せつけたのである。私のセクシーサンタコスも、目の保養になるほどの時間を与えるわけがなかった。修二くんはそのあと結構ブーブー言われたらしい。

 今になって冷静に考えると、少々私はやりすぎた。今年は私も正式にチョッパー分光器のメンバーになったことだし、みんなに楽しいクリスマスを味わってもらうのもいいのではないかと思った。


 私は中性子のみんながなにに一番喜ぶか、考えた。その答えは簡単にでる。女っ気である。私も生物学的には女性なわけだが、法的にもパートナーは固定されているし、多分性格的にも男性研究者たちから女性の数には入っていない。合コンを組むのが一番いいわけだが、東海村に女性陣が来てくれるわけがないし、そもそもふた月くらい前に物理学校や扶桑女子大との合同セミナーをやったばかりである。カレンダーを見ると見事に今年のクリスマスもビームラインは稼働中である。つまりこちらは東海村を離れることはできない。


 普通に考えれば手詰まりである。しかしこの次代、ネット会議というものがある。若手対象のクリスマスオンラインセミナーしかない。


 ただこの話、扶桑女子大にもちかけるのは気が引けた。秋にセミナーの名を借りた合コン、冬にこんなクリスマスイベントを企画しているのを澤田先生に知られたら、怒られるならまだしも呆れ返られるにちがいない。となると誰に話を持ちかけるかだが、すぐに思いついた。文京区の国立女子大である。


 二十世紀はじめに開学した扶桑女子大は一応女子大としては一番古い。しかし国立女子大は明治の女子師範学校を源流としていてそう言う意味では扶桑より歴史が古い。以前上高地で出会った佐倉さんとか伊東さんは今、国立女子大の博士課程2年目(D2)でガラスをやっているはずだ。しかも実験手法に中性子を取り入れている。チョッパー分光器のプロポーザル(共同利用の申請)が通って、年明けに実験が予定されているのを思い出した。


 これしかない。SNSで二人に

「クリスマス暇ですか?」

と送ってみた。佐倉さんからは「ヒマ」、伊東さん(通称ヒガシさん)からは「喧嘩売ってんの?」とほとんどすぐに返ってきた。

「お二人今度チョッパー分光器で実験するじゃないですか、若手だけでガラスと中性子散乱のセミナーをオンラインセミナーとかしたら面白いんじゃないかと思って。クリスマスに」

 ややあってヒガシさんから「許可とってるの?」と来たので「これからです」と送る。ヒガシさんは「じゃあよろしく、こっちは私が先生に聞いとく」と来た。


 視線を感じて顔を上げると宮崎先生と目があった。

「今度はなに企んでるの?」

「クリスマスにですね、オンラインセミナーとか考えてみたんですけど」

 うちのボスは味方にしておかないといけないので、正直なところをすべて話した。

 

 先生は一通り私の話を聞いた上で、

「じゃあなるべく早く、榊原先生に話しをしとくんだね」

「はい、今からでも」

「それがいいだろう。もう夕方だから、神崎さん、今日はそのままあっちへ行って、上がっちゃっていいよ」

「ありがとうございます」

「でもさ、これ、菅野先生と澤田先生にすぐバレるんじゃないかな」

「そうですかね」

「ああ、とくに澤田先生が危ない」

「気をつけます」


 荷物をまとめていると、私の眼の前の電話が鳴った。宮崎先生はプリンターからの出力を見ていたから私が出た。

「あ、その声は神崎さんやな、わてや、澤田や」

「澤田先生、先日はありがとうございました」

 宮崎先生は私の返事を聞いて、やっぱりという顔をした。

「であんた、今度は何をたくらんでいるんや。今回扶桑は仲間はずれか?」


 私は榊原先生に企画を説明しに行くより前に澤田先生に言い訳をする羽目になってしまった。

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