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第33話 実験棟で

 研究室に荷物をおいた私は実験棟に向かった。もちろん修二くんの行う1次元ハイゼンベルグ磁性体の実験に直接参加するためである。実験棟前の駐車場に車を停め、車から出たところで修二くんとおそろいの作業着を着る。今まで何回も着てきたが、実験のために着るのは初めてである。ノートを手に持ち、筆記用具は作業着の左腕のところについていることを確かめる。実験ホール入室用のIDカードは胸ポケットに入っているし、放射線管理用のバッジは腰にちゃんとついている。実験用の服装として完璧である。


 時計を見る。おそらく今頃修二くんたちはサンプルを分光器内にセットしている最中だろう。私が実験ホールに入ろうとすれば顔見知りの人たちは阻止に走るのは間違いないから、入室するには今しかない。玲子ちゃんには申し訳ないが、ヤニックさんの件は私が聖女効果を克服したことを証明したあとにさせてもらう。


 実験棟に入る。いつもなら制御室の隅っこに行くのだが、今日は制御室はパス。知り合いに会う前に実験ホールに突入するのだ。足早に実験ホール入り口へとつながる階段を上がったところでなんと、修二くんに出くわした。うしろには榊原先生もいる。

「杏、どうしたの」

 私は正面突破することにした。

「うん、実験、手伝おうと思って」

「いや、何言ってんだ」

「大丈夫、例の効果は克服した」

 榊原先生も発言した。

「聖女様、むこうで修行したのは娘たちから聞いたけど、その話は聞いてないよ」

「大丈夫です先生、昨日夜、検証しました」

「どうやって」

「まず、レシピのない創作料理に成功しました。おいしかったよね、修二くん」

「うん、おいしかったけど……」

「いやいや聖女様、料理と実験じゃ」

「私もそれだけで確信するほど馬鹿じゃありません、昨日スーパーボール、3回成功しました」

「唐澤くん、そうなの?」

「ええ、やってましたね」

「ほら先生、だからいいじゃないですか」

 どうせ何と言っても先生はOKしてくれそうにないから、私は強行突破することにした。

「おいおい聖女様、だめだって」

 悪いけどこういうとき女性であることはいい。先生は私の体にさわることができないからだ。先生は後ろをむいてドアの前で通せんぼをしようとした。実験ホールへの入口は自動ドアで、しかもそれなりに大きいからすり抜けるのは簡単である。横から突破して中に入る。すると私の作業服が引っ張られた。振り返ると修二くんである。

「やめてよ修二くん、私は今、実験物理学者の第一歩を踏み出すのよ」

「わかるけど、わかるけど落ち着け、杏」

「私は落ち着いているわ」

 実際落ち着いていた。こうなることも想定内であるから、予定の行動をとっているだけだ。

 榊原先生は、入室用IDカードのリーダーの上に覆いかぶさった。

「先生、院生の研究をじゃましちゃだめですよ」

「勘弁してくれ、っていうか、唐澤くん、なんとかしてくれ!」

 騒ぎを聞きつけたのか、何人かやってきた。運が悪いことにビジターの女性研究者が居て、彼女は私を羽交い締めにした。


 そして修二くんは電話をかけ始めた。

「あ、玲子ちゃん、よかった捕まった」

 我が夫はあろうことか、妻の一大事に他の女性の助けを借りようとしている。

「いや、その杏がね、実験させろってうるさいんだ。玲子ちゃんと一緒に魔法の修行をしたんだからできるようになったはずだって」

 ビジター女性の力が意外と強く、なかなか手ごわい。騎士団で鍛えた肉体は、この世界に持ってくることはできなかったようだ。今夜からトレーニングに励もう。

「それは昨日やった。全部成功した。創作料理も食わされた」

 食わされたって、なんだ?

「うまかった」

 だから聖女効果は克服できてるんだって。

「それで杏が調子づいてね、今日これからぼくの実験あるんだけど、実験ホールの入口で中に入れろってさわいでいるんだよ。みんなでなんとか押し留めてるんだけど、玲子ちゃん、説得してくれないかな」

 調子づいているとはなんという言い草だ。私は叫んだ。

「実験させてくれないと修二くん、離婚する!」

「杏、わかった、わかったから。実験ホールには入れてあげるから、ちょっと落ち着け」

「唐澤くん、そんなこと約束しちゃだめだよ」

「先生、とりあえず話し合いましょう。杏も納得してくれますよ」

「そうかな?」


 私は一旦、制御室のソファーのところに連れて行かれた。


 ソファに座らされた私は、ぶんむくれていた。

 それはそうである。異世界で苦労して聖女効果を克服してきたというのに、私の夫である修二くんがそれに理解を示してくれないのである。今までできなかった創作料理を成功させ、スーパーボールもちゃんと作ったのだ。私は心だけは科学者の端くれであるから、聖女効果がもうないということを、複数の方法で、複数回数実証したうえで、ここに来ているのである。


「杏、気持ちはわかる。僕も一緒に実験できたらうれしい」

「うそばっかり」

「いやいや、あの効果とどう戦ったか、僕は知ってる」

「だったらなんでさっき停めたの?」

「僕は納得してるよ、だけど実験は僕や杏だけのものじゃない、だからみんなにちゃんと納得してもらわないと」

「そりゃそうだけどさ」

「だからさ、まず、制御室でシステムにログインしよう。それでデータ大丈夫だったら、次は実験室だ」

「だけどさ、なんで修二くん、玲子ちゃんに電話したの?」

「それはもちろん、杏といっしょに苦労したのは玲子ちゃんじゃないか」

「で、玲子ちゃん、なんて言ってたの?」

「まず短時間、実験に参加させろって」

「だったら」

「だからさ、おちついてね、ほら、ログイン」

 私は修二くんの話に納得しかけていた。なのに榊原先生は、

「おい、そんなこと約束しちゃって大丈夫か?」

などと言う。それに修二くんは即答した。

「先生、僕は妻を信頼しています。妻が大丈夫だと言うんだから大丈夫です。責任は僕がとります」

「唐澤くんがそう言うなら」

 なんとか榊原先生は承知してくれた。

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