第29話 メッセージ
妙に明るい気がして目が覚めた。目を開くとベージュの布が天井になっている。それでわかった。私は今、キャンプに来ている。寝袋ごと上半身を起こすと隣にルドルフ、むこうに修二くんがいる。二人ともよく寝ているようだ。近くのテントから、ガチャガチャと音がしている。私達は昨日、栃木県の国際サーキットにあるキャンプ場に来た。車好きの父が「たまには家族で遊んでこい」と、キャンプとレース観戦がセットになっているチケットを送ってくれたのだ。上半身を寝袋から出すと、この地は栃木の山の中、十月末というのにかなり寒い。また寝袋にもどってしまった。
私唐澤杏は、茨城県東海村の研究所にで研究する大学院生である。所属する大学院は神奈川県の葉山に本部を置く国立大学で、大学院生だけが所属するちょっとかわった大学院である。院生は葉山に通うのではなく、日本中にたくさんある国立の研究所に席を置かせてもらってそこで研究する。そこの研究所の研究者がこの大学院の教員を兼任していて、指導してくれる。基本的に博士後期課程の院生だから、講義はほとんどない。つまりプロの研究者とほぼ同じ日常生活をおくることになる。
夫の修二くんの身分も同じだ。私も修二くんも去年までは札幌国立大学の修士課程に在籍していたのだが、修二くんの指導教官の榊原先生が昨年の春に東海村に移動となり、修二くんはそれについて行った。一昨年の十二月、そうなることを知った私は自分の修二くんへの気持ちがわかり、結婚を強要した。
修士号がとれるまで私は札幌、修二くんは東海村と別居生活となった。この期間、私は寂しかったし苦しかった。耐えきれず何回も東海村へおしかけてしまい、この一年間の交通費はとんでもない額になっていた。
私と修二くんに挟まっているルドルフは養子である。そしてルドルフの本当の姿は人間ではない。
実は私は二回にわたり異世界に行ってきた。
最初の異世界行きではノルトラントという国の田舎の教会の娘として生まれた。その世界の聖女様の訪問をきっかけにこちらの世界での記憶がもどり、女学校の卒業と同時に聖女になった。私のこちらの世界でのあだ名が「聖女様」だったが、本当に聖女になってしまったのだ。
その女学校では、こちらでの仲間と再会した。私と扶桑女子大附属中からのつきあいである緒方のぞみはヘレン、木下優花はフローラと名前がかわっていた。札幌国立大で出会った恩田真美ちゃんはネリスだった。なぜか私だけむこうでもアンで、仲間たちはずるいと言っていた。ノルトラントの女学校一年目の冬、私達は死にかけたドラゴンから卵を任され、それがルドルフである。
異世界からもどってきたときルドルフは私達についてきてしまった。ルドルフは人間の子どものすがたになっていて、私達夫婦の養子にした。難しい法律的なことは、ルドルフ自身の魔法でなんとかなった。
ルドルフを養子としてからもう一度ノルトラントへは行った。こちらの時間では昨日の夜である。そして今またこちらに帰ってきたところだが、私はひとつ心配なことがあった。
今回ノルトラントへいったとき、なんとルドルフは女の子を四人も連れて行ってしまった。東海村の新発田先生のお嬢さんのまほちゃんとみほちゃん、榊原先生のお嬢さんのあかねちゃん、さらには札幌の物理の後輩小原玲子ちゃんである。新発田先生と榊原先生には私達の一回目の異世界での話は伝えてあるから、まほちゃんみほちゃんあかねちゃんについては多分大きな問題はない。ちゃんと状況を説明すればいいだろう。
問題は玲子ちゃんである。
玲子ちゃんはノルトラントの離宮ではたらくヤニックさんと恋仲?になっていた。
むこうで玲子ちゃんは自分の気持に悩んでいた。私達はいつもとの世界にもどってしまうかわからないからだ。恋に鈍感な私でも玲子ちゃんはヤニックさんに、ヤニックさんは玲子ちゃんに好意を寄せていることはわかっていた。だけど私達は陰ながら応援することはしたが、アドバイスしたりなにか人事上で手を回したりとかはしなかった。二人の問題だからである。
恋愛に対して直情型の私にしては、よくやったと思う。
こっちでは私は、玲子ちゃんの先輩緒方のぞみの友人である。札幌で私が住んでいた部屋は玲子ちゃんが引き継いで「聖女ハウス」と言う名前がついていた。あっちでは聖女の肩書をもっている私である。公的にも私的にもいろいろなことができる。だけど私も仲間たちも、玲子ちゃんに余計なことはしなかった。私は仕事にしても私生活にしても突っ走ってしまう事が多いが、むこうの世界での私の玲子ちゃんにたいする姿勢は褒められていいと思う。
私の行動はともかく、玲子ちゃんはこちらの世界に戻ってきてしまったはずである。ヤニックさんがこちらの世界に来ているかはわからない。
私はスマホでのぞみにメッセージを送った。
「もどってきちゃったね。玲子ちゃんが心配。フォローよろしく」
すぐに既読がついた。返信を待っていたら電話に着信した。のぞみである。
「聖女様、今回はもどってきたのすぐ気づいたんだね」
確かに前回もどってきたとき私はなかなか帰還に気づかなかった。
「うん、ルドルフの顔見たら思い出した」
「そっか、玲子ちゃんのことは任せて。そっちは子どもたち3人ね」
「そうなんだけど今、サーキットいるのよ」
「あ、ああ、そういえばそうだったね」
「うん、もう少ししたら電話してみる」
「あと真美ちゃんか」
「そだね、カサドンとまた遠距離だね。カサドンにちゃんとフォローするよう、強めに言っとくよ」
「わかた」
真美ちゃんは札幌で修士号をとったあと千葉に就職していたから、私の研究室の後輩笠井智樹くん通称カサドンと遠距離恋愛にもどってしまう。
電話を切ると修二くんもルドルフも起き上がって私の顔をみていた。




